顔も知らない旦那様に間違えて手紙を送ったら、溺愛が返ってきました

ラム猫

文字の大きさ
3 / 4

第三話

しおりを挟む
 冬が終わり、春の訪れを告げる頃。待ち望んでいた報せが届いた。
 終戦。そして、アシュレイ・ハンベルク侯爵の帰還。

 屋敷は一気に活気づいた。セシリアも準備を整えていたが、彼女の心は不安と恐怖に支配されていた。

(終わる……終わっちゃいます。彼が帰ってきて、わたくしの顔を見て、手紙の相手が実につまらない者だと知られてしまったら……)

 アシュレイが手紙で示した愛は、きっと今まで放置されていた妻への償いの一環だったに違いない。もしくは、手紙の中の理想の妻を愛してくれたのか。

 セシリアは、アシュレイが屋敷に到着する直前、最後の覚悟を決めた。部屋を出ようとする前、鏡に映った自分の姿を見た。顔立ちは悪くない方だとは思うが、際だって良いわけでもない。大きく息を吐いて、玄関前に立つ。

 しばらく待っていると、扉が開いた。
 目に入ったのは、美しい男性だ。噂通りの威圧感はあり、どこか冷たさを纏っているが、とても美麗。黒い軍服に身を包んだ彼は、長身で、光を吸い込むような深い青色の瞳を持っていた。

(この方が……わたくしの、夫?)

 その、冷徹なまでの美しさに、セシリアは息をのんだ。同時に、こんなにも美しく冷たい威圧を放つ人に自分は様々なことを言ってしまったことを自覚し、膝から崩れ落ちそうになった。

 彼は、一歩、セシリアに向かって歩み寄る。彼の視線は、彼女の顔から離れない。
 セシリアは、震える唇を開いた。

「お、お帰りなさいませ、侯爵様……」

 動揺しながらも頭を下げると、アシュレイは彼女の目の前で立ち止まった。そしてその無機質だった顔に、優しい微笑みを浮かべる。

「ようやく会えた、セシリア。三年間、君を待たせてしまい、本当に申し訳ない。頼りない私を、許してくれないだろうか」

 その声は、低く、優しい。彼女は耐え切れず、涙を流しながら床にひざまついた。

「侯爵様! お許しください、わたくしは……! あなた様に、無礼なことを何度も述べてしまいました! わたくしは、侯爵夫人としてあるまじき行為を……侯爵様に対して不満を書き連ねてしまい……」

 彼女は涙を拭いながらも言葉を重ねる。彼の顔を、見ることはできなかった。

「わたくしは、あなた様に愛される資格はありません。どうぞ、わたくしに罰をお与えください……。離縁されても、構いません」

 セシリアは頭を垂れた。いくら妻とはいえ、侯爵に無礼な行為をしたことには変わりない。どんな罰も受け入れようと目を閉じると、彼が大きく息を吐く音が聞こえた。

「君は、まだ……いや、まあいい。セシリア、顔を上げるんだ」

 温かな声が頭上に降り注ぎ、彼女は目を丸くして顔を上げる。アシュレイは曖昧に笑みを浮かべながら手を差し伸べる。彼女が恐る恐るその手を掴むと、彼はぐいっと強く手を引いて、彼女を抱き寄せた。

「私は、君の手紙の心に惹かれた。あれらの手紙の差出人が私の妻であることに、私は強く感謝したものだ」
「ですが、わたくしは……」
「君にとって、私はまだ冷たい旦那のままか?」

 アシュレイは、優しくセシリアの頬を撫でた。彼の瞳は、宝石のように美しい。

「君があのような手紙を送ってくれなかったら、恐らく私はずっと冷たい男のままだっただろう。君が私を、ただの人間へと変えてくれた。私は、君の純粋さに惚れ込んだのだ。戦場で君の手紙を読むたび、君に会いたいと切に願った。私の言葉は、すべて本心なんだ」

 彼の言葉を聞いて、セシリアは再び涙を流した。彼の胸に額を押し当てる彼女を、彼は優しく抱きしめる。

「私が今最もしなくてはならないことは、君の心を取り戻すことだ。私は、君という美しい妻を、二度と孤独にさせない。君が私を心から愛してくれるまで、毎日愛の言葉を囁き続けよう」

 セシリアは、顔を真っ赤にする。冷徹だと言われていたあの侯爵が、愛の言葉を囁くと言っている。彼女が俯いていると、アシュレイは彼女の髪を優しく撫で始めた。

「悪いが離縁は、してやれない。君にそんな発想が出ないほど、今後君を大切にすると誓う。……よければ、私のことはアシュレイと、名で呼んでくれないだろうか?」
「……は、はい。アシュレイ様」
「ありがとう、セシリア。愛しているよ」

 甘い笑みを浮かべたアシュレイを見て、セシリアは林檎のように頬を赤く染めた。



 セシリアの三年間続いた孤独な生活は終わりを迎えた。アシュレイ侯爵は、軍人としての冷酷な噂とは裏腹に、セシリアに対してはどこまでも甘く、一途な人だった。
 彼は離れて過ごした三年の空白を埋めるように常に彼女を気遣う。

「今日も君は美しい。会えて嬉しいよ」

 そう言って毎日、セシリアはアシュレイを自室に迎え入れ、他愛のない言葉を交わす時間を設けた。時折屋敷を訪れる彼の部下が侯爵の甘すぎる行動に困惑しても、彼は一切意に介しない。

 夜。セシリアが寝台に座っていると、アシュレイは彼女の隣に座る。

「君と離れていた間の三年間の愛を育もう」

 彼はセシリアに会うたびに、三年間の空白を埋めるように、優しく情熱的なキスをした。

「どうだ、セシリア。君の夫の顔は、もう覚えてくれたかい?」

 彼が甘く囁くたび、セシリアは心が満たされる。手紙の中で愛したアシュレイと、目の前にいる彼が完全に一致していることを強く実感したのだ。
 彼女はアシュレイの胸に顔を埋め、心から幸福を噛みしめる。

「はい。アシュレイ様は、わたくしのかっこいい旦那様です」
「……嬉しいことを言ってくれるね。愛しているよ」

 アシュレイは笑みを浮かべ、セシリアに口づける。
 そして、ハンベルク侯爵と彼女の愛に応える侯爵夫人の甘い日常が広がるのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」 伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。 ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。 「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」 推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい! 特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした! ※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。 サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )

隣国の王族公爵と政略結婚したのですが、子持ちとは聞いてません!?

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます
恋愛
「わたくしの旦那様には、もしかして隠し子がいるのかしら?」 新婚の公爵夫人レイラは、夫イーステンの隠し子疑惑に気付いてしまった。 「我が家の敷地内で子供を見かけたのですが?」と問えば周囲も夫も「子供なんていない」と否定するが、目の前には夫そっくりの子供がいるのだ。 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n3645ib/ )

公爵夫人は愛されている事に気が付かない

山葵
恋愛
「あら?侯爵夫人ご覧になって…」 「あれはクライマス公爵…いつ見ても惚れ惚れしてしまいますわねぇ~♡」 「本当に女性が見ても羨ましいくらいの美形ですわねぇ~♡…それなのに…」 「本当にクライマス公爵が可哀想でならないわ…いくら王命だからと言ってもねぇ…」 社交パーティーに参加すれば、いつも聞こえてくる私への陰口…。 貴女達が言わなくても、私が1番、分かっている。 夫の隣に私は相応しくないのだと…。

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!) 辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。 結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。 正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。 さくっと読んでいただけるかと思います。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

居場所を失った令嬢と結婚することになった男の葛藤

しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢ロレーヌは悪女扱いされて婚約破棄された。 父親は怒り、修道院に入れようとする。 そんな彼女を助けてほしいと妻を亡くした28歳の子爵ドリューに声がかかった。 学園も退学させられた、まだ16歳の令嬢との結婚。 ロレーヌとの初夜を少し先に見送ったせいで彼女に触れたくなるドリューのお話です。

あっ、追放されちゃった…。

satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。 母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。 ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。 そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。 精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。

「華がない」と婚約破棄された私が、王家主催の舞踏会で人気です。

百谷シカ
恋愛
「君には『華』というものがない。そんな妻は必要ない」 いるんだかいないんだかわからない、存在感のない私。 ニネヴィー伯爵令嬢ローズマリー・ボイスは婚約を破棄された。 「無難な妻を選んだつもりが、こうも無能な娘を生むとは」 父も私を見放し、母は意気消沈。 唯一の望みは、年末に控えた王家主催の舞踏会。 第1王子フランシス殿下と第2王子ピーター殿下の花嫁選びが行われる。 高望みはしない。 でも多くの貴族が集う舞踏会にはチャンスがある……はず。 「これで結果を出せなければお前を修道院に入れて離婚する」 父は無慈悲で母は絶望。 そんな私の推薦人となったのは、ゼント伯爵ジョシュア・ロス卿だった。 「ローズマリー、君は可愛い。君は君であれば完璧なんだ」 メルー侯爵令息でもありピーター殿下の親友でもあるゼント伯爵。 彼は私に勇気をくれた。希望をくれた。 初めて私自身を見て、褒めてくれる人だった。 3ヶ月の準備期間を経て迎える王家主催の舞踏会。 華がないという理由で婚約破棄された私は、私のままだった。 でも最有力候補と噂されたレーテルカルノ伯爵令嬢と共に注目の的。 そして親友が推薦した花嫁候補にピーター殿下はとても好意的だった。 でも、私の心は…… =================== (他「エブリスタ」様に投稿)

処理中です...