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第四章 永禄の変
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七月二十八日、覚慶は亡き兄義輝の近臣一色藤長、細川藤孝らの手により幽閉先の興福寺から脱出した。脱出に手を貸したのは、甲賀の地侍和田弾正忠惟政であった。
惟政は、嘗て仕えていた六角氏を頼り、覚慶主従を近江国甲賀郡にある自身の居城にて匿った。次いで、十一月二十一日に甲賀郡から野洲郡矢島に移った。
翌永禄九年(一五六六)二月十七日、覚慶は矢島御所に於いて還俗すると足利義秋と名乗った。更に四月二十一日には、秘かに調停に働き掛けた結果、従五位下左馬頭に叙任、任官した。
「和田、予はいつになったら将軍の座に就ける」
聡明な義秋は、窮屈な山里暮らしに飽きたらしく、このところ日課のように惟政に愚痴を溢していた。
「今暫く、今暫くお待ちを」
惟政には、今のところ義秋を宥める言葉を掛けることしか、術はなかった。
「六角、江北の浅井、美濃の斎藤、越前の朝倉、尾張の織田、甲斐の武田、越後の上杉に渡りをつけよ。予が早急に上洛出来るよう手筈を整えよ」
義秋は、右手に持った扇子を上下に振りながら、癇癪玉が破裂したように真っ赤に顔を染め、早口で捲くし立てた。
矢島御所にいた義秋は、当時対立関係にあった各地の戦国大名たちを和解させ、一刻も早い上洛をと考えていたのだ。その手先となって動いたのが、和田惟政や細川藤孝、一色藤長といった奉公衆や御供衆たちだった。
「細川殿、某は尾張小牧山城へ向かいまする」
惟政が言うと、藤孝は小さく頷き、口を開いた。
「ならば拙者は、江北の浅井を回り、次いで美濃に入り斎藤に」
「いいえ、稲葉山の斎藤には某が話をつける。ご貴殿は、江北に向かったその足で、若狭の武田、越前の朝倉へ」
「心得た」
「宜しくお願い致す」
惟政は盟友細川藤孝に深々と頭を下げた。
「然らばこれにてごめん」
藤孝が腰を上げようとすると、惟政は彼を呼び止めた。
「待たれよ、細川殿。湖国の山道は何処も深くて険しい。道案内が必要であろう」
「道案内でござるか……」
藤孝は怪訝そうに惟政の馬面を見詰めた。
「入られよ」
と言って、惟政は手のひらを叩いた。
突如背後の障子が開いた。藤孝は振り返り視線を向けた。一人の青年が両膝を突き、座っていた。
「この御仁は……?」
藤孝が訝し気に尋ねる。
「犬上郡佐目の豪族、明智十郎左衛門殿のご子息じゃ」
「明智十兵衛でござる」
「細川与一郎じゃ」
藤孝は、身分卑しき地侍の小倅を蔑むような目で見詰めた。
「某が、細川殿を無事小谷まで案内致しましょう」
光秀は酷薄な唇の端に薄ら笑いを浮かべた。
「某、浅井家のご家中に知り合いがおりまする」
「左様か……」
藤孝は吐き擦れるような口調で言った。
数日後、小谷城下の清水谷の浅井屋敷で、藤孝と光秀の両名は長政と対面することになった。その場には、直経の顔もあった。
「細川兵部大輔殿か、このような山国にようこそお越し下された」
長政は、足利家被官の藤孝に対し、少しへり下った態度をとった。
「して、本日のご用の趣きは……?」
長政は藤孝の顔を凝視した。更に、彼の下座で控える地侍の異常な目つきが気になった。
「有体に申し上げれば、早々に六角殿と和議を結ばれ、矢島のおわす義秋公を奉じ、上洛の途に就いて頂きとう願いに上がった次第で」
「六角と和議を……積年の恨みを水に流し」
と藤孝の従者が付け加えた。
「口が過ぎるぞ、十兵衛」
「この者は?」
「江州犬上郡佐目の住人、明智十兵衛でござる」
光秀は、長政を前にして臆することなく名乗った。
「明智とやら、相分かった。水に流そう……されど、六角承禎入道殿が不承知と申されるのであれば仕方ない」
「その義はご心配なく」
光秀に代わり藤孝が答えた。
「さて、お二方はこのあと何処に向かわれる」
「若狭の武田殿と、越前の朝倉殿の許へ」
「朝倉殿の許でござるか……ならば、我が父下野に頼み、添え書きを認め貰おう。父と朝倉殿とは入魂の間柄故」
「これは心強い。是非ともお願い申し上げる」
藤孝は、双頬を綻ばせ喜びの声を上げた。
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