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番外編
59 桜は毎年咲くから④
しおりを挟む僕達は桜を見に来た。
杜和君が夜桜を見ようと言ったからだ。
コンビニで缶ビール買って、ふらりと近くの公園に来た。
「あ、ここ……。」
僕が最初に目を開けた場所だった。
目を開けたら桜が満開で、辺り一面ピンク色に見えて、落ちる花びらが物悲しかった。
桜が嫌いになったわけではない。
綺麗だし、好きなんだけど、やっぱり満開の桜を見ると思い出してしまう。
「愛希さんって桜見ると泣きそうになりますよね。」
見られてたか。
いつ見られてだんだろう?
そういえば去年川沿いの桜を見ていた時話し掛けられた。咲いている桜を見ると涙が自然と浮いてしまうのを見られていたのかな?
「変だよね。でも僕が最初に目覚めたのここなんだ。あの時の感覚をどうしても思い出しちゃうんだよ。」
「……どんな感覚ですか?」
「うーん、もう、会えないんだなぁって悲しくなった感覚かな?永遠に会えないんだなぁって…。」
伊織にも望和にも万歩にも呂佳にも、永遠に会えない。そういう感情が浮かんで、涙が溢れてくる。
「それは兄達のことですよね?」
いつにない杜和君の硬い声に、桜から目を離して杜和君の方を振り返ると、真っ直ぐに僕を見つめる視線とぶつかった。
「……うん、そう。」
困惑しながら返事をする。
人が多くて座る場所なんてない。寄りかかれそうなとこも無かったので、僕達は歩きながら花見をした。辺りは熱気に包まれていて、缶ビールの冷たさが心地良い。
無言になった杜和君と暫く歩いた。
そして杜和君に突然手を繋がれる。
「人が多いから。」
「あ、うん。」
びっくりしてそのまま手を繋ぎ続ける事になってしまった。いい歳した男同士。不自然じゃないかとチラリと辺りを見回したけど、夜だからか酔っ払いが多くて誰も見ていなさそうだった。
その日はそのまま手を繋いで花見をして、人の多さに辟易しながら杜和君のマンションにお邪魔した。
僕は困惑していた。
コーヒーショップは九時から営業する。
午前中はショップに一人、配達に一人か二人のアルバイトが基本だ。昼前から少し人を増やして、ランチ時間が過ぎたらアルバイトを減らしている。
事務方が多くなった僕は、なるべくショップにいる為に人が少ない時はカウンターに立つ事が多くなった。
そして、今開店したばかりのこの時間に、杜和君の不倫相手、藤間さんが来ていた。
「……君か。」
なにが?
「えっと、ご注文をどうぞ?」
ホットコーヒーと簡単に言われてしまった。
色々種類があるんですけど?と思いながらも、適当に注文を受け付けた。
多分この人は僕に用事あるんだよね?
コーヒーを作って用意している僕に、藤間さんは話し掛けてきた。
「君、名前は?杜和とはどういう関係?」
質問は無視した。
なんか怖い。名前は言いたくない。
でもこれは杜和君がらみで怒りを買っている?
「友人です。」
カップにポコンと蓋をして、カウンターに置く。
「夜桜見物で手を繋いで歩くのに?」
「え……。」
見られてた?
人が多過ぎて分からなかった。
杜和君は気付いていただろうか?
まさか藤間さんがいると知っていたから態々夜に桜を見に行こうと言った?
返答に困ってしまった。
だって友人では手は繋いで歩かない。
でも友人なのは確かだ。
喋らなくなった僕に苛立つのか、藤間さんは軽く睨みつけて去って行った。
僕はホッと息を吐いた。
「……うわーー、男の嫉妬ですね。こわっ。」
後ろから声がしてビクッとなる。
「進藤君…。いたなら助けてよ。怖かったよ。」
デリバリーの配達に出ていた進藤君が戻って来ていた。
「えーやですよ。あの人ってこのビルの会社の部長らしいですよ。睨まれたくないです。」
「僕、睨まれたんだけど。」
「大丈夫ですよ。真由さんが守ってくれます。」
その真由さんは本日子供の幼稚園の参観日とやらで欠席だ。今までは休まず頑張っていた真由さんも、僕を正式に正社員として雇う事で、用事がある日は休むようになった。
まだ卒業していないので正社員ではないけど、殆どそのような扱いになっている。
「杜和さんってよく来るお客さんですよね?」
「うん、仲良しだよ。飲み仲間?」
「手ぇ、繋いで?」
「う、うん、なんか手を繋がれちゃって?」
「おおー、大人の関係、三角関係、いや、あの藤間って人妻帯者ですよね。四角関係!?こわっ爛れてる。」
何か察してしまったらしいが、僕をその輪の中に入れないで欲しい。
「……杜和君とは友人!」
「なんか進展したら教えて下さい。俺は応援します。」
完全に面白がっていた。
最近の子は同性愛だろうが、なんだろうが、あまり気にしないみたいだ。
「最近の若者不思議だ。」
「愛希さん、おっさんくさい。」
「最近の子は容赦ない!」
「危なくなったらちゃんと逃げるんですよ?」
「子供扱いやめて~。」
午前中はずっと進藤君に揶揄われていた。
十八時半、僕がシャッターを閉めていると杜和君がやって来た。
「愛希さん。」
「あれ?今日は残業じゃなかったの?」
「明日に回せるのは回しました。それより今日、藤間部長が来たと聞いて…。」
進藤君が配達の時に態々寄って、杜和君に教えて行ったらしい。ふざけて揶揄ってたけど実は心配かけてたのかな。
「うん、直ぐに帰って行ったから平気だったよ。喧嘩でもしてたの?」
「………いえ。」
何か言いにくそうにしている。
どうせだから帰ろうかと促した。
二人で歩いていると目の前に人が立った。
まだ十九時前。オフィス街とはいえまだまだ人は多い。
陽は落ちて街灯が明るく道を照らしていた。
「杜和。」
藤間部長だった。
「行きましょう、愛希さん。」
杜和君は僕の手を取って引っ張った。
何やら緊張している事態に、僕は訳も分からずついて歩く。
「杜和っ!待つんだ!そいつと付き合っているのか!?」
ん?
「貴方には関係ありません。」
何やら目の前で揉め出した。
「ちょちょちょ、ちょっと待って!こっちで話しましょう!」
人目がありすぎる!
僕は二人を引っ張って路地に入った。
「お前、やっぱり杜和と付き合ってるんだろう。」
藤間部長の目がギラギラしてて怖い。
僕はすっかり縮こまった。
だってこの人体格良過ぎて大きいんだもん。
杜和君も僕より大きいけど、この人はそれよりも大きい。百八十センチ超えてそう。
杜和君が藤間部長と僕の間に入った。
「もう別れたんだから関係ありません。首を突っ込まないで下さい。部長は子供さん三人もいるんだから早く帰らなくていいんですか?」
おおうっ、別れてた!
最近愚痴聞かないと思ってたら別れてたんだ!
「春休みで実家に子供達連れて帰省している。だからいないうちならお前といられると言ってるだろう。」
僕は呆気に取られた。
堂々と浮気し過ぎてて怖い!
杜和君、なんでコイツと付き合ってたの?
「はぁ?だから別れたと言ってるでしょう?」
「そいつに乗り換えたのか?こんな年下のただのバイトに!」
藤間部長は杜和君の腕を掴んで引っ張った。杜和君が痛そうな顔をする。
僕が慌てて止めに入ろうとすると、ギラリと藤間部長の切長の目に睨みつけられた。
ひぇ~~~~、怖いっ!
「あの、僕は杜和君より年上ですし、もう直ぐしたらバイトじゃなくて、正社員です~~~!」
とりあえずこの喧嘩を止めなきゃと話を変えたくて自分の事を話す。
「愛希さん、そんな事説明する必要ありません!」
「はあ?お前が杜和より上?嘘だろう!?」
なんか二人の視線が集まった。種類の違うイケメンだけど、どっちも今は怖い!
藤間部長は今度は杜和君じゃなく僕の襟を掴んだ。
「上なら上らしくしたらどうだ!今まで定職にも就かずにフラフラしてたんだろう!?人を惑わす暇があるなら仕事しろ!」
上から怒鳴りつけられた。
そんな事言われても、僕は今が精一杯だ。
万歩が言う通り、学校行ってアルバイトしてるだけでも頑張ってる方なんだ。
口がへの字になってジワリと涙が浮かんだ。
はたから見たらそう見えるんだなぁと悲しくなった。
進藤君達は若く見えると言ってくれるけど、やっぱりおじさんだよね。
おじさんが定職にも就けずに学生に混じってアルバイトしてるように見えるんだね。
こんなにはっきりと言われると、考えないようにしていたのに、思い知らされて心が痛い。
「うるっ!さいっっっっ!!!」
僕が怖くて悲しくて俯いたら、杜和君が叫んでドカッと鈍い音がした。
「………え?」
藤間部長が目の前で、目をまん丸にして転がっていた。杜和君の足が上がっている。蹴ったの?
「愛希さんは頑張ってます!誰よりもっ、ちゃんと生きている!男と不倫しているお前よりも、ずっと偉い!」
「わ、わわわっ、杜和君、声デカいよ!」
僕は慌てて杜和君の手を引っ張って奥に走り出した。路地の外から人が叫び声を聞き付けて覗き出したのが見えたからだ。
転がって呆然としている藤間部長は自分でどうにか出来るだろう。
ここまで離れれば大丈夫だろうという所まで来て僕達は止まった。
「はぁ、はぁ、す、すみません、迷惑を掛けてっ!」
二人ではぁはぁと言いながら自販機の前に立ち止まり、杜和君が謝ってきた。
「い、ぃいよぉ~。はぁ~~苦し……、杜和君、あんな叫ぶんだぁ?」
杜和君が自販機でお茶を買ってくれた。
有り難く受け取って飲む。
杜和君がマンションでゆっくり話したいと言うので僕は頷いた。いつの間に別れていたのか聞きたいのもある。
今日は水曜日だけどお邪魔した。
最近はお泊まり込みの飲み会ばかりだったので、金曜日か土曜日にお邪魔する事が多くて、平日というのは新鮮だった。
自販機のお茶があるし、明日は仕事なのでお酒は断った。
インスタントのラーメンがあると言うので、二人で付け合わせを作ってそれを食べることにした。
もやしとちんげん菜を茹でて乗せると美味しそう。
チュルル~と麺を啜っていると、ジッと杜和君に見られていた。その微笑ましそうな視線はやめて欲しいです。
「美味しいですか?」
「うん、美味しいよ。」
まずは麺が伸びないうちにと先に食べてしまう。
フーフーしながら食べていたら、先に食べ終わった杜和君が待っていた。
食べるの早くない?
「食べながら聞いてて貰っていいですか?」
「ちゅる~~……、モグモグ。うん。」
「愛希さん、好きです。」
「ぐふっぅっっ!?」
鼻に入った!!ゲボゲボと咳き込むと、慌てて杜和君が隣に来て背中を撫でてくれた。
「大丈夫ですか?」
「げほっ…ごほっごほっ、う゛ぅ~ティッシュぅ。」
どうぞと箱ごと渡してくれた。思いっきり吹いてしまった。もういい歳の人間を食べてる時に驚かせないで欲しい。回復に時間がかかるんだから。
なんて言った?
さっき好きって言った!?
「愛希さんのこと、好きなんです。逃げないで下さい。」
「へ?え?えぇ?何で???」
杜和君は藤間部長が好きだったのではないの?
突然の告白に僕は目を見開いて動けなくなった。
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