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第19話 地図が欲しい理由
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「けど何で陛下はそんなに地図が欲しいんだい? って言うか、地図だったら今でもあるだろ?」
どうしても度々菓子を食べに寄ってしまうことになる配膳方で、タボーはごくごく単純にサボンに疑問を投げかけてくる。
当人と言えば、仕入れたばかりの大きな林檎を皮ごとかじっている。この大きな女性は自分自身の食事に関してはこだわりがない。ただ南国の果物の場合、きちんと種は取る。
なおその種は現在、宮中の菜園に送られることになっている。技術方の中からこの十年の中で作物の特性を調べるために育てる係が存在しているのだ。
おそらく最もこの十年で範囲が広がったのは技術方だろう。市井から技術者や究理者を求め、出入りさせる様にもなっていた。
その中に危険な者が全く居ないとは限らないという声もあるが、その辺りはアリカの命で隠密が見つけ次第捕獲ということになっている。
ただその様なことは女官長とまでなってしまえばさすがに知らされるが、各方筆頭では知らされることはない。
タボーの様な配膳方一筋の場合、そもそも関心も無いことが普通である。
だが今の皇后は考え事だの仕事だので食事をまとめてワゴンで運ぶ昼も夜もない様な日々が続くことも多い。
すると根本的な疑問がタボーの中にも湧いてくるというものだった。すなわち、それはそんなに大切なことなのか? と。
彼女にとっては皇帝の家族というものはただひたすらにその健康を食事によって守りたい存在である。実際夫人や公主に関してはそれでよかった。
だが当の皇帝と皇后に関しては、予想がつかないことが多すぎた。
そして仕事が立て込んでいる場合、こうやってサボンが甘いもの欲しさにやってくる。結構な量を食べているのに、それでも甘い物が欲しくなる程に頭を使っているらしい。
そしてその皇后が一番長く取り組んでいるのが「正確な地図」なのだという。タボーにはやはり判らない。
「うーん…… 私にも判らないことは多いのだけど…… タボーさん、もしその林檎が採れる地域が何処から何処まで、ということが判ったら無駄はなくなると思いません?」
「と言うと?」
「例えば桜の方で米が主に作られ食べられていた訳ですよね。で、あれは炊くだけで美味しくいただけるものですよね。麦だと今一つそうもいかない」
「そうだね。その上で粉に挽けばもちっとした菓子も作ることもできる」
「ですがこれを作っている場所というのは、案外限られているんですよ」
「へえ」
「だいたい暑くて雨が多いとか、そういう場所だったら大丈夫ですが、ではそうでない場所だったら? とあの方はまず考えるんです」
「そんな面倒なことしなくとも、採れる場所から運んでくればいいんじゃないかい?」
「道の関係でそうできない場所もある訳ですよ。実際、海沿いの藩候領では途中の街道が険しすぎることで、大きな荷物が運びにくく、独自の文化ができたりする訳です」
「ふうん?」
「それこそ心太を教えてくれた辺りなんていうのは、山を幾つか越えなくてはならない処なんですが、それでもたどり着くと結構平野が広がってるらしいのですよ。で、元々そこでは芋と野菜と魚が中心だったんですが、麦と米を試しに育てさせてみたら、麦は大丈夫で米は駄目だったんです」
「何で?」
「寒いんですって」
「寒さかい」
「ええ」
サボンはうなづいた。
「麦は結構な寒さにも耐えますし、調べたら、元々その地では他の食べられる穀類も野生でありましたし…… 食べようとしなかっただけで」
「それと地図が」
「だから正確な地形とか、土地の情報が分かると、もっと作るものが合理的になるんじゃないか、ってことなんですよ。美味しいものが地元でできたらいいよね、という感じで」
「そりゃまあ、子供の頃にあの米とかふわふわの焼き菓子とか地元でできて、がんばれば皆食べられるなら仕事もがんばる…… とは思うがね」
「そうは思いませんか?」
「ただ砂糖だけは無理だろ? どう頑張っても、あれは本当に暑い地方じゃないと」
「ええ、今その限度を試している最中なんです」
「試して?」
「あちこちで南の藩候領から分けてもらった砂糖黍の種を撒かせてるんです。それで実用に耐えるだけの量が採れるかどうか…… で、寒くて無理なら、北の藩候領では甘味が採れる作物はないのか、土地の具合は、高度は、……とかで考える要素が山程あるとかで……」
ぶるんぶるん、とタボーは首を横に振る。
「駄目駄目駄目駄目。あたしにはそんなことややこしくて考えられないよ。砂糖は砂糖としてあればいいし、ある中であたしは美味しいものがもっと作れればいいとは思うけど、それ以上のことは考えられないね」
「アルレイも似た様なこと言ってました」
「アルレイって言うと、確か縫製方だったっけね」
「筆頭の座を狙っているんですって」
サボンはくすくす、と笑う。
「いいのかい? そういうこと」
「あのひとは公言してますから大丈夫。むしろ私はタボーさんの後継者が居ないかどうか不安なんですけど」
「それはねえ…… 考えはするんだけど、今一つなんだよ。皆。これと思うと結婚するからと出て行ってしまう。女官長への野心でも何でも、料理への腕と心があればいいんだが、今居る上級は皆どっちが今一つなんだよ」
「難しいものですねえ……」
「あんたがいっそ配膳方だったら、単純にあたしの腕を仕込むんだがねえ。昔と違ってずいぶんさくさく動く様になったしね」
「それを言わないで下さいよ。私も屋敷勤めからいきなりで何もできなかったのは確かですけど」
そんな言葉がさらっと簡単に出る様には、嘘の過去が既に馴染みすぎている。
「ところでずっと試してみている煮こごりの様な菓子の試食、してみるかい?」
「喜んで」
どうしても度々菓子を食べに寄ってしまうことになる配膳方で、タボーはごくごく単純にサボンに疑問を投げかけてくる。
当人と言えば、仕入れたばかりの大きな林檎を皮ごとかじっている。この大きな女性は自分自身の食事に関してはこだわりがない。ただ南国の果物の場合、きちんと種は取る。
なおその種は現在、宮中の菜園に送られることになっている。技術方の中からこの十年の中で作物の特性を調べるために育てる係が存在しているのだ。
おそらく最もこの十年で範囲が広がったのは技術方だろう。市井から技術者や究理者を求め、出入りさせる様にもなっていた。
その中に危険な者が全く居ないとは限らないという声もあるが、その辺りはアリカの命で隠密が見つけ次第捕獲ということになっている。
ただその様なことは女官長とまでなってしまえばさすがに知らされるが、各方筆頭では知らされることはない。
タボーの様な配膳方一筋の場合、そもそも関心も無いことが普通である。
だが今の皇后は考え事だの仕事だので食事をまとめてワゴンで運ぶ昼も夜もない様な日々が続くことも多い。
すると根本的な疑問がタボーの中にも湧いてくるというものだった。すなわち、それはそんなに大切なことなのか? と。
彼女にとっては皇帝の家族というものはただひたすらにその健康を食事によって守りたい存在である。実際夫人や公主に関してはそれでよかった。
だが当の皇帝と皇后に関しては、予想がつかないことが多すぎた。
そして仕事が立て込んでいる場合、こうやってサボンが甘いもの欲しさにやってくる。結構な量を食べているのに、それでも甘い物が欲しくなる程に頭を使っているらしい。
そしてその皇后が一番長く取り組んでいるのが「正確な地図」なのだという。タボーにはやはり判らない。
「うーん…… 私にも判らないことは多いのだけど…… タボーさん、もしその林檎が採れる地域が何処から何処まで、ということが判ったら無駄はなくなると思いません?」
「と言うと?」
「例えば桜の方で米が主に作られ食べられていた訳ですよね。で、あれは炊くだけで美味しくいただけるものですよね。麦だと今一つそうもいかない」
「そうだね。その上で粉に挽けばもちっとした菓子も作ることもできる」
「ですがこれを作っている場所というのは、案外限られているんですよ」
「へえ」
「だいたい暑くて雨が多いとか、そういう場所だったら大丈夫ですが、ではそうでない場所だったら? とあの方はまず考えるんです」
「そんな面倒なことしなくとも、採れる場所から運んでくればいいんじゃないかい?」
「道の関係でそうできない場所もある訳ですよ。実際、海沿いの藩候領では途中の街道が険しすぎることで、大きな荷物が運びにくく、独自の文化ができたりする訳です」
「ふうん?」
「それこそ心太を教えてくれた辺りなんていうのは、山を幾つか越えなくてはならない処なんですが、それでもたどり着くと結構平野が広がってるらしいのですよ。で、元々そこでは芋と野菜と魚が中心だったんですが、麦と米を試しに育てさせてみたら、麦は大丈夫で米は駄目だったんです」
「何で?」
「寒いんですって」
「寒さかい」
「ええ」
サボンはうなづいた。
「麦は結構な寒さにも耐えますし、調べたら、元々その地では他の食べられる穀類も野生でありましたし…… 食べようとしなかっただけで」
「それと地図が」
「だから正確な地形とか、土地の情報が分かると、もっと作るものが合理的になるんじゃないか、ってことなんですよ。美味しいものが地元でできたらいいよね、という感じで」
「そりゃまあ、子供の頃にあの米とかふわふわの焼き菓子とか地元でできて、がんばれば皆食べられるなら仕事もがんばる…… とは思うがね」
「そうは思いませんか?」
「ただ砂糖だけは無理だろ? どう頑張っても、あれは本当に暑い地方じゃないと」
「ええ、今その限度を試している最中なんです」
「試して?」
「あちこちで南の藩候領から分けてもらった砂糖黍の種を撒かせてるんです。それで実用に耐えるだけの量が採れるかどうか…… で、寒くて無理なら、北の藩候領では甘味が採れる作物はないのか、土地の具合は、高度は、……とかで考える要素が山程あるとかで……」
ぶるんぶるん、とタボーは首を横に振る。
「駄目駄目駄目駄目。あたしにはそんなことややこしくて考えられないよ。砂糖は砂糖としてあればいいし、ある中であたしは美味しいものがもっと作れればいいとは思うけど、それ以上のことは考えられないね」
「アルレイも似た様なこと言ってました」
「アルレイって言うと、確か縫製方だったっけね」
「筆頭の座を狙っているんですって」
サボンはくすくす、と笑う。
「いいのかい? そういうこと」
「あのひとは公言してますから大丈夫。むしろ私はタボーさんの後継者が居ないかどうか不安なんですけど」
「それはねえ…… 考えはするんだけど、今一つなんだよ。皆。これと思うと結婚するからと出て行ってしまう。女官長への野心でも何でも、料理への腕と心があればいいんだが、今居る上級は皆どっちが今一つなんだよ」
「難しいものですねえ……」
「あんたがいっそ配膳方だったら、単純にあたしの腕を仕込むんだがねえ。昔と違ってずいぶんさくさく動く様になったしね」
「それを言わないで下さいよ。私も屋敷勤めからいきなりで何もできなかったのは確かですけど」
そんな言葉がさらっと簡単に出る様には、嘘の過去が既に馴染みすぎている。
「ところでずっと試してみている煮こごりの様な菓子の試食、してみるかい?」
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