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本編
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週末の金曜日。屋島との約束の日がやってきた。
佑は仕事を早々に切り上げて、屋島との待ち合わせ場所へと向かった。すでにそこには屋島の姿があって、佑を出迎えてくれる。
「お疲れ様です。未神先輩!」
「お疲れ、待ったか」
「いいえ、僕も今来たところです。じゃあ行きましょうか」
「ああ、そうだな」
屋島は「いい店が見つかったんです」と嬉しそうに語りながら歩き始めた。
ここに来るまで、屋島とは何を話したらいいのかと悩んでいた。二人の共通の話題と言ったら仕事くらいなもので、せっかく飯に行くのだ、そんな話題ではつまらないだろうと思っていた。
でも、そんなことを考えるだけ無駄だったようだ。
嬉しそうに話す屋島の表情を見ていたら自然体でいいのだと、そう思えた。
こいつとなら、気兼ねなくなんでも話せるかもしれないな。
そんなことを頭の片隅に思いながら、二人は店へと向かった。
店へ向かうまでに屋島から、今日行く店についてあれこれと話を聞いていた佑は、ひとつの結論に達していた。そしてそれは、今歩いているこの道で確定した。
あ、やっぱり!
「ここです」
店のドアを開け、屋島が先に店内へと入って行く。佑もそれに続き、店のドアを潜った。
「いらっしゃいませ」
店内からスタッフの声が聞こえる。
「予約していた屋島です」
「はい、お待ちしてました。中へどうぞ。あれ? 未神さんじゃないの。最近全然顔見せないから、お仕事忙しいのかと。大丈夫なの?」
「お久しぶり、マンマ。結構忙しくしててね。最近落ち着いたところです」
ちなみにこの人は俺の母親でもなんでもない。常連の間では、この店のお母さんと称してみんなから「マンマ」と呼ばれているのだ。
「そうかい。んじゃ、今日はいっぱい食べてってね」
マンマは奥のテーブル席に案内してくれた。
席に着くなり、屋島は少し不安そうな顔をしている。
「先輩、この店って……」
「あぁ、俺の行きつけなんだよ。まさか屋島がこの店を見つけてくるなんて、本当に偶然だな」
「そう、ですね…… 」
佑の言葉を聞いて少し不安は取り除けたようではあるが、まだ何か気になることでもあるのだろうか。屋島は未だしっくり来ないというような面持ちで俺を横目で覗いている。
「どうした。なんかあったか?」
「いえ、違う店の方が良かったの、かなと……」
「どうしてだ」
「先輩って、あんまり自分の私生活に入られたくないんじゃないかなって……。何となく、僕はそこには踏み込んじゃいけないような気がしてたんです。それだけは一応の僕でも、気をつけていたつもりだったんで……。だから、この店は大事なところだったの、かなと」
そんなこと。と思ってしまったが、屋島なりの気遣いは佑自身にも見て取れた。
「何が食べたいかって屋島に聞かれた時、イタリアンて答えただろう」
「はい」
「屋島が店探すって言わなかったら、ここに連れてこようと思ってた」
「そうだったんですか」
「あぁ。だからちょっとどころじゃなく、結構びっくりしてるよ。別に会社からめっちゃ近いわけじゃないのに、なんでここを選んだのか。なんだろうな……、ちょっと運命的なもの感じるな」
佑は普通に嬉しかった。自分の好きなものを共有できた様な気がして、心が踊ると言うのはこういうことなのだろうな。
「先輩と行くならかしこまったところは違うなと思いながら、色々調べてたんです。そしたらこの店をたまたま見つけて、雰囲気がいいなと。あと、店の名前に惹かれたところもあります」
「『泥棒かささぎ』か」
「そうです。これオペラのタイトルですよね。全然詳しくないんですけど、小さい頃に祖母に一度だけオペラに連れて行ってもらったことがあるんです。それがこのタイトルで」
「おしゃれなお祖母さんだな」
屋島の容姿からなんとなく想像してしてしまうが、至極美人なお祖母さんなのではないだろうか。少し会ってみたい気もするなと、佑は純粋に思った。
「たまたまもらったチケットですよ。本当は祖父と行きたかったんでしょうけど、あまりこういうのを好まなかった人なので、僕を連れてってくれたみたいです。さっきも言いましたが、オペラの内容は全然わからなかったんですよ。小学生じゃまともに字幕も追えませんから。でも小さいなりに、心に刺さるものがあったんですよね」
「なんとなく、わかる気がするな。その感覚は」
「『誰でもない、かささぎが犯人ってことだわ。誰も傷付かずに済むわね』って、祖母は言ったんです。その言葉だけ、なぜか覚えていて大人になってからふと思いついたようにネットで調べました。あぁ、そういう内容だったのかって」
昔話を話す屋島の顔はとても和やかで、時折笑い混じりに話すその姿は、どこか懐かしさを覚えた。
「俺もな、店の名前がオペラの題名だったなんて初めは知らなかったよ。後から店名の由来をマンマから聞いて知ったんだ」
「由来? ですか」
「もしも、ここの店で喧嘩をしても『かささぎ』のせいにすればいい。みんなには笑顔で帰ってもらいたいんだと」
「なるほど」
まだ注文もしていないのにずいぶんと話し込んでしまった。でもおかげで、屋島のわだかまりはもう消えたみたいだ。
「つい話し込んじゃったな。とりあえず、飲み物でも頼もうか。すみませーん! 生でいいか?」
「はい。ついでに簡単なものも頼みましょう」
佑は思う。
こいつとの運命とやらを、少しだけ信じてみてもいいのではないか、と。
佑は仕事を早々に切り上げて、屋島との待ち合わせ場所へと向かった。すでにそこには屋島の姿があって、佑を出迎えてくれる。
「お疲れ様です。未神先輩!」
「お疲れ、待ったか」
「いいえ、僕も今来たところです。じゃあ行きましょうか」
「ああ、そうだな」
屋島は「いい店が見つかったんです」と嬉しそうに語りながら歩き始めた。
ここに来るまで、屋島とは何を話したらいいのかと悩んでいた。二人の共通の話題と言ったら仕事くらいなもので、せっかく飯に行くのだ、そんな話題ではつまらないだろうと思っていた。
でも、そんなことを考えるだけ無駄だったようだ。
嬉しそうに話す屋島の表情を見ていたら自然体でいいのだと、そう思えた。
こいつとなら、気兼ねなくなんでも話せるかもしれないな。
そんなことを頭の片隅に思いながら、二人は店へと向かった。
店へ向かうまでに屋島から、今日行く店についてあれこれと話を聞いていた佑は、ひとつの結論に達していた。そしてそれは、今歩いているこの道で確定した。
あ、やっぱり!
「ここです」
店のドアを開け、屋島が先に店内へと入って行く。佑もそれに続き、店のドアを潜った。
「いらっしゃいませ」
店内からスタッフの声が聞こえる。
「予約していた屋島です」
「はい、お待ちしてました。中へどうぞ。あれ? 未神さんじゃないの。最近全然顔見せないから、お仕事忙しいのかと。大丈夫なの?」
「お久しぶり、マンマ。結構忙しくしててね。最近落ち着いたところです」
ちなみにこの人は俺の母親でもなんでもない。常連の間では、この店のお母さんと称してみんなから「マンマ」と呼ばれているのだ。
「そうかい。んじゃ、今日はいっぱい食べてってね」
マンマは奥のテーブル席に案内してくれた。
席に着くなり、屋島は少し不安そうな顔をしている。
「先輩、この店って……」
「あぁ、俺の行きつけなんだよ。まさか屋島がこの店を見つけてくるなんて、本当に偶然だな」
「そう、ですね…… 」
佑の言葉を聞いて少し不安は取り除けたようではあるが、まだ何か気になることでもあるのだろうか。屋島は未だしっくり来ないというような面持ちで俺を横目で覗いている。
「どうした。なんかあったか?」
「いえ、違う店の方が良かったの、かなと……」
「どうしてだ」
「先輩って、あんまり自分の私生活に入られたくないんじゃないかなって……。何となく、僕はそこには踏み込んじゃいけないような気がしてたんです。それだけは一応の僕でも、気をつけていたつもりだったんで……。だから、この店は大事なところだったの、かなと」
そんなこと。と思ってしまったが、屋島なりの気遣いは佑自身にも見て取れた。
「何が食べたいかって屋島に聞かれた時、イタリアンて答えただろう」
「はい」
「屋島が店探すって言わなかったら、ここに連れてこようと思ってた」
「そうだったんですか」
「あぁ。だからちょっとどころじゃなく、結構びっくりしてるよ。別に会社からめっちゃ近いわけじゃないのに、なんでここを選んだのか。なんだろうな……、ちょっと運命的なもの感じるな」
佑は普通に嬉しかった。自分の好きなものを共有できた様な気がして、心が踊ると言うのはこういうことなのだろうな。
「先輩と行くならかしこまったところは違うなと思いながら、色々調べてたんです。そしたらこの店をたまたま見つけて、雰囲気がいいなと。あと、店の名前に惹かれたところもあります」
「『泥棒かささぎ』か」
「そうです。これオペラのタイトルですよね。全然詳しくないんですけど、小さい頃に祖母に一度だけオペラに連れて行ってもらったことがあるんです。それがこのタイトルで」
「おしゃれなお祖母さんだな」
屋島の容姿からなんとなく想像してしてしまうが、至極美人なお祖母さんなのではないだろうか。少し会ってみたい気もするなと、佑は純粋に思った。
「たまたまもらったチケットですよ。本当は祖父と行きたかったんでしょうけど、あまりこういうのを好まなかった人なので、僕を連れてってくれたみたいです。さっきも言いましたが、オペラの内容は全然わからなかったんですよ。小学生じゃまともに字幕も追えませんから。でも小さいなりに、心に刺さるものがあったんですよね」
「なんとなく、わかる気がするな。その感覚は」
「『誰でもない、かささぎが犯人ってことだわ。誰も傷付かずに済むわね』って、祖母は言ったんです。その言葉だけ、なぜか覚えていて大人になってからふと思いついたようにネットで調べました。あぁ、そういう内容だったのかって」
昔話を話す屋島の顔はとても和やかで、時折笑い混じりに話すその姿は、どこか懐かしさを覚えた。
「俺もな、店の名前がオペラの題名だったなんて初めは知らなかったよ。後から店名の由来をマンマから聞いて知ったんだ」
「由来? ですか」
「もしも、ここの店で喧嘩をしても『かささぎ』のせいにすればいい。みんなには笑顔で帰ってもらいたいんだと」
「なるほど」
まだ注文もしていないのにずいぶんと話し込んでしまった。でもおかげで、屋島のわだかまりはもう消えたみたいだ。
「つい話し込んじゃったな。とりあえず、飲み物でも頼もうか。すみませーん! 生でいいか?」
「はい。ついでに簡単なものも頼みましょう」
佑は思う。
こいつとの運命とやらを、少しだけ信じてみてもいいのではないか、と。
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