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第三話
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冬が終わり、春の訪れを告げる頃。待ち望んでいた報せが届いた。
終戦。そして、アシュレイ・ハンベルク侯爵の帰還。
屋敷は一気に活気づいた。セシリアも準備を整えていたが、彼女の心は不安と恐怖に支配されていた。
(終わる……終わっちゃいます。彼が帰ってきて、わたくしの顔を見て、手紙の相手が実につまらない者だと知られてしまったら……)
アシュレイが手紙で示した愛は、きっと今まで放置されていた妻への償いの一環だったに違いない。もしくは、手紙の中の理想の妻を愛してくれたのか。
セシリアは、アシュレイが屋敷に到着する直前、最後の覚悟を決めた。部屋を出ようとする前、鏡に映った自分の姿を見た。顔立ちは悪くない方だとは思うが、際だって良いわけでもない。大きく息を吐いて、玄関前に立つ。
しばらく待っていると、扉が開いた。
目に入ったのは、美しい男性だ。噂通りの威圧感はあり、どこか冷たさを纏っているが、とても美麗。黒い軍服に身を包んだ彼は、長身で、光を吸い込むような深い青色の瞳を持っていた。
(この方が……わたくしの、夫?)
その、冷徹なまでの美しさに、セシリアは息をのんだ。同時に、こんなにも美しく冷たい威圧を放つ人に自分は様々なことを言ってしまったことを自覚し、膝から崩れ落ちそうになった。
彼は、一歩、セシリアに向かって歩み寄る。彼の視線は、彼女の顔から離れない。
セシリアは、震える唇を開いた。
「お、お帰りなさいませ、侯爵様……」
動揺しながらも頭を下げると、アシュレイは彼女の目の前で立ち止まった。そしてその無機質だった顔に、優しい微笑みを浮かべる。
「ようやく会えた、セシリア。三年間、君を待たせてしまい、本当に申し訳ない。頼りない私を、許してくれないだろうか」
その声は、低く、優しい。彼女は耐え切れず、涙を流しながら床にひざまついた。
「侯爵様! お許しください、わたくしは……! あなた様に、無礼なことを何度も述べてしまいました! わたくしは、侯爵夫人としてあるまじき行為を……侯爵様に対して不満を書き連ねてしまい……」
彼女は涙を拭いながらも言葉を重ねる。彼の顔を、見ることはできなかった。
「わたくしは、あなた様に愛される資格はありません。どうぞ、わたくしに罰をお与えください……。離縁されても、構いません」
セシリアは頭を垂れた。いくら妻とはいえ、侯爵に無礼な行為をしたことには変わりない。どんな罰も受け入れようと目を閉じると、彼が大きく息を吐く音が聞こえた。
「君は、まだ……いや、まあいい。セシリア、顔を上げるんだ」
温かな声が頭上に降り注ぎ、彼女は目を丸くして顔を上げる。アシュレイは曖昧に笑みを浮かべながら手を差し伸べる。彼女が恐る恐るその手を掴むと、彼はぐいっと強く手を引いて、彼女を抱き寄せた。
「私は、君の手紙の心に惹かれた。あれらの手紙の差出人が私の妻であることに、私は強く感謝したものだ」
「ですが、わたくしは……」
「君にとって、私はまだ冷たい旦那のままか?」
アシュレイは、優しくセシリアの頬を撫でた。彼の瞳は、宝石のように美しい。
「君があのような手紙を送ってくれなかったら、恐らく私はずっと冷たい男のままだっただろう。君が私を、ただの人間へと変えてくれた。私は、君の純粋さに惚れ込んだのだ。戦場で君の手紙を読むたび、君に会いたいと切に願った。私の言葉は、すべて本心なんだ」
彼の言葉を聞いて、セシリアは再び涙を流した。彼の胸に額を押し当てる彼女を、彼は優しく抱きしめる。
「私が今最もしなくてはならないことは、君の心を取り戻すことだ。私は、君という美しい妻を、二度と孤独にさせない。君が私を心から愛してくれるまで、毎日愛の言葉を囁き続けよう」
セシリアは、顔を真っ赤にする。冷徹だと言われていたあの侯爵が、愛の言葉を囁くと言っている。彼女が俯いていると、アシュレイは彼女の髪を優しく撫で始めた。
「悪いが離縁は、してやれない。君にそんな発想が出ないほど、今後君を大切にすると誓う。……よければ、私のことはアシュレイと、名で呼んでくれないだろうか?」
「……は、はい。アシュレイ様」
「ありがとう、セシリア。愛しているよ」
甘い笑みを浮かべたアシュレイを見て、セシリアは林檎のように頬を赤く染めた。
セシリアの三年間続いた孤独な生活は終わりを迎えた。アシュレイ侯爵は、軍人としての冷酷な噂とは裏腹に、セシリアに対してはどこまでも甘く、一途な人だった。
彼は離れて過ごした三年の空白を埋めるように常に彼女を気遣う。
「今日も君は美しい。会えて嬉しいよ」
そう言って毎日、セシリアはアシュレイを自室に迎え入れ、他愛のない言葉を交わす時間を設けた。時折屋敷を訪れる彼の部下が侯爵の甘すぎる行動に困惑しても、彼は一切意に介しない。
夜。セシリアが寝台に座っていると、アシュレイは彼女の隣に座る。
「君と離れていた間の三年間の愛を育もう」
彼はセシリアに会うたびに、三年間の空白を埋めるように、優しく情熱的なキスをした。
「どうだ、セシリア。君の夫の顔は、もう覚えてくれたかい?」
彼が甘く囁くたび、セシリアは心が満たされる。手紙の中で愛したアシュレイと、目の前にいる彼が完全に一致していることを強く実感したのだ。
彼女はアシュレイの胸に顔を埋め、心から幸福を噛みしめる。
「はい。アシュレイ様は、わたくしのかっこいい旦那様です」
「……嬉しいことを言ってくれるね。愛しているよ」
アシュレイは笑みを浮かべ、セシリアに口づける。
そして、ハンベルク侯爵と彼女の愛に応える侯爵夫人の甘い日常が広がるのだった。
終戦。そして、アシュレイ・ハンベルク侯爵の帰還。
屋敷は一気に活気づいた。セシリアも準備を整えていたが、彼女の心は不安と恐怖に支配されていた。
(終わる……終わっちゃいます。彼が帰ってきて、わたくしの顔を見て、手紙の相手が実につまらない者だと知られてしまったら……)
アシュレイが手紙で示した愛は、きっと今まで放置されていた妻への償いの一環だったに違いない。もしくは、手紙の中の理想の妻を愛してくれたのか。
セシリアは、アシュレイが屋敷に到着する直前、最後の覚悟を決めた。部屋を出ようとする前、鏡に映った自分の姿を見た。顔立ちは悪くない方だとは思うが、際だって良いわけでもない。大きく息を吐いて、玄関前に立つ。
しばらく待っていると、扉が開いた。
目に入ったのは、美しい男性だ。噂通りの威圧感はあり、どこか冷たさを纏っているが、とても美麗。黒い軍服に身を包んだ彼は、長身で、光を吸い込むような深い青色の瞳を持っていた。
(この方が……わたくしの、夫?)
その、冷徹なまでの美しさに、セシリアは息をのんだ。同時に、こんなにも美しく冷たい威圧を放つ人に自分は様々なことを言ってしまったことを自覚し、膝から崩れ落ちそうになった。
彼は、一歩、セシリアに向かって歩み寄る。彼の視線は、彼女の顔から離れない。
セシリアは、震える唇を開いた。
「お、お帰りなさいませ、侯爵様……」
動揺しながらも頭を下げると、アシュレイは彼女の目の前で立ち止まった。そしてその無機質だった顔に、優しい微笑みを浮かべる。
「ようやく会えた、セシリア。三年間、君を待たせてしまい、本当に申し訳ない。頼りない私を、許してくれないだろうか」
その声は、低く、優しい。彼女は耐え切れず、涙を流しながら床にひざまついた。
「侯爵様! お許しください、わたくしは……! あなた様に、無礼なことを何度も述べてしまいました! わたくしは、侯爵夫人としてあるまじき行為を……侯爵様に対して不満を書き連ねてしまい……」
彼女は涙を拭いながらも言葉を重ねる。彼の顔を、見ることはできなかった。
「わたくしは、あなた様に愛される資格はありません。どうぞ、わたくしに罰をお与えください……。離縁されても、構いません」
セシリアは頭を垂れた。いくら妻とはいえ、侯爵に無礼な行為をしたことには変わりない。どんな罰も受け入れようと目を閉じると、彼が大きく息を吐く音が聞こえた。
「君は、まだ……いや、まあいい。セシリア、顔を上げるんだ」
温かな声が頭上に降り注ぎ、彼女は目を丸くして顔を上げる。アシュレイは曖昧に笑みを浮かべながら手を差し伸べる。彼女が恐る恐るその手を掴むと、彼はぐいっと強く手を引いて、彼女を抱き寄せた。
「私は、君の手紙の心に惹かれた。あれらの手紙の差出人が私の妻であることに、私は強く感謝したものだ」
「ですが、わたくしは……」
「君にとって、私はまだ冷たい旦那のままか?」
アシュレイは、優しくセシリアの頬を撫でた。彼の瞳は、宝石のように美しい。
「君があのような手紙を送ってくれなかったら、恐らく私はずっと冷たい男のままだっただろう。君が私を、ただの人間へと変えてくれた。私は、君の純粋さに惚れ込んだのだ。戦場で君の手紙を読むたび、君に会いたいと切に願った。私の言葉は、すべて本心なんだ」
彼の言葉を聞いて、セシリアは再び涙を流した。彼の胸に額を押し当てる彼女を、彼は優しく抱きしめる。
「私が今最もしなくてはならないことは、君の心を取り戻すことだ。私は、君という美しい妻を、二度と孤独にさせない。君が私を心から愛してくれるまで、毎日愛の言葉を囁き続けよう」
セシリアは、顔を真っ赤にする。冷徹だと言われていたあの侯爵が、愛の言葉を囁くと言っている。彼女が俯いていると、アシュレイは彼女の髪を優しく撫で始めた。
「悪いが離縁は、してやれない。君にそんな発想が出ないほど、今後君を大切にすると誓う。……よければ、私のことはアシュレイと、名で呼んでくれないだろうか?」
「……は、はい。アシュレイ様」
「ありがとう、セシリア。愛しているよ」
甘い笑みを浮かべたアシュレイを見て、セシリアは林檎のように頬を赤く染めた。
セシリアの三年間続いた孤独な生活は終わりを迎えた。アシュレイ侯爵は、軍人としての冷酷な噂とは裏腹に、セシリアに対してはどこまでも甘く、一途な人だった。
彼は離れて過ごした三年の空白を埋めるように常に彼女を気遣う。
「今日も君は美しい。会えて嬉しいよ」
そう言って毎日、セシリアはアシュレイを自室に迎え入れ、他愛のない言葉を交わす時間を設けた。時折屋敷を訪れる彼の部下が侯爵の甘すぎる行動に困惑しても、彼は一切意に介しない。
夜。セシリアが寝台に座っていると、アシュレイは彼女の隣に座る。
「君と離れていた間の三年間の愛を育もう」
彼はセシリアに会うたびに、三年間の空白を埋めるように、優しく情熱的なキスをした。
「どうだ、セシリア。君の夫の顔は、もう覚えてくれたかい?」
彼が甘く囁くたび、セシリアは心が満たされる。手紙の中で愛したアシュレイと、目の前にいる彼が完全に一致していることを強く実感したのだ。
彼女はアシュレイの胸に顔を埋め、心から幸福を噛みしめる。
「はい。アシュレイ様は、わたくしのかっこいい旦那様です」
「……嬉しいことを言ってくれるね。愛しているよ」
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