転生黒狐は我が子の愛を拒否できません!

黄金 

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2 呆気なく終わる

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「ふわわぁ~~~。」
 
 大きな欠伸をすると、伊織の彼女が隣で笑っていた。

「やだぁ~!もしかしてまたやってた?どこまで攻略したの?」

 すっかり彼女さんとゲーム仲間になってしまった。
 今のところ女性ヒロイン側を全て攻略して、男性側をやっていた。同じ男性として同性を恋愛対象にする事にやや抵抗を感じるが、最近ではすっかり慣れてしまい、彼女さんと仲良く攻略についてやり取りをする様になっていた。

「ほぼ終わりですかねぇ。でも回収出来てないスチルがまだありますよー。」

「げげっ!早い!あたしより早いよぉ~。あ、じゃああたしの主観なんだけどぉ、朱雀白虎玄武ってなんかあっさり感なかった?」

「あ~~ありましたね。やけに好感度上がるし終わり方にひねりが無いというか…。ネタ切れでしょうか?」

「えぇ~?唯一の紅一点朱雀の攻略までネタ切れは有り得なくない?」

「確かに~。」

 二人で机を並べて携帯を弄りながら話し込んでいると、伊織が呆れたようにジュースを飲んで口を挟んできた。

「飽きねーなお前ら。どっちがカレカノか分かんねーな。」

「ちょっとお~、望和君はあたしの唯一のゲーム仲間なんだからね!そこら辺の彼氏と一緒にしないで!」

「おいおい。」

 彼女の反論に伊織はいつもの冗談だと笑って流した。
 その隣で愛希が怖い顔で彼女を睨んでいたのには、僕しか気付いていない。
 
 伊織は誰からも好かれる明るい性格と、整った顔立ちのイケメンだ。だから愛希が異性より同性が好きだというなら、伊織に惹かれるのも理解出来る。
 愛希は可愛い顔をしているけど、引っ込み思案で伊織の影にいつも隠れている。
 伊織もついつい頼られると助けてしまうので、悪循環になっていると思う。
 愛希は伊織に依存しているのだろうか。
 こうやって恋愛ゲームをやっていても、人の現実の恋愛はよく分からなかった。

 ちょっと前に伊織の彼女から相談されたのだ。愛希に伊織と別れろと言われると。
 そんな事を愛希が本人に直接言えるなんて思ってもいなかったので驚いた。
 伊織はまだ知らないと言っていた。
 伊織には僕から忠告しとくべきかなとは思っているが、伊織の側には愛希がベッタリと引っ付いている。
 
 仕方がないので、この前も休みの日に伊織の家に行った訳だが………。
 愛希がいるのだ。
 ここ最近ずっと伊織の家に泊まりに来ているらしい。
 
「うーん、言う暇がありません…。」

 家に帰り暇なので寒い物置き部屋でゲームを進める。
 夕方まで伊織の家に居座ってみたけど、愛希が常に見張ってて、伊織と二人きりになれないのだ。
 彼女も最近伊織と遊べないと嘆いていた。もう別れようかとも……。
 流石に愛希はやりすぎだと思う。

 トントンと進める画面上には、ヒロインが麒麟那々瓊を慰めるシーン。

『私が代わりに貴方といるよ。私のなな、安心して?』

 このセリフを選ぶと那々瓊の好感度が上がる。
 那々瓊には心に思う大切な人がいるのだけど、会う事は叶わないのだと嘆いている。
 大切な人は那々瓊が霊廟に安置し、毎日欠かさず花を供えていた。
 主人公はそんな悲しみに暮れる那々瓊を慰め癒していく事で、彼を攻略していく。
 
 那々瓊の大切な人とは誰だろう?
 卵から孵ってから出会った人物だから、夢の中の『私』は知らない。
 『私』は成長していく那々瓊を育てる事も、見守る事も出来なかったのだから……。

「……………いや、いやいやいや、あくまで夢。それにゲーム。なんで繋げて考えてるんでしょう。」

 思わず自分で自分の思考につっこんだ。
 このゲームでも、夢の中でも麒麟の事を「私のなな。」と言うから、ついつい混同してしまうのだ。

「まぁーた、望和にぃは一人で根暗に遊んでる。」

 直ぐ下の弟が晩御飯を呼びに来た。
 下の弟達は口が悪い。
 下に降りると既にご飯が始まっていた。
 茶碗に白いご飯は盛られているが、オカズが殆ど消えている。
 呼びに来た弟は自分の分はちゃっかり確保してから上がってきたらしい。
 どうせなら一緒に取っといて欲しかった。

「あら、望和いなかったの?オカズもう無いわよ?」

 母親は一人一人の細かいところまで面倒を見る暇がない。
 兄や弟達に同じ扱いをすると、喧しく騒ぎ出すのでまだ多少は気を遣っているが、望和は大人しいのでかなり放置だ。

「あー、うん、いいです。」

 塩を振っておにぎりにして食べる事にした。

「…………そ。足りなかったらお菓子でも食べといて。」

 父も母も、気付けば敬語で話していた三男に、どう対応すればいいのか未だに分からないようだった。
 親が少し距離をとっているので、なんとなく他の兄弟も望和には線を引いている。
 それをたまに寂しいと思う事もある。
 両親が揃っていて兄弟が四人もいるのに、望和は家族の和の中に入った気がしない。
 決して怒らせず苛立たせずに静かに居るだけなのに、どうやらダメらしい。

 早く一人暮らしがしたい。
 最初から一人なら、集団に混じれなくても、同じじゃなくても平気だと思えるのに………。

 オカズも何もないおにぎりを持って、寒い二階の物置き部屋でゆっくりと食べる事にした。
 母親の溜息が後ろから聞こえるけど、これ以上苛つかせるのが怖くて振り向かなかった。





 朝の登校時、愛希を呼び止めて話し掛けてみることにした。
 その間だけでも伊織と彼女が二人きりになって、仲を取り戻せたらいいのにという気持ちもある。

「愛希、他人の関係にあんまり干渉するのはよく有りません。」

「はぁ?なに?あの女が告げ口したの?だからこの前伊織んちに来たわけ?」

 愛希の表情が怒りに満ちる。

「そうですよ。」

「それこそ望和には関係ないよ。伊織に守られてばかりのくせに、余計なことばっかりしゃしゃり出てきて、良い人ぶって鬱陶しい!」

「愛希!言い過ぎだ!」

 伊織が引き返して来てしまった。
 折角彼女と二人きりになる時間を作ろうと思ったのに、後ろで揉め出したから止めに来てしまった。
 彼女の方を見ると、悲しそうな顔でゴメンネと手を合わせていた。
 ああ………、分かれちゃったんだと悲しくなった。
 伊織はモテる。
 人当たりも良くて、社交的で、頼りになる。なのに彼女と長続きしない。
 それは僕と愛希の所為だ。
 いつも伊織にぶら下がって迷惑を掛けている。
 本当は伊織は頭が良いから、もっと違う学校にも行けた。
 だけど元々そこまで頭の良くない愛希と、家から近いという理由でこの高校を選んだ僕に合わせて、伊織もこの高校を選んでいる。
 幼馴染の世話ばかりする伊織に、歴代の彼女達は呆れたり怒ったりしながら離れていく。
 今回の彼女は僕とも仲良くしてくれて長続きしていた方だ。
 だけどダメだった。

「ごめんなさい……。」

 僕が伊織に謝ると、笑って頭をぐしゃぐしゃと撫でてきた。

「そうやって自分ばっかり良い人ぶってっ!望和だって伊織に迷惑かけてるのにさっ!」

 僕達は学校に歩きながら愛希を宥める羽目になった。

「愛希もそこまでにしとけ。どっちの事も迷惑なんて思ってねーから。」

 伊織は愛希のこの我儘な性格を直そうとしているようだけど、無理だと思う。
 かと言って見捨てる事も出来ないんだろうなぁと溜息が出た。
 
 


 
 放課後幼馴染三人のみで久しぶりに帰る。
 伊織は彼女が出来ても登下校は必ず僕達と一緒だった。
 本当は伊織も愛希の事が好きなのかなと、思った事もある。でも彼女という存在が切れた試しがない。
 今日はまた伊織が別れたと言う噂が立っていたから、直ぐに別の子が告白して来て、その中から彼女が選ばれるのだろう。
 愛希が何やら一生懸命伊織に話しかけているが、僕はぼんやりと違う事を考えながら二人について歩いていた。

「…あっ。」

 伊織の別れた彼女が前を歩いていたので走って追いかけた。伊織の彼女では無くなったけど、彼女は僕のゲーム友達だ。

「あ、望和君。こっち来て大丈夫なの?」

「うん、平気ですよ。愛希が好きなのは伊織だけだから、僕が誰と仲良くしようが何も言いません。」

 そう言うと、彼女はキョトンとした顔をした。

「………まぁ、確かに愛希君はそうだけど………。伊織には一言言っておいた方がいいよ。」

「…………伊織に?」

 何故伊織なのでしょう?

「それより、どうしたの?」

「あ、はい。今まで通り仲良くしたくて………。挨拶です。」

「えぇ?ふふ、望和君って可愛いよね。勿論だよー!ただ伊織にはちゃんと言っといてね!」

 だから何故伊織の許可がいるのでしょうか。
 不思議そうな顔をしていたのか、彼女は笑って何でもないと言っていた。
 そうこう話し込んでいると、伊織と愛希が追いついて来た。

「望和。」

 伊織が僕の隣に立って並ぶので、愛希が凄い顔して睨んできた。怖い。

「あ、お友達宣言してます。」

 彼女と笑い合って、これからもゲーム仲間として遊ぶ事を伝えておく。

「ふーん。」

 伊織は苦笑しながら頷いた。
 彼女は電車通学なので、徒歩圏内の僕達とは途中で別れる。
 なのでそこの分かれ道までと、一緒に話しながら帰る事にした。
 さっきまで愛希のよく分からない自慢話しを上の空で聞いていたが、ゲーム攻略話しは楽しい。
 
「望和君ってBLスチルも割と平気で集めてるよね~。恋愛対象そっち?」

 彼女の急な質問に、ブッと吹き出す。

「えっ!?いや、どーかな?誰かを好きになった事無いし……。」
 
 今まで一番強く感じた愛情と言うものは、夢の中の「私のなな。」に対する愛情だけだった。とてもリアルな夢なので、その感情よりも強い愛情を現実で感じた事がない。
 
「まさか初恋もまだ!?やあーん!応援するねっ!」

 何故か身悶えて喜ばれてしまった。何故でしょう?しかも応援?
 キャッキャと笑って話しながら歩いていて、信号なしの交差点を渡る。
 門からトラックが右折してきた。

「え……、やけにこっちよりに………。」

 巻き込まれないように急いで渡って避けたのに、近付いて来るトラック。
 彼女の甲高い悲鳴を聞きながら、どこに安全地帯があるかを咄嗟に考える。
 彼女をギリギリトラックの進行方向から外せたと思う。
 ドンと押して遠ざけた。
 でも僕は間に合わない。
 一緒に歩いてた伊織達はどうしただろうかと、短い一瞬の中で考える。
 抱き締めてきた柔らかい温もりと、知った匂いに伊織が助けようとしているのだと思った。
 やけにゆっくりと時間が流れる。
 夢の中の走馬灯と同じ。
 死ぬ前の時間はやけにゆっくりと感じるのだなと、改めて思った。
 横目で愛希が手を伸ばしている姿が見えた。
 奥に僕が突き飛ばした彼女が、青褪めた顔でへたり込んでいた。
 ああ、伊織は隣を歩いていた愛希を、僕と同じ様に安全な方向に出したんだなと、不思議と恐怖もなく確認した。
 

 ドンッッッ!!という鈍い音と、身体がバラバラになる衝撃と痛み。
 熱いのか冷たいのかも分からない。
 僕を抱き締めた伊織も、多分同じだろう。
 二人とも、助からないかも………。
 伊織なら僕を見捨てて愛希を引っ張って助かっただろうに………。

 
 君は君の人生を大切にして良いんだよ?


 冷たい地面と、まだ温かい伊織の腕の中で、僕の意識は途絶えた。

 人生とはなんて呆気なく終わるものなのか……………。












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