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実らぬ初恋は 未練の味がする

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ディーンは 失恋したクリスを慰めようと部屋に行った。
しかし、予想に反してクリスは 腕組みして外を見ている。
(絶対泣いてると思ったのに……)
いったい何を考えてるんだ。反省してるならいいけど。

「ロアンヌは騙されている」
「はい?」
訳の分からないことを口にするクリスを見て 空恐ろしくなる。
(誰に 騙されるって?)
レグール様の事をまだ言ってるのか? 
誰が見たって二人はラブラブだ。
もうクリスの入る隙が無いことは明らかなのに、まだ諦めてないのか?
 百歩譲って、たとえ騙されているとしても、ロアンヌが それでいいんだから、他人がとやかく言う事じゃない。
「クリス、あのな」
「よく考えてみて!」
クルリと振り返ると俺の前を行ったり来たりして、自分の見解を述べだす。
「だって、『もう浮気はしません』は、ただの口約束だよ」
(その後ろで組んだ手は何だ)
まるで弁護士 気取りの態度に腹が立つ。
「子供じゃないんだから、そんな言葉を鵜呑みにするなんて どうかしてる。男の 言う言は全部 嘘なんだから」
やれやれと両手を広げて首を振る。
(浮気はしてないし、お前も男だろう)
これは駄目だ。こめかみを押さえる。
ここまで来るとただの馬鹿者だ。呆れて物が言えない。
「どうしても許すなら誓約書を一筆書かせるとか、罰金を取るとかしなくちゃ。ロアンヌは甘すぎる」
(コイツ……)
甘過ぎるのはロアンヌのクリスに対する扱いだ。
どうやらクリスの口ぶりからして、もうロアンヌに会って、リストの事について話しあったらしい。
しかし、自分で酷い事をしておいて、良く合わせる顔があったものだ。
厚顔無恥とはクリスのことを表す言葉だ。しかも、反省するどころか説教とは、開いた口が塞がらない。

「ロアンヌ様に会ったのか? よく無事だったな」
「無事じゃないよ。僕と会ったとき笑顔じゃなくて凄く怖い顔してたんだ。『僕のこと怒ってる?』って聞いたら『怒ってない』って言ったけど絶対嘘だよ」
クリスが半べそを掻きながら、ロアンヌとの会話を再現した。俺から見たら、それは十分、無事の内に入る。
俺もそうだけど、皆クリスに甘すぎるんだ。
二人には このまま結婚式を無事迎えて欲しい。それはこの屋敷に居る全員の総意だ。
もうクリスの我儘に振り回されるのはうんざり。クリスを大人にするためにも厳しくすべきなんだ。
今からでも遅くない。しっかりと釘を刺しておかないと、またつまらぬことを考えだしそうだ。

「いいか、クリス。これに懲りて」
「ディーン。僕決めたよ」
俺の言葉を遮ってクリスが喋りだす。人の話は最後まで聞けと内心腹を立てる。それでも、ぎゅっと拳を作って 感情を抑える。
「何を?」
「シンプルな作戦にするよ」
「シンプルな……作戦?」
(作戦って、何かする気なのか?)
ディーンは聞き間違いじゃないかとクリスを見ると、決意に満ちた表情で俺を見返した。
まさか、そこまで馬鹿じゃ……ないよな……。もう 二人には波風も立ちそうにないのに、どうやってかき回す気だ?
「告白する。好きだって言う」
さも決意しましたという顔をしてるが、ディーンは冷めた目を向ける。
「それ前に失敗してるだろう。お前って、小さい時からロアンヌ様に、いつも “好き”  “好き”  言ってるじぁないか。だから、通じないんだよ」
クリスの「好き」は、千回言っても万回言ってもロアンヌには届かぬ言葉だ。

そんなことをしても意味がないと言うと、クリスが口を尖らせる。
「そんな事言うけど、他に方法は無いよ。今までの作戦は全部失敗してるし……」
「 ……… 」
クリスは何処を切ってもクリスだ。
伯爵を含めて町中の者が、クリスがロアンヌを好きだと言うことは周知の事実。そしてロアンヌがレグールと結婚するのも周知の事実。
 クリスが失恋する事は確定している。
だから少しでも傷が浅くなるように、言葉を選んで諦めるように誘導していたが……。

このままでは本人の為にならない。
ロアンヌの口から 決定的な言葉が出ない限り、クリスも踏ん切りがつかないだろう。こうなったら確実に告白させて、確実に失恋させる。
そう決めたとグッと手を握る。
だったら、もっと積極的にド直球で勝負させよう。
クリスの本気が伝われば、ロアンヌも今みたいな中途半端な関係を解消するだろう。
どんな方法がいいかな……。「好き」以外の言葉で気持ちを伝える。

しばし、黙考する。
(……プロポーズ?)
クリスだって一度は考えた事があるはずだし、行き着く先は結婚だろう。
「だったら、プロポーズしろよ」
「プッ、プッ、プロポーズ!」
そう言ってみたが、肝心のクリスが酷く動揺した。
別に驚くほどのことじゃないと思うけど……。クリスが両手で赤くなった自分の頬を押さえながら、困ったと体を左右に揺らしている。
(乙女か!)
その姿に顔をしかめる。
夢見てるだけだ。
本気でロアンヌと結婚する気があるのか疑わしい。
「お前だって、いずれは結婚したいんだろう」
「でっ、でも、……心の準備が……」
クリスが自分の心臓に両手を重ねて置くと深呼吸する。

俺にしてみればプロポーズも告白も変わらないと思うけど……。
「何で好きって言えるのに、プロポーズは言えなんだ?」
「だって僕は男爵の子供なんだよ。しかも、三男だし……地位もお金も無いのに嫁に来て何て言えないよ」
そう聞くと空気の抜けた風船みたいにシュンとして背中が丸まる。
(そう言う自覚はあるんだ)
クリスの言い分はもっともだ。
ならどうして、貴族社会の上下関係が厳しいのを知ってるくせにレグール様に対抗意識を燃やしてるんだ?
「だったら、諦めろよ。レグール様の方が格は上だ」
「それは大丈夫。愛さえあれば身分の差なんて乗り越えられる」
急に背筋がピンとなったクリスが
俺に向かってビシッと親指を出してウインクしてくる。
「 ……… 」
それを無言で見つめ返す。
どこまで女々しいんだ。

ロアンヌに、その気が無いんだから一生結婚出来ない。
そう言う 考えなら クリスに打つ手は無い。だったら、トドメを差すまでだ。
「クリス。忘れてるみたいだけど、この前の甲冑の件で 伯爵様も男爵様からも、散々叱責されただろう。戦の道具を遊びに使ったって」
「そうだった」
クリスが、頭を抱えて慌てふためく。
(本当、自分に都合が悪いことは忘れるな)
「だから、伯爵様も お前との結婚は認めない」
「どっ、どうしたら。 伯爵の機嫌が直る?」
「そんなの自分で考えろ。俺は この件からは手を引くから自分で何とかしろ」
どこまでも、他人をあてにしてばかり。見捨てはしないが、これ以上付き合っていられない。ドアを開ける。
「ディーン」
「じゃあな」
手を振って外に出た。
今回ばかりは、泣きついても相手にする気は無い。下手に同情して手伝ったら、 何も変わらない。

可愛いからと 甘やかされて育ってきたクリスも、この世には自分では どうする事も出来ない事が有る事を知る必要がある。自分の思いのままになる事などほんの少しだ。

初恋ほど恐ろしいものはない。
小さく頭を振ると仕事へと戻る。

*****

レグールは議会場にある自分の執務室で鼻歌を歌いながら、書き上がった書類にサインする。
これで終了と、ペン をペン立てに戻す。
( 後は……)
コンコン。
ノックの音に顔を上げるとロアンヌがドアを開けて顔を覘かせる。
ナイスタイミング。
「レグール様?」
「おいで」
そう言って手招きすると花を咲かせたような笑顔でロアンヌが、いそいそと近づいて来る。
今日着ているドレスも美しいデコルテを引きたたせている。
日に日に美しくなっていく姿は、見ていて飽きない。
これから、もっと美しくなる。

ロアンヌの腰に手を回して、自分の
膝の上に横座りさせる。
今日は、お芝居を見に行くことになっている。
その確かな重さが心地いい。
失って初めてその大切さに気づくと言うが 、本当に失わなくて良かった。
もう駄目かと諦めかけたが、今も傍に居てくれる。

出逢ってから僅かな時間しか経っていないのに、ここまで二人の仲が深まったのは、認めたくないがクリスのお蔭だろう。
しかし、これ以上は、ご免だ。
自分の好きな女を傷つけてでも、私と別れさせようとする、その手段を選ばない方法には恐怖すら感じる。 
(ロアンヌに執着しているクリスが簡単に諦めるとは思えない)

結婚まで、まだ時間があるから油断は禁物だ。でも、それは、後で考えればいい。対抗策ばかり考えてロアンヌとの時間を削る様なら本末転倒だ。
「そうだ。……良い知らせがある」
「何ですか?」

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