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2.見捨てられた王太子妃
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イザベラが夫からの冷酷な手紙を受け取った5日後。バースト王太子の側近、ルベンが彼女のもとを訪れた。
ルベンはイザベラの前に立つと、深く、形式的なお辞儀をした。
「イザベラ様、お久しぶりでございます」
ルベンの表情は仮面のように硬く、その冷徹な眼差しにイザベラは身をこわばらせた。
「ルベン、よく来てくれたわ。ありがとう」
「早速ですが、イザベラ様。お腹の御子は、本当にバースト様の血を引くお方なのでしょうか?」
ルベンの瞳には、明らかな侮蔑の色が宿っていた。イザベラは眉をひそめ、激しい不快感を露わにする。
「何ですって? ルベン、あなたは私を……王太子妃である私を疑っているの?」
ルベンは無機質な沈黙を以て、それを肯定した。イザベラは、最も恐れていた問いを絞り出すように口にする。
「あなたが疑うということは……バースト様も、本気で疑っておられるのね?」
「お察しの通りです、イザベラ様」
「このお腹の子は、間違いなくバースト様の子です。グラスト王国の正当な後継者なのですよ?」
「それを証明できますか? イザベラ様」
ルベンの言葉は刃のように鋭く突き刺さる。顔を赤く染めながらも、イザベラは毅然と答えた。
「この国へ出発する前の晩、私とバースト様は深く愛し合ったのです。嘘だと思うのなら、バースト様にお聞きなさい!」
しかし、ルベンは一歩も引き下がらない。
「にわかには信じられません。1年以上、本国にいた時には授からず、こちらに来てすぐに妊娠が判明するなど……そんな都合の良い偶然、他国の誰かが聞けば笑い話ですよ」
「ルベン、あなたは何が言いたいのですか?」
ルベンは周囲を気にする素振りを見せ、毒を吐くように低い声で囁いた。
「お腹の子の父親は、オルカス帝国の誰かではないのですか?」
パシッ――!
乾いた音が響いた。イザベラがルベンの頬を平手打ちしたのだ。彼女の目は涙で潤み、あまりの屈辱に全身が震えていた。
「こ、この……無礼者!」
頬を赤く染めたルベンは、眉ひとつ動かさずに頭を下げた。
「イザベラ様、数々のご無礼、お許しください。ですが、これもバースト様のご命令なのです。手紙で妊娠を知ったバースト様は、王城内で広まる噂を真に受け、私に確認を命じられたのです。『王太子妃の子の父親は、敵国の男ではないのか』と」
「本当に……あの人は……」
信じていたはずの愛が、音を立てて崩れていく。ルベンは淡々と役目を終え、冷淡に告げた。
「では、私はこれにて戻ります。私が一泊でもすれば、それこそ良からぬ噂に拍車がかかります。では、失礼いたします」
ルベンは一度も振り返ることなく、足早に去っていった。
❖
ルベンが去ってから7ヶ月後、イザベラは無事に王子を出産した。
すぐに本国へ知らせを送ったが、グラスト王国からは何の返答も、祝辞も、産着の一枚さえ届かなかった。
❖
人質としての3年の月日が流れた。ようやく、呪縛から解放される時が来たのだ。
イザベラは、かつての愛の証だと信じたかった父親の名を取り、息子を「バーストン」と名付けた。
窓辺に立ち、バーストンを抱き上げ椅子の上に乗せて、一緒に遠くの景色を見つめる。
「バーストン、見て! 門の向こうに馬車が……。やっとお国へ帰れますよ」
車体に見事なグラスト王国の紋章を見つけ、イザベラは期待に胸を躍らせた。放置された3年間の恨みも、迎えが来たならすべて許せる気がした。
しかし、どれほど待っても、扉を叩く音は聞こえない。
「おかしいわね……遅いわ。次の人質の方へ、挨拶だけでもしたいのに」
胸騒ぎを覚え、再び窓の外を見たイザベラの表情が凍りついた。やってきた馬車が、門の方へと向きを変え、去ろうとしていたのだ。
「待って! 待ってよ! 私たちを置いて行かないで!」
叫び声は空虚に響き、馬車は一度も止まることなく、冷酷に走り去った。
イザベラは崩れ落ち、全てを悟った。バーストンを強く抱きしめ、唇を血がにじむほど噛みしめる。
「私たちを……捨てたのね……」
「おや。泣いているのか、イザベラ」
背後から声をかけたのは、オルカス帝国の若き国王、エドワードだった。彼の瞳には、突き放すような冷たさと、同時にどこか興味深げな色が宿っている。
「そなたに伝えることがある。そなたはこれより更に3年間、わが国の人質となることが決まった」
「……っ、恐れながら国王陛下。私は人質として残っても構いません。ですが、どうかバーストンだけでも国へ戻してはいただけませんか」
「この子は、グラスト王国の後継者なのです。何卒、願いをお聞き届けください!」
必死に縋るイザベラを見下ろし、エドワードは嘲笑混じりの事実を突きつけた。
「グラスト王国には、もう別の後継者がいるぞ。そなたの夫バーストには、第二夫人がいる。そなたがこの国へ来てすぐに、元婚約者のカミラ・クレンベールを迎え入れたそうだ。彼女は先月、男子を産んでいる」
奈落の底へ突き落とされるような感覚に、イザベラの視界が歪んだ。思わずエドワードの腕を掴み、堰を切ったように想いを吐露する。
「私が国を出てすぐに、あの人はカミラを妻にしたというのですか!? 私は……私はただの身代わりに過ぎなかったのですか!? バースト様に、最初から捨てられていたのですか……っ!」
イザベラの目から、こらえきれない激痛のような涙が溢れ出した。
ルベンはイザベラの前に立つと、深く、形式的なお辞儀をした。
「イザベラ様、お久しぶりでございます」
ルベンの表情は仮面のように硬く、その冷徹な眼差しにイザベラは身をこわばらせた。
「ルベン、よく来てくれたわ。ありがとう」
「早速ですが、イザベラ様。お腹の御子は、本当にバースト様の血を引くお方なのでしょうか?」
ルベンの瞳には、明らかな侮蔑の色が宿っていた。イザベラは眉をひそめ、激しい不快感を露わにする。
「何ですって? ルベン、あなたは私を……王太子妃である私を疑っているの?」
ルベンは無機質な沈黙を以て、それを肯定した。イザベラは、最も恐れていた問いを絞り出すように口にする。
「あなたが疑うということは……バースト様も、本気で疑っておられるのね?」
「お察しの通りです、イザベラ様」
「このお腹の子は、間違いなくバースト様の子です。グラスト王国の正当な後継者なのですよ?」
「それを証明できますか? イザベラ様」
ルベンの言葉は刃のように鋭く突き刺さる。顔を赤く染めながらも、イザベラは毅然と答えた。
「この国へ出発する前の晩、私とバースト様は深く愛し合ったのです。嘘だと思うのなら、バースト様にお聞きなさい!」
しかし、ルベンは一歩も引き下がらない。
「にわかには信じられません。1年以上、本国にいた時には授からず、こちらに来てすぐに妊娠が判明するなど……そんな都合の良い偶然、他国の誰かが聞けば笑い話ですよ」
「ルベン、あなたは何が言いたいのですか?」
ルベンは周囲を気にする素振りを見せ、毒を吐くように低い声で囁いた。
「お腹の子の父親は、オルカス帝国の誰かではないのですか?」
パシッ――!
乾いた音が響いた。イザベラがルベンの頬を平手打ちしたのだ。彼女の目は涙で潤み、あまりの屈辱に全身が震えていた。
「こ、この……無礼者!」
頬を赤く染めたルベンは、眉ひとつ動かさずに頭を下げた。
「イザベラ様、数々のご無礼、お許しください。ですが、これもバースト様のご命令なのです。手紙で妊娠を知ったバースト様は、王城内で広まる噂を真に受け、私に確認を命じられたのです。『王太子妃の子の父親は、敵国の男ではないのか』と」
「本当に……あの人は……」
信じていたはずの愛が、音を立てて崩れていく。ルベンは淡々と役目を終え、冷淡に告げた。
「では、私はこれにて戻ります。私が一泊でもすれば、それこそ良からぬ噂に拍車がかかります。では、失礼いたします」
ルベンは一度も振り返ることなく、足早に去っていった。
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ルベンが去ってから7ヶ月後、イザベラは無事に王子を出産した。
すぐに本国へ知らせを送ったが、グラスト王国からは何の返答も、祝辞も、産着の一枚さえ届かなかった。
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人質としての3年の月日が流れた。ようやく、呪縛から解放される時が来たのだ。
イザベラは、かつての愛の証だと信じたかった父親の名を取り、息子を「バーストン」と名付けた。
窓辺に立ち、バーストンを抱き上げ椅子の上に乗せて、一緒に遠くの景色を見つめる。
「バーストン、見て! 門の向こうに馬車が……。やっとお国へ帰れますよ」
車体に見事なグラスト王国の紋章を見つけ、イザベラは期待に胸を躍らせた。放置された3年間の恨みも、迎えが来たならすべて許せる気がした。
しかし、どれほど待っても、扉を叩く音は聞こえない。
「おかしいわね……遅いわ。次の人質の方へ、挨拶だけでもしたいのに」
胸騒ぎを覚え、再び窓の外を見たイザベラの表情が凍りついた。やってきた馬車が、門の方へと向きを変え、去ろうとしていたのだ。
「待って! 待ってよ! 私たちを置いて行かないで!」
叫び声は空虚に響き、馬車は一度も止まることなく、冷酷に走り去った。
イザベラは崩れ落ち、全てを悟った。バーストンを強く抱きしめ、唇を血がにじむほど噛みしめる。
「私たちを……捨てたのね……」
「おや。泣いているのか、イザベラ」
背後から声をかけたのは、オルカス帝国の若き国王、エドワードだった。彼の瞳には、突き放すような冷たさと、同時にどこか興味深げな色が宿っている。
「そなたに伝えることがある。そなたはこれより更に3年間、わが国の人質となることが決まった」
「……っ、恐れながら国王陛下。私は人質として残っても構いません。ですが、どうかバーストンだけでも国へ戻してはいただけませんか」
「この子は、グラスト王国の後継者なのです。何卒、願いをお聞き届けください!」
必死に縋るイザベラを見下ろし、エドワードは嘲笑混じりの事実を突きつけた。
「グラスト王国には、もう別の後継者がいるぞ。そなたの夫バーストには、第二夫人がいる。そなたがこの国へ来てすぐに、元婚約者のカミラ・クレンベールを迎え入れたそうだ。彼女は先月、男子を産んでいる」
奈落の底へ突き落とされるような感覚に、イザベラの視界が歪んだ。思わずエドワードの腕を掴み、堰を切ったように想いを吐露する。
「私が国を出てすぐに、あの人はカミラを妻にしたというのですか!? 私は……私はただの身代わりに過ぎなかったのですか!? バースト様に、最初から捨てられていたのですか……っ!」
イザベラの目から、こらえきれない激痛のような涙が溢れ出した。
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