私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰

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本心こそ 諸刃の剣 あなたに怪我をする覚悟はあるのか

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レグールは 議会場にある自分の執務室で、ロアンヌを自分の膝の上に座らせて話をしていた。

この前の件があったにも関わらず、ロアンヌは私に微笑みかける。いや、それ以上かもしれない。そして、私もロアンヌを前以上に愛し大切にしたい。そう言う思いが強くなった。

「そうだ。……良い知らせがある」
「何ですか? 」
私の言葉にロアンヌが小首を傾げて続きを待つ。
実はリストのことで ロアンヌと別れそうだと、両親の耳にも入っていた。
( やきもきさせてしまったな……)
だから、無事ロアンヌの心を取り戻せたことを自分以上に安堵したらしい。
「ハネムーンに行けそうなんだ」
「ハネムーンですか? 」
父がロアンヌの寛大さにいたく感動して言い出した事だ。

ロアンヌが目を輝かせる。その代わりに『ハネムーンベイビーを期待している』と言われたことは内緒だ。
ロアンヌの手をつかむと、甲にキスする。
「ああ、十日くらいなら父上が仕事を代わっても良いと言ってくれた」
「素敵! お式は春先ですから、どこへ行ってもお花が見ごろですね……」
ロアンヌがロマンチックだと手を叩いて喜んだ。しかし、何か悩みがあるのか、途中で思い詰めた表情で目を伏せた。
「どうしたんだ?」
すべて解決したと思っていたが、また新たに問題が発生したのだろうか?
「こういう話をしてると本当に結婚するんだなって実感して……。でも、そう思うと……」
「そう思うと、なんだい? 」
「レグール様。……本当に、私でいいんですか?」
「まだ、そんな事を言ってるのか」
「 ……… 」
もう十分、自分の気持ちが伝わったと思っていた。しかし、私を見つめるロアンヌの瞳には、切実な思いが溢れている。その瞳を見て、レグールは大事な事に気付いた。

私がロアンヌを好きだと言う気持ちを
曝け出していない。
ロアンヌのことを私が好きだと、何百人から聞かされても、本人の口から聞かなければ信じられないのは、当たり前だ。
プロポーズの時だって、断られるかもしれないという怖さから、子供が生まれたらなどと本心を隠していた。
(私は卑怯者だ)
もったいぶらずに、如何に君が特別で、どんなに望んだが告白しよう。
「そうだね。……私が自分の気持ちを伝えなかったから、ロアンヌには不安な思いをさせてしまったんだ。だから、きちんと話して置かないといけないね」
「 ……… 」
レグールは後ろからロアンヌを抱きしめると、その手に自分の指を絡める。 今から話すことは楽しいものじゃない。

叙任式を受けて十五歳で騎士になった。その途端、社交界のパーティーに呼ばれるようになった。
ご多分にもれず私も、華やかな世界の虜になった。
「見た事も無いほど綺麗な女の人たちが、私を取り囲で 楽しそうに話を笑って聞いて褒めてくれた」
「 ……… 」
「私の気を引こうと、ピアノを弾いたり、プレゼントを贈ったり、人形のように着飾ったりして躍起になっていた」
する事なす事、おだててくれた。自分が一番 かっこよくて、モテモテだと勝手に思い込んでいた。でも、次第に綻びが出始めた。そして気付く、誰も私の事など見ていないと……。

「だけど、彼女たちが本当に好きなのは、スペンサー伯爵の後継者と言う肩書をなんだ」
「そんなこと」
否定しようと振り返ったロアンヌに、首を振って止めると前を向かせる。
最後まで聞いて欲しい。
「私が如何に金を持っているか、どれだけ贅沢を許してくれるかばかり気にしていた」
戦争が無かったら、自分には価値が無いと思っていただろう。手柄を立ててやっと、その苦悩から解放された気がした。
「それで、自然と社交界から足が遠退いた。すると今度は、市井の女たちが寄って来て……逃げ場がなかった」
「 ……… 」
子供ができたと言われて、たった一晩で人生を棒に振った仲間を見てきた。たとえ、騙されたとしても、騎士ならば責任を取るしかない。
(今でもあの頃の事を思い出すと女を信じられなくなる……)
だから付き合う相手も後腐れのない女を選んだ。それも、ほんの数人。
寂しさを埋めるために、一時の快楽に身を任せても、残るのは虚しさだけ……。
ロアンヌが ぎゅっと、握っている手を
握り返して来る。慰めを無駄に言ったりしない。その優しさが沁みる。
(この出会いは神様からの贈り物) 

ロアンヌの腰を掴んで、こちらを向かせる。
「……私に夢が二つあった。一つは猟師になって暮らす事」
「?」
ロアンヌが驚いて身を離すと、冗談かどうか確かめる様に見つめて来る。男子なら、野外で体を動かすのは楽しいものだ。そうだと頷く。
すると、ぽかんと目をまん丸にする。そんなふうに見られると、こちらも驚く。
「そう、驚かなくても……」
「ごっ、ごめんなさい。今のイメージと違っていたので」
「違わないよ。今も愛馬の嵐に乗って敷地を走らせているからね」
「そうですね」
楽しそうだとロアンヌが頷く。そのことを普通だと思っている。
自分が楽しいと思う事を理解してもらえないのは寂しい。
(価値観が同じなんだ)


「もう一つは、新雪の上に足跡を残したり、山頂で朝日を見たり、もみじの絨毯は歩いたり。そんな事を愛する人と二人だけでしたいと思っていた。ありきたりで、ささやかな夢だと思うだろう?」
「 いいえ、素敵な夢です」
私のデートプランにロアンヌが口角を上げる。そんな表情を見せる令嬢は一人きり。
引き寄せてこめかみに口づけすると、ロアンヌがもたれ掛かる。


どこかに、私の心を埋めてくれる人がいる。そんなおとぎ話にしがみついて孤独な夜を耐えた。
一人で良い。ただの男の私を愛してくれ人が欲しかった。
しかし、街の令嬢たちは馬に乗った事も、ベリー狩りさえした事も無い。
外出と言っても馬車で移動して、くるくる日傘を回しながら庭園を歩く程度だ。
「でも、知り合いの令嬢たちは 森には虫がいるし、歩きにくいし、汚れるからと嫌がった」
「まぁ、分からなくはないですが……」
彼女たちは口では行きたいと言うくせに、本当に行くことになると急に都合が悪くなる。ただのリップサービスだと分かってからは、断るためにわざと森へデートに誘ったものだ。
ロアンヌの髪を一房掴み口づけする。
( 私のレディ)
いつのまにか 誰でも良いに変わってしまった。
「そんな事に付き合ってくる令嬢は居ないと、諦めかけた時 ロアンヌを見つけた」
「私ですか? 」
自分を指さすロアンヌに向かって、微笑む。

ロアンヌを初めて見たのは家督を継ぐために家の仕事をし始めた頃だ。
覚えることも、やらなくてはいけないことも多く、その責任が自分の両肩に重くのしかかる。息抜きしようと裏山を 嵐 で駆け回っていた。

そんなある日、木々の間にピンク色の物を見つけた。茶色と緑だらけの山に似つかわしくない色だと、興味本位で
近づくと、少女がうずくまっていた。
怪我でもしたのかと、声をかけようとしたが、少女が靴を脱ぎ捨てて唖然とする私の前で スルスルと木に登っていく。その先を見ると山鳥の巣が見えた。 どうやら落ちていたヒナを巣に戻してあげたらしい。
心温まる行為に微笑んでいると、木から降りた少女がドレスの埃を払いながら、誰にも見られていないか気にして              辺りを見回している。
そのお転婆娘の可愛らしい仕草に吹き出しそうになる。

少女の姿が小さくなるのを見送りながら、声を出して笑っている自分に気づいた。そして、心がスーッと落ち着いていくのを感じていた。
それから、ささやかな楽しみにと、山番のジムに賄賂を渡して 少女が入山したら知らせてくれるよう頼んだ。
それ以来、知らせが来るたび山へと向かい。その一挙手一投足を見守ってきた。

「ロアンヌが落ちた山鳥の雛を巣に戻すために木登りする姿を見た」
「そっ、そう、それは小さい頃の話です。今はしません」
 ロアンヌが忘れてくださいと両手を振り回す。レグールは、 そんなロアンヌの両手を掴むとぐいっと顔を近づける。
「そのままで良い」
「グール様……」
ロアンヌが困ったように私を見つめる。淑女もいいけど、お転婆娘も好きだ。ロアンヌの両手を自分の頬に押し付ける。
「だから、森の中で楽しそうにしている君の姿に心奪われた。ああ、この子は私と同じだと 嬉しかった。私の夢を一緒に叶えてくれる娘だと」
「 ……… 」
「傍にいると心が浮き立つんだ。ありきたりの言葉だけど、君の笑顔が私を元気にしくれる。私にとって小さな太陽なんだ」
チュッと額にキスする。ロアンヌが恥ずかしそうに頬を染める。
そのまま唇を滑らせて、顎を通り越して首筋に。そして、 唇とは違う柔らかさを味わうよう鎖骨をおりる。



恋愛小説のヒロインは儚く、華奢で健気。でも、私は強くて、丈夫で元気。本当ならヒロイン失格かも知れない。でも、今のままでいいと、ありのままの私を好きだと言ってくれた。
私は他のヒロインと 違うからレグール様の願いを全部 叶えることができる。
私にはその資格がある。そんなことを考えながら、自分の胸に顔を埋めるレグールの頭を抱える。


*****

剣術の稽古を終えて自室に戻ってきた彼が、タオルを投げて椅子にどさりと
座る。頬にソバカスの散った金髪碧眼の青年。部屋には、物が少なく。小さな応接セットと飾り棚があるだけのシンプルな部屋だ。金がないわけではない。物が多いな嫌いなだけだ。
彼が机に置いてある手紙の束を掴むと宛名を確かめる。お目当ての人物から今日も届かなかったと、小さく嘆息する。

「はぁ~」
予想できたことは言え、今日こそはと期待してしまう。
何十通と手紙を出しているのに、一度も返事が来ない。
(何故なんだ? )
お茶会の招待状を出してもダメだった。きっと、あのオヤジが 握りつぶしているんだ。

ロアンヌ様は 本当にこのまま結婚しても後悔しないんだろうか?
従者もつけずに、街をとぼとぼと歩いてる姿が蘇る。
( 男装したって、私はすぐに気付きました)
 一言、言ってくれだされば助けるのに……。

いや 、やはり男である私から手を差し伸べなくては!



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