転生黒狐は我が子の愛を拒否できません!

黄金 

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番外編

60 桜は毎年咲くから⑤


 桜の下でその人は泣いていた。
 静かに、声も出さずに、目の前の光景だけを見ていた。
 涙が落ちて、その人は呟いた。

伊織いお望和みわ…………。」

 その名前には聞き覚えがあった。
 子供の頃に死んだ兄とその友人の名前だ。
 二人一緒にトラックに撥ねられて死んでしまった。
 身体は直視出来ないくらいにボロボロで、棺桶は最初から蓋をしたまま葬式をしていたのを覚えている。

 兄は物静かな人、という印象しかない。
 何かを話したり遊んだりしたり記憶がなかった。
 他の兄弟とはあるのに、望和兄ちゃんだけ思い出が薄かった。
 一つしか年が違わないのに、望和兄ちゃんはいつも一人だった。
 何故か両親もそれを不思議に思わない。
 他の兄弟はそれなりに相手するのに、望和兄ちゃんだけ放ったらかしだった。
 たまにご飯を呼びに行くのも杜和の役目になっていた。
 めんどくさいな思いながらも二階の小さな部屋に呼びに行っていた記憶はある。
 物置き部屋を個室にした小さな部屋に、畳まれた布団をクッション代わりにして寄りかかっていたり、既に布団を敷いて寝転がっていたり、という姿ばかり思い浮かべる。
 中学校では望和兄ちゃんより幼馴染の伊織の方が有名で、兄はその付属品のようにいつも側にいた。
 全然タイプが違うようなのに、何故か仲のいい兄達は不思議だった。
 その輪の中に愛希もいたのだ。
 可愛い顔の小さな先輩、という印象。
 女の子みたいに華奢で、細身の望和兄ちゃんよりも小さかった気がする。
 用があってたまに学校で望和兄ちゃんに話し掛けると愛希もいて、近くに立った時女の子みたいだなと思ってドキッとした。


 桜の下にいるのは、その愛希なのだと気付いた。
 歳をとって大人になっているけど、可愛いという印象をそのまま残していた。
 小柄で華奢で、でも女性ではない骨格。
 愛希がゆっくりと瞬きをすると、まつ毛を濡らしてまた涙が溢れた。
 儚い。
 今にも消えそうな悲しさが胸を衝いた。
 愛希が立ち去るまで、杜和はずっとその姿を見ていた。



 目が覚めたんだなと思った。
 兄ちゃん達が死んだ時、あの人は巻き込まれて怪我を負って、治ったけど意識がない状態だったと噂で聞いた。
 直接は見た事はない。知り合いでもなかったのでお見舞いにも行った事はない。
 同じ学年の人達は行ったらしく、その人達によると起きていても反応がない人形みたいになっていたと言っていた。

 でもあの人は泣いていた。
 人形は泣かない。
 起きたんだ。
 最近実家には近寄ってなかった。大学の時、親にゲイだとカミングアウトしたら帰ってくるなと言われたからだ。
 だから家に残った兄に連絡した。
 愛希の家とは割と近いので、何か知ってるかと思ったからだ。
 愛希は一年くらい前に目が覚めたのだという。
 そこから学校に通っていると噂が流れたと言っていた。
 お墓参りとか来るかな?と聞いたら、来たら教えてやると言われた。これは親切心ではなく、お墓を作り直したのが俺だからだろう。面倒だからお前が相手しろって事だと思った。
 
 

 それはなんとなく取った行動だった。
 会えたらいいな、という程度の先回り。
 実際に会うと、あの頃のちょっと我儘な幼い少年は、穏やかな青年になっていた。



 生きていく事に必死で、でも目の前の人に対しても真摯しんしで。
 俺が男と不倫しているのだと知っても、嫌な顔をしなかった人だった。
 つい甘えて愚痴を吐いてしまった。
 愛希さんは起きたら十六年突然経っていて、今に慣れるのに必死だっただろうに、笑って聞いて受け流してくれるから、愛希さんが本当はどう思っているのかなんて考えなかった。
 いつからか距離を感じて、気付いたら目の前にいなかった。
 俺の愚痴に愛希さんが何を言っていたのか、覚えていない。
 最後に何を話した?
 分からない。覚えていなかった。
 徐々に離れていったんだと思う。
 クリスマスくらいまでは藤間部長の事ばかり考えていた筈なのに、新年が過ぎて、藤間部長と会えない日が続く様になっても、気にならないくらい愛希さんの事が気になるようになっていた。
 

 桜の前で、また愛希さんを見つけた。
 久しぶりだった。
 やっぱり愛希さんは咲いている桜を見ては涙を浮かべていた。
 あの日、泣いている愛希さんを見て僕はこの人の悲しみを見たのに、アルバイトを紹介しただけで何も考えてあげていなかった事に、漸く気が付いた。

 また誰かの名前を呟いていた。
 でもそれは以前聞いた兄ちゃん達の名前ではなかった。

 話を聞きたかった。
 何故桜を見て泣くのか、その人達は誰なのか。
 僕は愚痴を吐く事はあっても、愛希さんの話を碌に聞いていないのだと、この人の事を何も知らないのだと思った。
 最近目が覚めて、通信の学校に行って、俺が紹介したコーヒーショップでアルバイトをする。
 その簡単な生活には何も悩みなんて無さそうに感じていた。勝手にそう思い込んでいた。
 悩みのない人間なんていない。
 そこに優劣はないのに、愛希さんの悩みなんて瑣末な事と決めつけて尋ねた事さえない。
 紹介したコーヒーショップで、上手くやれているかどうかすら聞いた事がないと気付いて愕然とした。

 一人暮らしをするんだと言って、残ったビールとつまみを渡してきた。
 笑って俺に何も言わせないように慌ただしく去っていった。
 
 避けられているんだ。
 本気で、嫌がられている。
 
 どうしよう……。それがまず出てきた。
 もう一度やり直したい。
 どうすればいい?
 何がいけなかった?
 愛希さんが避けるようになった理由は?
 俺が男と付き合ってるから?それが不倫だから?その話を毎回も聞かせていたから?
 全部だろうか?
 疑問符だらけだった。

 
 この頃には不倫相手の藤間部長に三人目の子供が産まれたが、奥さんは上の子を連れて実家に里帰りをしていた。
 藤間部長は産まれるまでは音信不通だったのに、また連絡をしてくるようになった。
 奥さんがいなくなった途端に浮気をする男に、だんだん興味が失せていった。
 前は携帯の振動音と表示される名前に一喜一憂していたけど、もう今は何と言って断ろうかとばかり考えてわずらわしかった。
 
 
 直接話したくてショップに行くけど、周りのアルバイトの子達が表に出てきてしまい話す機会がなかった。
 遠目から見て観察していると、アルバイトの子達とは仲良く笑って何か話していた。
 最初の頃は自分に対してもそうだった気がする。
 でも、いつからか、違った。
 ありきたりな返答は俺に取っては聞き流していいくらいどうでもいい言葉だった。
 それを分かってて、言っていたのかもしれない。
 俺が別れたいと言いながらも、別れるつもりがないのも気付いていたのかもしれない。そのくせ毎回毎回暗い愚痴ばかり聞かせてしまった。
 俺はスッキリしてたけど愛希さんはどうだった?
 全然愛希さんの表情を思い出せない。
 なんで俺は愛希さんを見てなかったんだろう!?

 

 通知履歴が増えていく。
 藤間部長だ。奥さんと子供がいるくせに、俺の事も手元に置きたいらしい。
 もう半年以上恋人らしい事をしていない。
 二人きりで会うことすらしていないのに執念い。

ーー俺はもう部長とは会いません。既に関係は無くなったと思い連絡をしませんでしたが、もしまだ恋人同士なのだと言われるなら、別れましょう。ーー

 ポチッと送っておいた。
 今はどうやって愛希さんに近付くか考えているのに、邪魔しないで欲しい。



「杜和、どうしたんだ?暫く構ってやらなかったから拗ねてるのか?」

 残業時間の人気の減ったオフィスで、部署が違うのにも関わらず藤間部長がやってきた。
 腰に手を添えてくるので、スッと遠ざかる。

「まだ人がいますので。」

 普段は神経質なくらい誰もいない事を確認する藤間が、まだ部署内に残業している同僚がいるにも関わらず近寄ってきた。
 障害物で腰の部分は見えなかっただろうが、普段全く交流の無さそうな二人が話しているのを、残っている同僚達は気になる様にチラチラと見ている。
 
「この後少し話そう。」

「申し訳ありませんが、今日は終電間近まで残業する予定ですので。」

 嘘だが早く出てって欲しいので適当に言った。
 こんな執念い人だっただろうか?
 いくら他部署とはいえ部長を追い払う杜和の姿に、同僚達は驚いていた。





 夏が過ぎ秋に近づく頃、久しぶりの定時帰りにコーヒーショップへ寄った。
 珍しく愛希さんがいない。
 どうしたのだろうかと入ってみると、これまた珍しくカウンターにマスターの真由さんがいた。

「いらっしゃいませ~って、あらぁ、杜和さん!」

「お久しぶりです。珍しいですね。誰もいないんですか?」

「いいえぇ~、愛希さんと進藤君がいるんだけど急な注文で走ってもらってるの。」

 たまたまだったのか。
 今なら少し真由さんから話が聞けるかもしれない。

「あの、愛希さんは元気ですか?」

 俺の質問に真由さんは可笑しそうに笑った。

「何したのか知りませんけど、仲直りするなら早い方がいいわよ。お店の子達は皆んな愛希さんの味方だし、会えないでしょう?」

「ええ、まぁ、会えませんね。」

 ホットコーヒーを注文した。メニューを見てトンと指でコレをと指差す。
 カウンターに全然出てこないと思ったら、あの若い子達が代わりにカウンターに立ってたのだと聞いて苦笑いした。
 そんなに嫌われている?

「……………あたし達には十六年も意識がなかったって、目が覚めたら三十二歳だったって言われても分からない。だから聞かないと理解出来ないわよ。ただでさえ愛希さんって自分の事何も言わないし。」

「何も言わないのは何ででしょう?」
 
「それも聞かないとじゃない?」

「………そうですね。」

 会えたら、捕まえよう。
 そして聞いてみないと。
 今度こそは愛希さんの話を。






 冬のイルミネーションが夜道を照らす頃に、漸く愛希さんを捕まえた。
 愛希さんの仕事終わりに自分の退社時間がなかなか合わず、真由さんをまた捕まえて話を聞くと、最近は閉店後の帳簿付けをしてもらうようになっていると言われた。
 なので愛希さんは他の人より少し遅くなったらしい。だから十八時過ぎに通りかかっても会えなかったのかと納得した。

 何とか頼んで一緒に食事をした。
 今日こそは必ずと思っていたので、お店も話し易そうな店を選んで予約しておいた。
 これで入れなくてあちこち連れ回すなんて恥ずかしい事はしたくない。

 何度か回数を重ねて、漸くまた俺のマンションで飲むまでに仲良くなれた。
 泊まりでのんびりできる様に実はベットも交換していた。
 空き部屋もあるけど、一緒に寝てもいいよね?
 それに以前のベットは藤間も使った事があるので処分したかった。丁度いいのでキングサイズを買った。この部屋いっぱいに入ったベットというのも面白かった。


 大分慣れた頃に酔っ払った愛希さんに宿泊を促した。
 愛希さんはアルコールに弱い。すぐ酔うので説得は簡単だった。翌日凄く申し訳なさそうに謝ってきたけど、元々そのつもりで動いているので気にしないで欲しい。

 こうやって愛希さんとの親密度を上げている間も、藤間部長が時折やって来てはよりを戻そうとしてくる。
 俺自身も性欲は溜まってるけど、藤間部長とやるつもりはない。
 部長の奥さんは専務の娘だ。
 以前は全く姿を見せなかったのに、最近会社にやって来たりする。父親か夫を呼び出しているらしいが、恐らく藤間部長の浮気を疑って調べてるんじゃないかなと思う。
 もう僕との関係が切れて一年くらい経つので大丈夫だとは思うけど、なるべく奥さんとは会いたくない。
 
 そろそろここも潮時かな?
 転職を考えているので、動いてもいいかもしれない。でも、その前に愛希さんとの関係をガッツリと繋いでおかないと。

 最近の愛希さんはガードが緩い。
 元々そうだったんだと思う。中学生の時に見ていた愛希さんは、可愛くて我儘でちょっと奔放だった。
 急に歳をとってしまった事で、固い殻に閉じ籠ってしまったけど、少しずつ開いて来たんじゃないだろうか。
 新発売の缶酎ハイを不味いと可愛く騒ぐので飲ませてと言うと缶ごと渡してくるし、飲んで返せばそのまま飲むし、脱衣所に連れて行けば俺が出る前にポイポイと脱いでしまう。
 思わず危ないからという理由で一緒に入ってしまったけど、全く警戒心がない。
 俺の恋愛対象が男性だって分かってるのかな?
 意識されてないのがややショックだけど、嫌がられないという事は可能性があるんだとポジティブに捉えた。
 お母さん扱いは拒否しておいた。それで定着されても困る。
















感想 120

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