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一章 旅路
セオドアとジェイデンの出会い④
しおりを挟むジェイデンが極貧生活をしているのは、北の辺境に越してきてからである。
「父上は、ちゃんと仕送りをしてくれていると思う。王都にいたときは、他の兄弟と同じように育ててくれていた」
そう言いながら、両膝を抱えてギュッと腕に力を込めた。その声音からは、そう信じたいと思っているように聞こえて、セオドアの胸もチクリと痛む。
2人は執事に見つからないよう、森の中にある洞穴の前で焚き火を囲んでいた。
「いつ王都の家族が来てもいいように、屋敷の中は整えられている。壊れた所や、汚れたところはどこにもないし、庭園を維持するのにも庭師を5人雇ってる」
美しく整えられた邸宅。
だが、肝心の公爵家の次男には執事は一切金を使わない。外交的に、必要な時だけ衣装をどこからか取り寄せていた。
「最初の2年は、俺が悪い子だからなんじゃないかって信じて、頑張ったらどうにかなるんじゃないかって思ってた」
「それは…」
健気なその言葉に、思わずセオドアは身を乗り出した。
「父上は、死んだ母親の故郷だからって母上が死んだ後、俺をここに連れてきた。最初の1ヶ月はずっと一緒にいてくれたけど、俺が母上に似てるから思い出して辛いって言ってた」
父親の公爵は、ひと月かけてジェイデンと母親シェイラとの思い出の地を巡り、王都へと帰っていった。多忙な父親を引き止めることは出来なかった。
ひとりになった寂しさに塞ぎ込む暇もなく、次の月からジェイデンの生活は変わった。
「出てくる食事が、あからさまに変わった。給仕をしてくれる乳母の顔色が悪くて、どうしたらいいか途方に暮れてた」
堅い黒パンが数切れと、豆が数個だけ浮いた味のないスープ。いつも、申し訳ないと泣く乳母をなだめるのが大変だった。
三食だったはずの食事も、いつの間にか二食に変わっていた。
「最初は、自分の分だけかと思ってたけど、乳母の扱いも同じようなものだった。10歳の時に乳母が倒れて、なんとかしなくちゃいけないと思って森に入った」
屋敷の裏の森は、領主一家のみが入れる禁足地だ。そのため、森の恵みは他の森よりも多い。
そこで幼い頃はキノコや山菜を取り、弓や魔法が使えるようになってからは兎や鹿を狩っているとジェイデンはセオドアに告げた。
幸いなことに、敷地より外に出なければ何をしてもうるさく言われなかった。執事は屋敷や森のまわりに配置しているゴーレムを操り、ジェイデンの動きを監視していたが、閉じ込めることで満足していたようだった。
「最近はゴーレムも手懐けてるんだ」
そう言って不適に笑う子供は、虐げられるだけの存在ではなかった。この屋敷の中で、必死に乳母を守りながら生きている。
門の近くにいる狼のゴーレムに魔力を与えていたら、自分の頼みを聞いてくれるようになった。
ゴーレムの支配権自体は奪えてないけど、と悔しそうに続けたが、その表情は力強い。
「だから俺が来たのが分かったのか」
そう言いながら金色の頭を撫でてやると「やめろよ」と恥ずかしそうにセオドアの腕から逃れた。
「そうだ」
いつも誰かか訪ねてきても、手紙が届いても、執事やゴーレムが先に隠してしまう。
門にいるゴーレムは、客人や伝書鳩が訪ねてきたら直ぐに執事に報告するが、こっそりお願いをして自分にも教えてくれるように頼んでいた。
執事よりも、早く会えたのは幸運だったと笑う。
「予備学校に入れるようになったら、乳母を連れて寄宿舎に入ろうと思ってたんだ。俺が北に来たのは、母上が辺境騎士団で学んで、強い男になって欲しいって言ってたからだって乳母が教えてくれた」
だから、ジェイデンも乳母も執事の仕打ちに耐えてきたのだ。公爵家の次男でも、ジェイデンは第二夫人の子だ。第一夫人は、自分の子以外の公爵家の子供を認めていない。他の兄弟と違い、ジェイデンが公爵家を継ぐことはない。
次男である自分は、成人したら家を出るしかないのだ。
騎士になることが、自分と亡き母の願いだった。
「でも、ひと月前に来るはずの伝書鳩が来なかった。また隠したのかって、執事に聞いても味方にしてるゴーレムに聞いてもわからなかった…」
ジェイデンは、自分を虐げる執事が、第一夫人の紐付きだと知っていた。だから、直接抵抗はせずに、諦めたように見せるようにしていたのだ。
しかし、唯一の望みを絶たれたジェイデンは、ついに乳母を連れて出奔しようと計画していたらしい。
そう言ってまた俯いてしまったジェイデンに、セオドアはまさかと思う。
(親父め、知ってたな)
テオドールは騎士団で活躍した荒っぽい見た目に反して、智略に優れた文官でもある。
我が父親ながら、その情報網は恐ろしく広く、ジェイデンのような子供が領主の屋敷でどんな目にあっていたかなど知るに容易い。
今回もセオドアを屋敷に寄越す前に、入学について公爵の言質を取っておくところなど、実に狡猾である。
「親父の手紙にはなんで書いてあったんだ?」
「北での後見人になるから、早く屋敷を出て寄宿舎に入ってはいかがかって…」
握り締めていた手紙を、ジェイデンは大事そうに開いて平たい石の上に乗せる。そうやって皺を伸ばして、ようやく手にした入学届を掲げ眩しい眼で見上げた。
「よかったな。その乳母も、1人くらいなら連れていっても問題ないだろう」
寄宿舎はいつも人手不足だ。
個人的なメイドとして認められなくても、子供たちが多い職場は働き手がいつも足りない。
「俺は卒業したばかりだけど、予備学校の事ならいろいろ教えてやるよ」
年上風を吹かせ、つい偉そうなことを言ってしまう。念願だった入学が叶い、嬉しそうな子供につい構ってしまいたくなる気持ちを抑えられなかった。
「ありがとう」
そう言って見上げてきたジェイデンが、無邪気に笑う。
「代官に感謝する。入学するよ。そのために北に来たんだ」
ようやく、ジェイデンは望む未来の一端をその手で掴むことができたのである。
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