幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫

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第30話 見回り

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 子どもたちの健康診断を行ったり、孤児院の先生たちに子どもたちの様子を伺ったりするなど、一通りするべきことを終えた後。

「セレフィア様。もしよろしければ、お昼ご飯をご一緒にどうですか?」
「いいですね。ちょうどお腹が空いてきたので、子どもたちと食べましょう。お手伝いしますよ」

 ルーミさんの提案で、わたしは昼食作りの手伝いをすることになった。厨房に立つのは久しぶりだ。

(そういえば……シルヴァード様に、手料理をふるまうと約束をしていましたね。あれは、いつにしましょうか……)

 エプロンを付けながら考える。シルヴァード様とあのような約束をしたものの、本格的な料理は作れないので簡単なお菓子を作ろうかと思いつつ、実際に作れてはいない。

 準備を整えていると、廊下の方が何やら騒がしいことに気が付いた。わたしが気にしていると、孤児院の厨房を管理している料理長が声をかけてくれた。

「騎士様が見回りに来てくださったのだろうね。子どもらは騎士様が大好きだから。大きくなったら騎士様になりたいって言ってる子も多いんだよ」

 俺にも、騎士になりたいって言ってた時期があったなぁ、と料理長は呟いた。確かに、騎士という仕事は皆の憧れである。実際は十分な魔力の量と運動神経など沢山の技術が必要になってくるので、騎士になれる人は少ない。

 何をすればいいか聞き、外に置かれているという野菜を取りに行く。大きな大根を持ち上げようとすると、突然背後から抱きしめられた。突然のことすぎて、悲鳴が出る。

 子どもたちではない。わたしよりも大きい体の人だ。少なくとも、わたしに害を加えようとする人ではないことは分かる。逃れようと体を動かすが、ちっとも動かせない。この人は、とても強い力を持っているようだ。

「セレフィア……」
「ひゃあ!」

 今度は、突然耳元で囁かれた。吐息のような声で、全身に奇妙な感覚が走る。体から力が抜けて座り込みそうになったが、必死で足に力を込めた。

「し、シルヴァード様……ですか?」
「そうだよ。セレフィア、可愛い声。もっと聞きたいな」

 顔が熱くなる。とにかく恥ずかしい。シルヴァード様に耳を撫でられて、また変な声が出そうになるのを必死で抑えた。

「シルヴァード様。わたしはこれからお料理のお手伝いをしますので、離していただけますか?」
「ええ……」

 平静を装いながら離れてほしいと言うと、とても不満そうな声が返ってきた。しかし、わたしも引くわけにはいかない。誰かに見られてしまっては大変だ。

「お願いです、シルヴァード様」
「……じゃあ、また別の日に、セレフィアを抱きしめる」

(対価としてはいかがなものでしょうか……。わたしたちは、抱きしめ合う関係でもありませんし……)

 シルヴァード様との婚約の話を受けなかった場合は、とふと考えてしまい、もっと顔が熱くなってきた。彼にわたしの熱が伝わってしまうのかもしれないと思うほどに熱い。

 何度か彼にお願いしていると、ようやく離れてもらえた。大きく息をしながら彼と距離をとろうと動くが、何故か彼との距離は近づく。どうやらわたしが離れた二倍分彼が近づいているようだ。

「あ、あの! わたしは、そちらの野菜たちを運ばないといけないのです!」
「セレフィア、料理をするの?」
「はい。お手伝いになりますけれど……」

 手を掴まれてそれ以上動けなくなっていると、シルヴァード様は首を傾げた。彼は変わらずフードを被っているが、黒髪が覗いて見える。

「僕も食べる。セレフィアの作るごはんは僕だけが食べたい」
「シルヴァード様はお忙しいのではないのですか?」
「セレフィア以上に大事なことはないよ」

 彼は握っているわたしの手に指を絡めながらそう言った。フードの下で、彼はにこにこと笑っているのだろうか。

 ……彼の顔が見えなくてよかった。もし見えていたら、わたしは恥ずかしくて耐え切れなかったかもしれなかったから。
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