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1.国境の誓いと、裏切りの手紙
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国境で密会する二人。大きな樹の下で待っていたバースト王太子が、大きく手を振った。
「おーい! ここだ、イザベラ!」
「バースト様!」
肩を上下させ、息を切らしながらイザベラ王女が駆け寄る。彼女は呼吸を整えてから、愛おしそうに微笑んだ。
「待たせてしまったかしら?」
「いや、私も今来たところだ」
「そう、よかった」
二人は木陰に腰を下ろし、静かに手をつないだ。
爽やかな風が二人を包み込む。バーストは前髪をかき上げ、熱い視線でイザベラを見つめた。
「父上も母上も、早く妃を迎えろとうるさくてね。だが、ようやく私にも、生涯を共にしたいと思える人が現れたんだ」
バーストは、イザベラが喜びそうな甘い言い回しを選んだ。その言葉に期待を込め、イザベラはバーストの顔をのぞき込む。
「今から、私の想いを聞いてくれないか。私は、君を妻に迎えたい。どうだろうイザベラ。私の妻になってくれないだろうか」
予想通りの言葉に、イザベラの心に温かな灯がともる。
「喜んでお受けしますわ、バースト様」
「ありがとう。必ず君を幸せにする」
そよ風が草木の香りを運び、二人の唇が静かに重なった。
そして3ヶ月後、二人は成婚した。
❖
イザベラがこの国に嫁いでから、1年が経っていた。部屋の窓から外を眺め、イザベラは小さく溜息をつく。
(私は今、とても幸せ。だけど、少し不安がある……)
この国の法律では、王太子は2人の妻を持てると定められていた。
(そんなこと、私は知らなかった。バースト様に尋ねたとき、彼は『心配しないで。私には君しかいない』と言ってくれたけれど……)
近頃、バーストは帰りが遅い。部屋に戻ってこない日さえある。
(まさか、二人目の妻を迎えようとしているのかしら?)
イザベラは自分の不安を打ち消すように、くすりと笑った。
「まさかね……。バースト様に限って、私に嘘などつくはずがないわ」
それから1ヶ月後。テラスの椅子に座り、のんびりとコーヒーを飲んでいるイザベラのもとへ、夫のバーストがやってきた。
「やあ、イザベラ」
「バースト様」
「君に話があるのだ」
バーストの表情には、いつもの柔和な雰囲気がなかった。どこか事務的で、冷たい光が瞳に宿っている。イザベラは背筋を伸ばし、緊張気味に返事をする。
「何でしょうか、バースト様」
「わが国には、遠く離れた場所にエンゼルという領地がある。その領地を、隣国のオルカス帝国に奪い取られてしまったのだ」
バーストの説明によれば、オルカス帝国は野蛮な拡大を続けており、この国への進軍をも目論んでいるという。
「わが父ボンベル国王は、不必要な戦を避けるため、オルカス帝国に和睦を申し出た。和睦の条件として、先方はわが国から人質を出すよう要求してきた。それも、王族から一人だ」
嫌な予感が胸をよぎる。イザベラはじっとバーストを見つめた。
「……どなたが行かれるのですか?」
バーストは見つめてくるイザベラの視線から、わずかに目を逸らして告げた。
「……君に決まった。王妃をはじめ、他の王族から君を推す声が多くてな。君にはまだ子供がいないだろう? そこを突かれたんだ」
絶望的な理由に、言葉が詰まる。王家の一員として守られるどころか、子供がいないことを理由に「差し出された」のだ。
「君に子供がいれば、大切な跡継ぎの母親として守ることもできたのだが……。すまない、私一人の力では彼らを説得しきれなかった」
「……いつまで、なのですか? 人質の期間は」
「3年間だ。3年経てば、次の人質と交代する。イザベラ、どうか国のために辛抱してくれないか」
イザベラは力なくうなだれた。愛する夫に「国のために」と言われてしまえば、拒否する術はない。
「……分かりました」
その言葉を聞いた瞬間、バーストの顔に心底ホッとしたような色が浮かんだ。
「ありがとう。すまない、感謝する」
バーストは力強くイザベラを抱きしめた。
「愛している、イザベラ。必ず君を迎えに行くから待っていてくれ」
「はい。バースト様」
その夜、二人は別れを惜しむように、夜が明けるまで愛し合った。
❖
オルカス帝国は大陸の中央に位置し、深い山々に囲まれた国だった。その中心部にある居城の一室、日の当たる部屋にイザベラはいた。
人質として送られて3ヶ月。イザベラのお腹に、新しい命が宿っていることが判明した。
彼女は心から喜んだ。1年以上授からなかった子が、あの一夜に宿るなんて。これを知れば、バースト様もすぐに自分を呼び戻すよう動いてくれるはずだ。
イザベラはすぐに、最愛の夫へ手紙をしたためた。
「バースト様の喜ぶ顔が目に浮かぶわ。きっと、何をおいても迎えに来てくださる」
希望に胸を膨らませ、震える手でペンを走らせる。
❖
手紙を送ってから2週間後。待ちわびていた夫からの返信が届いた。
しかし、その書面を読み進めるうちに、イザベラの血の気が引いていく。震える指先で何度も読み返したが、そこに並んでいたのは信じがたい疑心の言葉だった。
『それは本当に私の子供なのか?』
真っ白になった視界の中で、手紙がハラリと床へ落ちていった。
「おーい! ここだ、イザベラ!」
「バースト様!」
肩を上下させ、息を切らしながらイザベラ王女が駆け寄る。彼女は呼吸を整えてから、愛おしそうに微笑んだ。
「待たせてしまったかしら?」
「いや、私も今来たところだ」
「そう、よかった」
二人は木陰に腰を下ろし、静かに手をつないだ。
爽やかな風が二人を包み込む。バーストは前髪をかき上げ、熱い視線でイザベラを見つめた。
「父上も母上も、早く妃を迎えろとうるさくてね。だが、ようやく私にも、生涯を共にしたいと思える人が現れたんだ」
バーストは、イザベラが喜びそうな甘い言い回しを選んだ。その言葉に期待を込め、イザベラはバーストの顔をのぞき込む。
「今から、私の想いを聞いてくれないか。私は、君を妻に迎えたい。どうだろうイザベラ。私の妻になってくれないだろうか」
予想通りの言葉に、イザベラの心に温かな灯がともる。
「喜んでお受けしますわ、バースト様」
「ありがとう。必ず君を幸せにする」
そよ風が草木の香りを運び、二人の唇が静かに重なった。
そして3ヶ月後、二人は成婚した。
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イザベラがこの国に嫁いでから、1年が経っていた。部屋の窓から外を眺め、イザベラは小さく溜息をつく。
(私は今、とても幸せ。だけど、少し不安がある……)
この国の法律では、王太子は2人の妻を持てると定められていた。
(そんなこと、私は知らなかった。バースト様に尋ねたとき、彼は『心配しないで。私には君しかいない』と言ってくれたけれど……)
近頃、バーストは帰りが遅い。部屋に戻ってこない日さえある。
(まさか、二人目の妻を迎えようとしているのかしら?)
イザベラは自分の不安を打ち消すように、くすりと笑った。
「まさかね……。バースト様に限って、私に嘘などつくはずがないわ」
それから1ヶ月後。テラスの椅子に座り、のんびりとコーヒーを飲んでいるイザベラのもとへ、夫のバーストがやってきた。
「やあ、イザベラ」
「バースト様」
「君に話があるのだ」
バーストの表情には、いつもの柔和な雰囲気がなかった。どこか事務的で、冷たい光が瞳に宿っている。イザベラは背筋を伸ばし、緊張気味に返事をする。
「何でしょうか、バースト様」
「わが国には、遠く離れた場所にエンゼルという領地がある。その領地を、隣国のオルカス帝国に奪い取られてしまったのだ」
バーストの説明によれば、オルカス帝国は野蛮な拡大を続けており、この国への進軍をも目論んでいるという。
「わが父ボンベル国王は、不必要な戦を避けるため、オルカス帝国に和睦を申し出た。和睦の条件として、先方はわが国から人質を出すよう要求してきた。それも、王族から一人だ」
嫌な予感が胸をよぎる。イザベラはじっとバーストを見つめた。
「……どなたが行かれるのですか?」
バーストは見つめてくるイザベラの視線から、わずかに目を逸らして告げた。
「……君に決まった。王妃をはじめ、他の王族から君を推す声が多くてな。君にはまだ子供がいないだろう? そこを突かれたんだ」
絶望的な理由に、言葉が詰まる。王家の一員として守られるどころか、子供がいないことを理由に「差し出された」のだ。
「君に子供がいれば、大切な跡継ぎの母親として守ることもできたのだが……。すまない、私一人の力では彼らを説得しきれなかった」
「……いつまで、なのですか? 人質の期間は」
「3年間だ。3年経てば、次の人質と交代する。イザベラ、どうか国のために辛抱してくれないか」
イザベラは力なくうなだれた。愛する夫に「国のために」と言われてしまえば、拒否する術はない。
「……分かりました」
その言葉を聞いた瞬間、バーストの顔に心底ホッとしたような色が浮かんだ。
「ありがとう。すまない、感謝する」
バーストは力強くイザベラを抱きしめた。
「愛している、イザベラ。必ず君を迎えに行くから待っていてくれ」
「はい。バースト様」
その夜、二人は別れを惜しむように、夜が明けるまで愛し合った。
❖
オルカス帝国は大陸の中央に位置し、深い山々に囲まれた国だった。その中心部にある居城の一室、日の当たる部屋にイザベラはいた。
人質として送られて3ヶ月。イザベラのお腹に、新しい命が宿っていることが判明した。
彼女は心から喜んだ。1年以上授からなかった子が、あの一夜に宿るなんて。これを知れば、バースト様もすぐに自分を呼び戻すよう動いてくれるはずだ。
イザベラはすぐに、最愛の夫へ手紙をしたためた。
「バースト様の喜ぶ顔が目に浮かぶわ。きっと、何をおいても迎えに来てくださる」
希望に胸を膨らませ、震える手でペンを走らせる。
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手紙を送ってから2週間後。待ちわびていた夫からの返信が届いた。
しかし、その書面を読み進めるうちに、イザベラの血の気が引いていく。震える指先で何度も読み返したが、そこに並んでいたのは信じがたい疑心の言葉だった。
『それは本当に私の子供なのか?』
真っ白になった視界の中で、手紙がハラリと床へ落ちていった。
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