35 / 89
第二章
戦闘開始
しおりを挟む
「七時か、早……」
翌朝、七時に進軍が再開された。八時間たっぷり寝たがまだ眠い。リルは男魔法士の恰好のまま、オトラ軍の後方を歩いていく。一瞬、最後尾にいた魔法士が振り返ったが、リルには気付くことなく前を向き直した。恐らく微量の魔力を感じ取って不思議に思ったのだろう。
「優秀そうな人いるじゃん」
変化している以外は極力魔力を抑えている。しかし、彼は気が付いた。ルッツも魔法士が足りないとは言っても、魔法士の能力が低いとは言っていなかった。
昔、サイが王宮魔法士をしていた際教育していた魔法士が残っているのかもしれない。
「師匠はなんで王宮魔法士を辞めたんだろう」
サイが言うには、十年以上前に王宮を去り、それからはあの山に一人で住んでいるらしい。もう過ぎ去った過去なのだから、わざわざ弟子を元の職場に送り込もうとしなくてもいいだろうに。
通常のサイクルと異なるため、緊迫した雰囲気の中でも欠伸が出てしまう。姿が見えていたらきっと間抜けに映るだろう。
「ルッツ様、そろそろキース軍が見えてくる頃です」
「うむ」
大将らしき男がルッツに話しかける。いよいよ決戦の時が来たのだ。リルも大量の魔力を感じ取っている。どうやら、相手方はすでに臨戦態勢らしい。
──とりあえずは様子見かな。
もともとリルは軍の手助けをする予定はなかった。いきなり入って邪魔になってはいけない。
「一番は見学で終わることだけど、さすがに難しそう」
それから間もなくして、キース軍からの魔法弾が発射された。オトラ軍が構えたが、単なる威嚇だったらしい。
「余裕があるということか」
魔力を制御して奇襲攻撃をかけることはせず、実に正々堂々だ。単純に舐められているともとれる。
「さて、どうくる」
キース軍から今度は実弾の音がした。オトラ軍の前に薄い結界を張る。魔力があちこちから発せられているので、誰かに勘付づかれた様子はなかった。
「来るぞ! 結界!」
王宮魔法士たちも一斉に結界を張る。軍は陣を形成し、キース軍の次の手を待った。リルが腕を組んで唸る。
「ううん……攻めないのか」
守りに徹底するところから察するに、アミルの言う非常時に慣れていないというのは本当のことらしい。攻撃は最大の防御という言葉がある通り、守りだけでは勝つことはできない。
そうしているうちに、キースの大群が押し寄せてきた。一気に辺りの空気がピンと張り詰める。
「オトラ軍、覚悟!」
敵の大将の合図とともに、キース軍が三つに分かれて攻め始めた。まさに戦場だ。初めての光景に、リルも足踏みしてしまう。しかし、ここで怯んでいてはオトラ国を救うことは叶わない。
「オトラは平和な国なのに、わざわざ攻め入るなんてどういう意図なんだろう」
リルはまだ悠長なことを考えていた。その答えを教えてくれる者はいないし、答えが出たとしても目の前の戦いが一瞬で解決することはない。
キースの軍勢が乗り込んできたことで、ついにオトラ軍も応酬した。互いの魔法士が兵士の防御力を上げているため、剣で切られてもたいした怪我はしていないが、それも数をこなせば倒れる者が出てくる。
「駄目だ、見てられない」
もう姿を現しても誰も気にしないだろう。それより、オトラ軍が心配だ。
リルは魔力を両手に集め、後ろに控えている軍勢に向かって撃った。結界を突き抜けたいくつかが兵士を襲う。
「魔法士! 結界を強めよ!」
「はッ」
誰かを傷つけるために魔法士をしているわけではないので、相手軍と言えども怪我をさせることに少なからず戸惑いが生まれる。しかし、ためらっては最悪な結果になってしまう。自分の心の中でで何を優先するのか見極めながら、深呼吸して再度魔力を溜める。
「そこか!」
「おっと」
目ざとくリルを見つけた兵士が攻撃を仕掛ける。すかさず宙に浮かび、軍から距離を取った。
「あれは……?」
オトラ軍からも困惑の声が上がる。目立ちすぎてしまった。リルは魔力を制御し、再度姿を消した。
「やばいやばい、目立ちすぎた」
目の前の敵に集中しているルッツは気付いていないようだが、オトラ軍の面々も数人リルの存在を認識してしまった。
一番後方に立ち、オトラ軍に死者が出ないよう軍の防御力をあげることに集中する。これならばあまり魔力を使わずに済む。
しかし、防御力が上がったのはいいが、予想以上にオトラ軍の戦力が弱い。やはり人数差がありすぎる。
「うう~ん……」
こんな非常時に、自分の生活を守るため目立たないことに固執している場合ではないかもしれない。リルは悩みに悩んで、オトラ軍の頭上で姿を現した。
「おい、先ほどの魔法士だ!」
ざわざわとオトラ軍が沸き立つ。
「どうせ私だってバレやしないんだ。こうなったら思い切りやってやる」
翌朝、七時に進軍が再開された。八時間たっぷり寝たがまだ眠い。リルは男魔法士の恰好のまま、オトラ軍の後方を歩いていく。一瞬、最後尾にいた魔法士が振り返ったが、リルには気付くことなく前を向き直した。恐らく微量の魔力を感じ取って不思議に思ったのだろう。
「優秀そうな人いるじゃん」
変化している以外は極力魔力を抑えている。しかし、彼は気が付いた。ルッツも魔法士が足りないとは言っても、魔法士の能力が低いとは言っていなかった。
昔、サイが王宮魔法士をしていた際教育していた魔法士が残っているのかもしれない。
「師匠はなんで王宮魔法士を辞めたんだろう」
サイが言うには、十年以上前に王宮を去り、それからはあの山に一人で住んでいるらしい。もう過ぎ去った過去なのだから、わざわざ弟子を元の職場に送り込もうとしなくてもいいだろうに。
通常のサイクルと異なるため、緊迫した雰囲気の中でも欠伸が出てしまう。姿が見えていたらきっと間抜けに映るだろう。
「ルッツ様、そろそろキース軍が見えてくる頃です」
「うむ」
大将らしき男がルッツに話しかける。いよいよ決戦の時が来たのだ。リルも大量の魔力を感じ取っている。どうやら、相手方はすでに臨戦態勢らしい。
──とりあえずは様子見かな。
もともとリルは軍の手助けをする予定はなかった。いきなり入って邪魔になってはいけない。
「一番は見学で終わることだけど、さすがに難しそう」
それから間もなくして、キース軍からの魔法弾が発射された。オトラ軍が構えたが、単なる威嚇だったらしい。
「余裕があるということか」
魔力を制御して奇襲攻撃をかけることはせず、実に正々堂々だ。単純に舐められているともとれる。
「さて、どうくる」
キース軍から今度は実弾の音がした。オトラ軍の前に薄い結界を張る。魔力があちこちから発せられているので、誰かに勘付づかれた様子はなかった。
「来るぞ! 結界!」
王宮魔法士たちも一斉に結界を張る。軍は陣を形成し、キース軍の次の手を待った。リルが腕を組んで唸る。
「ううん……攻めないのか」
守りに徹底するところから察するに、アミルの言う非常時に慣れていないというのは本当のことらしい。攻撃は最大の防御という言葉がある通り、守りだけでは勝つことはできない。
そうしているうちに、キースの大群が押し寄せてきた。一気に辺りの空気がピンと張り詰める。
「オトラ軍、覚悟!」
敵の大将の合図とともに、キース軍が三つに分かれて攻め始めた。まさに戦場だ。初めての光景に、リルも足踏みしてしまう。しかし、ここで怯んでいてはオトラ国を救うことは叶わない。
「オトラは平和な国なのに、わざわざ攻め入るなんてどういう意図なんだろう」
リルはまだ悠長なことを考えていた。その答えを教えてくれる者はいないし、答えが出たとしても目の前の戦いが一瞬で解決することはない。
キースの軍勢が乗り込んできたことで、ついにオトラ軍も応酬した。互いの魔法士が兵士の防御力を上げているため、剣で切られてもたいした怪我はしていないが、それも数をこなせば倒れる者が出てくる。
「駄目だ、見てられない」
もう姿を現しても誰も気にしないだろう。それより、オトラ軍が心配だ。
リルは魔力を両手に集め、後ろに控えている軍勢に向かって撃った。結界を突き抜けたいくつかが兵士を襲う。
「魔法士! 結界を強めよ!」
「はッ」
誰かを傷つけるために魔法士をしているわけではないので、相手軍と言えども怪我をさせることに少なからず戸惑いが生まれる。しかし、ためらっては最悪な結果になってしまう。自分の心の中でで何を優先するのか見極めながら、深呼吸して再度魔力を溜める。
「そこか!」
「おっと」
目ざとくリルを見つけた兵士が攻撃を仕掛ける。すかさず宙に浮かび、軍から距離を取った。
「あれは……?」
オトラ軍からも困惑の声が上がる。目立ちすぎてしまった。リルは魔力を制御し、再度姿を消した。
「やばいやばい、目立ちすぎた」
目の前の敵に集中しているルッツは気付いていないようだが、オトラ軍の面々も数人リルの存在を認識してしまった。
一番後方に立ち、オトラ軍に死者が出ないよう軍の防御力をあげることに集中する。これならばあまり魔力を使わずに済む。
しかし、防御力が上がったのはいいが、予想以上にオトラ軍の戦力が弱い。やはり人数差がありすぎる。
「うう~ん……」
こんな非常時に、自分の生活を守るため目立たないことに固執している場合ではないかもしれない。リルは悩みに悩んで、オトラ軍の頭上で姿を現した。
「おい、先ほどの魔法士だ!」
ざわざわとオトラ軍が沸き立つ。
「どうせ私だってバレやしないんだ。こうなったら思い切りやってやる」
563
あなたにおすすめの小説
弁えすぎた令嬢
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
元公爵令嬢のコロネ・ワッサンモフは、今は市井の食堂の2階に住む平民暮らしをしている。彼女が父親を亡くしてからの爵位は、叔父(父親の弟)が管理してくれていた。
彼女には亡き父親の決めた婚約者がいたのだが、叔父の娘が彼を好きだと言う。
彼女は思った。
(今の公爵は叔父なのだから、その娘がこの家を継ぐ方が良いのではないか)と。
今後は彼らの世話にならず、一人で生きていくことにしよう。そんな気持ちで家を出たコロネだった。
小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています。
元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜
日々埋没。
ファンタジー
「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」
かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。
その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。
レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。
地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。
「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」
新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。
一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。
やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。
レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
いらない子のようなので、出ていきます。さようなら♪
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
魔力がないと決めつけられ、乳母アズメロウと共に彼女の嫁ぎ先に捨てられたラミュレン。だが乳母の夫は、想像以上の嫌な奴だった。
乳母の息子であるリュミアンもまた、実母のことを知らず、父とその愛人のいる冷たい家庭で生きていた。
そんなに邪魔なら、お望み通りに消えましょう。
(小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています)
【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~
いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。
地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。
「――もう、草とだけ暮らせればいい」
絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。
やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる――
「あなたの薬に、国を救ってほしい」
導かれるように再び王都へと向かうレイナ。
医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。
薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える――
これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
1人生活なので自由な生き方を謳歌する
さっちさん
ファンタジー
大商会の娘。
出来損ないと家族から追い出された。
唯一の救いは祖父母が家族に内緒で譲ってくれた小さな町のお店だけ。
これからはひとりで生きていかなくては。
そんな少女も実は、、、
1人の方が気楽に出来るしラッキー
これ幸いと実家と絶縁。1人生活を満喫する。
転生したみたいなので異世界生活を楽しみます
さっちさん
ファンタジー
又々、題名変更しました。
内容がどんどんかけ離れていくので…
沢山のコメントありがとうございます。対応出来なくてすいません。
誤字脱字申し訳ございません。気がついたら直していきます。
感傷的表現は無しでお願いしたいと思います😢
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
ありきたりな転生ものの予定です。
主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。
一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。
まっ、なんとかなるっしょ。
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、
冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまう
リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、
悪役令嬢として断罪された少女が、
「誰かの物語の脇役」ではなく、
自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、
彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる