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第21話 母親とは。ラテは色々聞いて聞かさせる。
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「太公主さまから見て、どんな方だったんですか?」
ラテは訊ねた。
「そうね、私もルーシュの茶会にお邪魔した時くらいしか会う時はなかったのだけど。とっても熱心な子だったわ」
「ねっしん?」
「ルーシュや私や、ともかく自分が知らないことにはもの凄く貪欲…… いえ、そうね……」
太公主は片頬に手を当て、軽く考え込む。貪欲、としか言い様が無いのだ。マドリョンカの美しいものや新奇なものに対する好奇心というものは。
「たとえば、そうね、このテープルの上の」
とん、と彼女は四角いテーブルの中央に大きく丸く作られた編み飾りを指す。
「これをラテはどう思って?」
「きれいです」
「どう綺麗?」
「外側に向かって、虹の様に色がどんどん変わってくところ…… たくさん色を使ってるのに、目がちかちかしないし」
「そうよね。私もそう思うわ。これはルーシュがくれたものなんだけど、この編み方が流行ったことがあったの」
「そんなことがありましたか」
皇帝もそう口を挟む。
「貴方は女性同士のことはさして気にしないから」
「女性はとても難しいですよ」
「母上も?」
「お前の母上は、そうだな、俺と一番良く似ているよ」
そう言いながらカヤはラテの頭をくしゃくしゃとかき混ぜる。
「似てる? かなあ?」
「似てますよ。お二人とも私達にはとっても判らないことをよぉくご存知です」
「母上がそうなのは、サボンからよく聞いているんだけど、父上も?」
「何だ、俺が色々知っていたらおかしいか?」
こいつめ、とぐい、と引き寄せて笑いながら揺さぶる。目が回る、とラテは悲鳴を上げる。
太公主はそれをまぶしそうな表情で眺める。
彼女は時々思う。このひとがせめて私の異母きょうだいという名目が解かれていたなら。
言っても詮無いことである。彼女は「サシャ公主」だったからこそ帝都にたどり着く前、まだ皇帝になる前のカヤと出会って心を通わせた。
だが彼が皇帝と成れてしまったことで彼女はそれ以上の思いをできるだけ押し込めなくてはならなくなった。
あきらめて他の何処かに嫁ぐという話も無い訳ではなかった。特に実姉はしきりにその話を持ちかけてきた。
姉は自分が異父姉妹であることを知っていた。先帝に放っておかれた母が寂しさと苛立ちの中で関係した男との間にできたのが自分だと。
姉は皇帝の血を引いていない自分がいつまでも公主であるのが許せなかったのだ。執拗に、実に執拗に迫ってきた。時には外出した時に彼女を襲わせようとしたこともあった。
カヤはその話を聞きつけた時、サシャに後宮から出ることを禁じた。守りたいからなのだろう、と彼女は思った。そして独占したいからだと。既に泣き付かれた後だった。愛しさと諦めが半々で、ずっとこの後宮で生きてきた。
そしてもう、歳を取らない皇帝にとって親子にしか見えない歳になり―――
皇后が決まった時、とうとう義務かい解放されると泣きつきにきたのだから、本当に仕方がないひとだ、と思うしかなかった。
それでも時々思うのだ。先帝が自分を公主としなかったらどうだったのだろうと。ただの母の娘だとしたならば。
その後姉は嫁いだ高官と共に遠くの任地に引っ越して行った。こればかりは確実に皇帝の鶴の一声だったらしい。
「理由は分かっているだろうな」
滅多に怒らないという彼が酷く冷たい声でそれを言い放ったという。
それではこの子供はどうだろう?
少なくとも今、友達になりたい子の母としてのマドリョンカのことを聞きに来ている。
そう思うと太公主はありのままの姿を話すのはためらわれた。
「ラテはエガナをどう思う?」
「どうって…… エガナはエガナだよ」
「そうではなく、あなたの母上と、どっちが甘えやすい?」
「……エガナ」
「まあそれは仕方ないな。お前の母は、その辺りの感情が少し人と違うんだ。だからエガナにその分を変わってもらっているんだよ」
皇帝も付け足す。
「母上と僕が一緒に暮らせないのはそのせい?」
今度は父親の方を向いて訊ねる。
「嫌か? 学問所は楽しくないか?」
「うーん、フェルリと一緒なのは楽しい。だって、ここには同じくらいの子が誰もいなかったし。腕ずもうとか、走り回って競争するとか、誰もしてくれなかったし」
「うん。父さんもそれを心配してたから、外に出したんだ」
「父上が?」
「お前に言ってなかったかな? 俺はここに来る前は、小さな村で宿屋の倅だったんだよ」
「やどやのせがれ?」
少年は首を傾げる。
「副帝都なら、色んな店があって、大きな町だよな。お前の父さんが育ったのは、そんな大きな町じゃなかったんだ。カイばあちゃんを覚えてるか?」
「うん」
少年の中で、後宮で一番口が悪く、そして豪快で誰も勝てないひと。そんな印象があった。
「あのひとはお前にとってのエガナにあたるんだよ。本当のばあちゃんじゃない」
「もう一人居るの?!」
「そう。父さんを産んだ、お前にとっての母上と同じひとがな。だけどそのひとは、赤ん坊の父さんを捨てていったんだよ」
「ええっ」
ああもう。太公主は思う。それは笑顔で言うことではありませんよ、と。
ラテは訊ねた。
「そうね、私もルーシュの茶会にお邪魔した時くらいしか会う時はなかったのだけど。とっても熱心な子だったわ」
「ねっしん?」
「ルーシュや私や、ともかく自分が知らないことにはもの凄く貪欲…… いえ、そうね……」
太公主は片頬に手を当て、軽く考え込む。貪欲、としか言い様が無いのだ。マドリョンカの美しいものや新奇なものに対する好奇心というものは。
「たとえば、そうね、このテープルの上の」
とん、と彼女は四角いテーブルの中央に大きく丸く作られた編み飾りを指す。
「これをラテはどう思って?」
「きれいです」
「どう綺麗?」
「外側に向かって、虹の様に色がどんどん変わってくところ…… たくさん色を使ってるのに、目がちかちかしないし」
「そうよね。私もそう思うわ。これはルーシュがくれたものなんだけど、この編み方が流行ったことがあったの」
「そんなことがありましたか」
皇帝もそう口を挟む。
「貴方は女性同士のことはさして気にしないから」
「女性はとても難しいですよ」
「母上も?」
「お前の母上は、そうだな、俺と一番良く似ているよ」
そう言いながらカヤはラテの頭をくしゃくしゃとかき混ぜる。
「似てる? かなあ?」
「似てますよ。お二人とも私達にはとっても判らないことをよぉくご存知です」
「母上がそうなのは、サボンからよく聞いているんだけど、父上も?」
「何だ、俺が色々知っていたらおかしいか?」
こいつめ、とぐい、と引き寄せて笑いながら揺さぶる。目が回る、とラテは悲鳴を上げる。
太公主はそれをまぶしそうな表情で眺める。
彼女は時々思う。このひとがせめて私の異母きょうだいという名目が解かれていたなら。
言っても詮無いことである。彼女は「サシャ公主」だったからこそ帝都にたどり着く前、まだ皇帝になる前のカヤと出会って心を通わせた。
だが彼が皇帝と成れてしまったことで彼女はそれ以上の思いをできるだけ押し込めなくてはならなくなった。
あきらめて他の何処かに嫁ぐという話も無い訳ではなかった。特に実姉はしきりにその話を持ちかけてきた。
姉は自分が異父姉妹であることを知っていた。先帝に放っておかれた母が寂しさと苛立ちの中で関係した男との間にできたのが自分だと。
姉は皇帝の血を引いていない自分がいつまでも公主であるのが許せなかったのだ。執拗に、実に執拗に迫ってきた。時には外出した時に彼女を襲わせようとしたこともあった。
カヤはその話を聞きつけた時、サシャに後宮から出ることを禁じた。守りたいからなのだろう、と彼女は思った。そして独占したいからだと。既に泣き付かれた後だった。愛しさと諦めが半々で、ずっとこの後宮で生きてきた。
そしてもう、歳を取らない皇帝にとって親子にしか見えない歳になり―――
皇后が決まった時、とうとう義務かい解放されると泣きつきにきたのだから、本当に仕方がないひとだ、と思うしかなかった。
それでも時々思うのだ。先帝が自分を公主としなかったらどうだったのだろうと。ただの母の娘だとしたならば。
その後姉は嫁いだ高官と共に遠くの任地に引っ越して行った。こればかりは確実に皇帝の鶴の一声だったらしい。
「理由は分かっているだろうな」
滅多に怒らないという彼が酷く冷たい声でそれを言い放ったという。
それではこの子供はどうだろう?
少なくとも今、友達になりたい子の母としてのマドリョンカのことを聞きに来ている。
そう思うと太公主はありのままの姿を話すのはためらわれた。
「ラテはエガナをどう思う?」
「どうって…… エガナはエガナだよ」
「そうではなく、あなたの母上と、どっちが甘えやすい?」
「……エガナ」
「まあそれは仕方ないな。お前の母は、その辺りの感情が少し人と違うんだ。だからエガナにその分を変わってもらっているんだよ」
皇帝も付け足す。
「母上と僕が一緒に暮らせないのはそのせい?」
今度は父親の方を向いて訊ねる。
「嫌か? 学問所は楽しくないか?」
「うーん、フェルリと一緒なのは楽しい。だって、ここには同じくらいの子が誰もいなかったし。腕ずもうとか、走り回って競争するとか、誰もしてくれなかったし」
「うん。父さんもそれを心配してたから、外に出したんだ」
「父上が?」
「お前に言ってなかったかな? 俺はここに来る前は、小さな村で宿屋の倅だったんだよ」
「やどやのせがれ?」
少年は首を傾げる。
「副帝都なら、色んな店があって、大きな町だよな。お前の父さんが育ったのは、そんな大きな町じゃなかったんだ。カイばあちゃんを覚えてるか?」
「うん」
少年の中で、後宮で一番口が悪く、そして豪快で誰も勝てないひと。そんな印象があった。
「あのひとはお前にとってのエガナにあたるんだよ。本当のばあちゃんじゃない」
「もう一人居るの?!」
「そう。父さんを産んだ、お前にとっての母上と同じひとがな。だけどそのひとは、赤ん坊の父さんを捨てていったんだよ」
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