四代目は身代わりの皇后④十年後~皇后アリカの計画と皇太子ラテの不満

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
20 / 38

第20話 いつかは行きたい場所

しおりを挟む
 報告はその後も続いた。

「……やはりあの糸蛾は砂漠の飛び地のあの場所のみか」
「どう致しましょう?」

 フヨウは今までに報告を終えた女達を後に従え、アリカに問いかける。彼女達の気配は非常に淡く、すぐ近くに居るはずのサボンには精霊か何かが居る様な気がした。

「大量に生産しないなら、すぐにどうということはないだろう。とりあえずあの地に監視をつけておき、実際にその糸蛾に関する仕事につけ。人選はフヨウに任せる」
「承知」

 フヨウは一礼すると、皇后の私室の闇に溶け込む様に姿を消した。サボンは小声で訊ねる。

「つまり、カイ様に皇帝陛下がおつけになった監視役の様なことですね?」
「そうです」
「それだけで貴女としては現在は大丈夫だと?」
「飛び地で少量の生産をするだけならさして問題は無いんですよ。私が心配しているのは、その土地の作物に影響が出るか、ですから……」
「作物。色が変わった葉ですね」
「ええ。土に肥料を与えれば作物に何かしらの変化がある様に、元々の土があそこだけ何かしらの―――が作用していたとしたら」
「え?」

 聞き取れない単語があった気がする。

「ああ、すみません。毒の様なものだ、と思ってくださいな。ただし薬も使いようによっては毒になる、の類ですが」
「何かあるんですね。それが糸蛾から出される糸の色…… というか、貴女が危惧されてるのは光の方じゃないですか?」

 黙ってアリカは指を立てた。その通り、と口が動いた。

「私はその原因が現在何処にあるのか知りたいのですが…… こればかりは…… 動くので彼等に追わせても無理なのですよ」

 そう言うと彼女は珍しく苦笑して首を傾げた。

「追えば逃げる石、というのをサボン貴女は想像できますか?」
「え? 石は動かないものでしょう?」
「そうなんです。石は基本的には動かない。ただ私の知識の中にあるその石は、普通の人間が無理に近寄ると逃げるんですよ」
「……わけがわからないわ」
「ええ、それは貴女が知らなくても良いことです。ただ、私はいつか探しに行きたいとは思うのですが」

 え、とサボンはぽつんとこぼしたその言葉が妙に深々と自分の胸を刺したことに気付いた。



 数日後、皇太子ラテがそっと皇宮内に連れられてやってきた。
 十六歳未満の者は入ることが許されない政治の都に入ることができる、たった一人の子供。それが彼だった。
 皇宮内に馬車が入ると、ようやく隠されていた窓の帳が開く。だがまだすぐに下りることはできない。皇宮は広いのだ。
 後宮に入った時、ようやく彼は馬車から降りることができた。そして行きたい場所へとさっさと歩を進める。

「おやまあ殿下! お久しゅうございます!」

 太公主の館の女官が大仰な声を立てた。

「お戻りの時には連絡を下さいね。私は皇后陛下の元に」
「判ってるよ!」

 館の中に入って行くことを確認すると、同行したエガナは皇后の元へと向かう。

「やあ久しぶりだ。会う度ににお前は大きくなるな」
「父上はいつもお変わりないですね」

 その言葉には何の含みも無いのは判っている。だが皇帝カヤはそれにはただ苦笑を返すしかない。

「いつかお前も判るよ」
「今は判らないでいいのですか」
「判る時は、自分がどうあれ判ってしまうものなんだよ」

 この父が普通と「違う」ことを本格的に理解したのは副帝都で学問所に通う様になってからだった。
 学問所の子供達の中には親が直々に迎えに来たり、時には教師に呼び出され、赴いてくることもある。そんな者達を見る都度、ラテは首を傾げたものだった。

「ねえフェルリ、皆の父上って何であんな老けてるの?」

 その時のフェルリは相当素早く「弟」の口を塞いだものだった。ラテはただ単に疑問を口にしただけだった。だがどうやらそれはまずいことらしい、とその時初めて知った。
 帰り道、フェルリは小声で言った。

「俺の死んだ父さんもあんなものだよ。ラテの父上がとってもお若いって聞いてはいるけど…… そんなに違うんだな」

 それ以来、「弟」がそれだけ感覚がずれていることにフェルリは気をつける様になったものだった。
 そして改めてラテは父をまじまじと見る。どう見ても、自分の父というよりは兄と言った方か良い姿なのだ。
 そして一緒に暮らしているという太公主という女性は。
 副帝都でこの女性と歩いたならば、自分と彼女の関係は「孫と祖母」だろう。この後宮の中で育てられていた頃にはあまり気にしなかったことが、今になってみしみしと彼の中に染み渡ってきている。
 そして何と言っても母だ。一緒に来たというサボンと同じ歳だというが。
 外の世界を一度知ると、自分の居た環境が如何に特殊であるかにどんどん気付かされる。
 しかし今はその考えは横に置こう、とラテは思った。これは考え出すと止まらなくなる類いの案件だった。

「父上、トモレコル家に嫁がれた母上の姉君がお亡くなりになったと聞きました」
「らしいな。貴女も聞いているだろう?」

 茶を用意された同じテーブルに太公主もついている。

「そうね。ルーシュが嫁ぎ先でも彼女はよく招いていたということでお手紙が来たわ」

 桜の公主と呼ばれたアマダルシュは現在は降嫁し、そこでも夫人や令嬢を集めては常に面白いことを、と望んでいるということだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

処理中です...