顔も知らない旦那様に間違えて手紙を送ったら、溺愛が返ってきました

ラム猫

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第二話

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 二週間後。執事が丁寧にセシリアを訪れてきた。

「奥様。侯爵様からのお手紙が届いております」
「……侯爵様から、お手紙?」

 いつも通り単調な報告が行われる手紙ではないのだろうか。彼女は不思議に思いながら、執事から手紙を受け取る。封蝋は、紛れもなくハンベルク侯爵の印章。

(まさか、ソフィア宛の手紙を読んだ侯爵様からの叱責のお言葉……?)

 すでに、ソフィアからの返信の手紙で、彼女に送る予定であった手紙を間違って侯爵宛に送ってしまったことを知っている。つまりこの手紙は、アシュレイ侯爵があの愚痴だらけの手紙を読んだ返信ということだ。

 意を決して封を開ける。中には、お手本のように美しい筆跡で書かれた手紙が入っていた。ゆっくりと、文字を追う。


 拝啓、セシリア嬢へ。
 まず、君が友人へと送る予定だった手紙を読んでしまった私の無礼を許してほしい。
 私は、君の文章を読み終えた後、長い時間動くことができなかった。今では、君の正直な感情を知れたこと、そして君の本音が私の元へ届いたことに心から感謝している。

 君の言葉は痛烈だった。私は確かに、君にとって「冷たい旦那」であった。君が痛く不満に思うことは、すべて私の罪だ。私は、君という美しい花を、孤独の中に閉じ込めてしまったのだろう。

 しかし、君のその怒りや失望の裏にある、純粋で、生き生きとした君の心に、私は深く心を打たれたのだ。君の言葉を全て受け止める。私は、軍人として、国のため、多くの戦術と作戦を練ってきたが、君の夫としてどう振る舞うべきかという正しい手段は知らなかったようだ。

 どうか、君の気が向けば、もう一度私に手紙を書いてほしい。
 どんなに些細なことでも構わない。君の心からの言葉が、私が求めていたものだとはっきりと理解したのだ。

 近いうちに、私は必ず君のもとへ帰る。君が待つ、その場所へ。
 敬愛を込めて アシュレイ・ハンベルク。



 手紙を読み終えたセシリアは、床に座り込んだ。

(な、何……?)

 叱責されるどころか、罰を受けるどころか、受け入れられたなんて。
 アシュレイは、愚痴を妻からの初めての愛情表現のように受け止めているのだろうか。あるいは、長年放置した夫への当然の訴えとして受け入れ、償おうとしているようにも見える。冷酷な軍人という噂とはかけ離れた雰囲気が、この手紙から伝わってきた。
 セシリアは強く混乱した。

(侯爵様は、わたくしの手紙を求めている……? もしこのまま以前のような関係に戻ったら、わたくしはずっと、お飾りの妻のままだわ)

 彼女の胸に、ある感情が沸く。それは、三年間も会っていないアシュレイ侯爵へのかすかな憧れだ。

(彼は、わたくしが書いた汚い愚痴を、受け止めてくださった。なら、わたくしも、本当のわたくしを彼に見せ続けてみましょう)

 こうして、セシリアとアシュレイの”夫婦としての”文通が始まった。



 セシリアは、アシュレイからの返信を読むたびに胸が高鳴った。彼からの二通目の手紙には、こう書かれていた。


 君は最初に、私を冷たい旦那だと書いたね。君の言う通りだ。しかし、君が私のことを旦那だと思ってくれていることが伝わってきて嬉しかった。その通り、私は君の夫だ。君が望むものを、私が叶えてやろう。私の全ては、君のためにある。

 君が私に伝えてくれる、庭の薔薇の色や使用人との些細な会話、そして君の読む本の内容……その全てが、戦地で私を人間として繋ぎ止めている。
 これは、君の文才なのだろうか。君の言葉が私の心を奮い立たせる。もし私が帰還したら、まず君を抱きしめたい。


 三通目、四通目と手紙が重ねられるにつれ、手紙からにじみ出るアシュレイの愛が熱を帯びていった。彼はセシリアの書いた冗談にも心から付き合い、彼女の抱く不安には真摯に向き合ってくれる。


「君は、私が心から欲しいと思った女性だ。早く君に会いに行きたい」
「君の顔を知らないというのは、私の生涯の不覚だ。だが、手紙のやり取りを通し、私は君を愛した。君が今どのような姿をしていようと、私が愛するセシリアは君だ」


 セシリアは、手紙の中の夫に、深く深く恋をした。顔も知らない夫の優しさに、三年間の孤独が癒されていくような気がしたのだ。アシュレイからの手紙が届くと、彼女の日常はまるで色を取り戻したかのように輝く。彼女は、彼が既に「冷たい旦那」ではなくなりつつあることに気が付いていた。

(わたくしは、手紙の中の彼を愛している。でも、現実の彼は……わたくしを疎ましく思うかもしれない)

 それでもセシリアは、この甘い文通を終わらせることができなかった。もし文通が終わり、彼が帰ってきたら、この愛が終わってしまうのではないかという恐れもあったのだ。



 ◇ ◇



 アシュレイは、妻からの手紙を日々の楽しみとして待っていた。彼女は愚痴のような手紙を何度か送ってくれ、彼はそれに喜びを感じるのだ。

「君の正直な心を知れたこと、そして君の言葉が私の元へ届いたことに、心から感謝する」

 何度もこの文を手紙に書いた。彼にとって、嘘偽りのない言葉だ。彼の人生で、ここまで無防備に感情をぶつけてくる人間はいなかった。それも相まって、彼の心に面白いという感情が芽生えたのだ。

 セシリアからの二通目の手紙は、明らかに戸惑いが透けて見えた。しかし、彼女は彼の望み通りに日常の描写を綴ってくれた。手紙を重ねるごとに、彼女の文章は生き生きと熱を帯びていく。

 アシュレイはそれを面白く思うと同時に愛おしく思い、徐々に一途な夫へと変わっていった。冷たい男という印象を払拭するために、自身の心にはちゃんと血が通っていることを何度も告げた。
 手紙の終わりには、必ず愛の言葉を伝えた。少しは彼女も気恥ずかしく思ってくれているだろうか。

 彼はセシリアの手紙の言葉一つ一つから、彼女の性格、好み、それらすべてを読み取ろうとした。常に緊張感が張り詰めた戦場で、彼が唯一心を休められるのが、彼女の手紙を読むことになっている。

 君に会いたい。君を愛している。その言葉一つ一つに、自身の心からの気持ちを込める。最初は暇つぶしや面白さもあったが、今では本音でその言葉を書いている。
 自分の妻が、顔も知らない夫にこのような言葉をもらって戸惑いながらも、かすかに期待を抱いて返信を待っているのではないか。そういう姿を思い描いては、彼の愛がさらに募っていく。

「君に会いたい、セシリア」

 彼は小さく呟いて、口元に笑みを浮かべた。
 その様子を見た彼の部下は、手に持っていた書類を落としたり水を零したりと、皆が驚きの表情を浮かべていた。
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