私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰

文字の大きさ
36 / 50

実らぬ初恋は 未練の味がする

しおりを挟む
ディーンは 失恋したクリスを慰めようと部屋に行った。
しかし、予想に反してクリスは 腕組みして外を見ている。
(絶対泣いてると思ったのに……)
いったい何を考えてるんだ。反省してるならいいけど。

「ロアンヌは騙されている」
「はい?」
訳の分からないことを口にするクリスを見て 空恐ろしくなる。
(誰に 騙されるって?)
レグール様の事をまだ言ってるのか? 
誰が見たって二人はラブラブだ。
もうクリスの入る隙が無いことは明らかなのに、まだ諦めてないのか?
 百歩譲って、たとえ騙されているとしても、ロアンヌが それでいいんだから、他人がとやかく言う事じゃない。
「クリス、あのな」
「よく考えてみて!」
クルリと振り返ると俺の前を行ったり来たりして、自分の見解を述べだす。
「だって、『もう浮気はしません』は、ただの口約束だよ」
(その後ろで組んだ手は何だ)
まるで弁護士 気取りの態度に腹が立つ。
「子供じゃないんだから、そんな言葉を鵜呑みにするなんて どうかしてる。男の 言う言は全部 嘘なんだから」
やれやれと両手を広げて首を振る。
(浮気はしてないし、お前も男だろう)
これは駄目だ。こめかみを押さえる。
ここまで来るとただの馬鹿者だ。呆れて物が言えない。
「どうしても許すなら誓約書を一筆書かせるとか、罰金を取るとかしなくちゃ。ロアンヌは甘すぎる」
(コイツ……)
甘過ぎるのはロアンヌのクリスに対する扱いだ。
どうやらクリスの口ぶりからして、もうロアンヌに会って、リストの事について話しあったらしい。
しかし、自分で酷い事をしておいて、良く合わせる顔があったものだ。
厚顔無恥とはクリスのことを表す言葉だ。しかも、反省するどころか説教とは、開いた口が塞がらない。

「ロアンヌ様に会ったのか? よく無事だったな」
「無事じゃないよ。僕と会ったとき笑顔じゃなくて凄く怖い顔してたんだ。『僕のこと怒ってる?』って聞いたら『怒ってない』って言ったけど絶対嘘だよ」
クリスが半べそを掻きながら、ロアンヌとの会話を再現した。俺から見たら、それは十分、無事の内に入る。
俺もそうだけど、皆クリスに甘すぎるんだ。
二人には このまま結婚式を無事迎えて欲しい。それはこの屋敷に居る全員の総意だ。
もうクリスの我儘に振り回されるのはうんざり。クリスを大人にするためにも厳しくすべきなんだ。
今からでも遅くない。しっかりと釘を刺しておかないと、またつまらぬことを考えだしそうだ。

「いいか、クリス。これに懲りて」
「ディーン。僕決めたよ」
俺の言葉を遮ってクリスが喋りだす。人の話は最後まで聞けと内心腹を立てる。それでも、ぎゅっと拳を作って 感情を抑える。
「何を?」
「シンプルな作戦にするよ」
「シンプルな……作戦?」
(作戦って、何かする気なのか?)
ディーンは聞き間違いじゃないかとクリスを見ると、決意に満ちた表情で俺を見返した。
まさか、そこまで馬鹿じゃ……ないよな……。もう 二人には波風も立ちそうにないのに、どうやってかき回す気だ?
「告白する。好きだって言う」
さも決意しましたという顔をしてるが、ディーンは冷めた目を向ける。
「それ前に失敗してるだろう。お前って、小さい時からロアンヌ様に、いつも “好き”  “好き”  言ってるじぁないか。だから、通じないんだよ」
クリスの「好き」は、千回言っても万回言ってもロアンヌには届かぬ言葉だ。

そんなことをしても意味がないと言うと、クリスが口を尖らせる。
「そんな事言うけど、他に方法は無いよ。今までの作戦は全部失敗してるし……」
「 ……… 」
クリスは何処を切ってもクリスだ。
伯爵を含めて町中の者が、クリスがロアンヌを好きだと言うことは周知の事実。そしてロアンヌがレグールと結婚するのも周知の事実。
 クリスが失恋する事は確定している。
だから少しでも傷が浅くなるように、言葉を選んで諦めるように誘導していたが……。

このままでは本人の為にならない。
ロアンヌの口から 決定的な言葉が出ない限り、クリスも踏ん切りがつかないだろう。こうなったら確実に告白させて、確実に失恋させる。
そう決めたとグッと手を握る。
だったら、もっと積極的にド直球で勝負させよう。
クリスの本気が伝われば、ロアンヌも今みたいな中途半端な関係を解消するだろう。
どんな方法がいいかな……。「好き」以外の言葉で気持ちを伝える。

しばし、黙考する。
(……プロポーズ?)
クリスだって一度は考えた事があるはずだし、行き着く先は結婚だろう。
「だったら、プロポーズしろよ」
「プッ、プッ、プロポーズ!」
そう言ってみたが、肝心のクリスが酷く動揺した。
別に驚くほどのことじゃないと思うけど……。クリスが両手で赤くなった自分の頬を押さえながら、困ったと体を左右に揺らしている。
(乙女か!)
その姿に顔をしかめる。
夢見てるだけだ。
本気でロアンヌと結婚する気があるのか疑わしい。
「お前だって、いずれは結婚したいんだろう」
「でっ、でも、……心の準備が……」
クリスが自分の心臓に両手を重ねて置くと深呼吸する。

俺にしてみればプロポーズも告白も変わらないと思うけど……。
「何で好きって言えるのに、プロポーズは言えなんだ?」
「だって僕は男爵の子供なんだよ。しかも、三男だし……地位もお金も無いのに嫁に来て何て言えないよ」
そう聞くと空気の抜けた風船みたいにシュンとして背中が丸まる。
(そう言う自覚はあるんだ)
クリスの言い分はもっともだ。
ならどうして、貴族社会の上下関係が厳しいのを知ってるくせにレグール様に対抗意識を燃やしてるんだ?
「だったら、諦めろよ。レグール様の方が格は上だ」
「それは大丈夫。愛さえあれば身分の差なんて乗り越えられる」
急に背筋がピンとなったクリスが
俺に向かってビシッと親指を出してウインクしてくる。
「 ……… 」
それを無言で見つめ返す。
どこまで女々しいんだ。

ロアンヌに、その気が無いんだから一生結婚出来ない。
そう言う 考えなら クリスに打つ手は無い。だったら、トドメを差すまでだ。
「クリス。忘れてるみたいだけど、この前の甲冑の件で 伯爵様も男爵様からも、散々叱責されただろう。戦の道具を遊びに使ったって」
「そうだった」
クリスが、頭を抱えて慌てふためく。
(本当、自分に都合が悪いことは忘れるな)
「だから、伯爵様も お前との結婚は認めない」
「どっ、どうしたら。 伯爵の機嫌が直る?」
「そんなの自分で考えろ。俺は この件からは手を引くから自分で何とかしろ」
どこまでも、他人をあてにしてばかり。見捨てはしないが、これ以上付き合っていられない。ドアを開ける。
「ディーン」
「じゃあな」
手を振って外に出た。
今回ばかりは、泣きついても相手にする気は無い。下手に同情して手伝ったら、 何も変わらない。

可愛いからと 甘やかされて育ってきたクリスも、この世には自分では どうする事も出来ない事が有る事を知る必要がある。自分の思いのままになる事などほんの少しだ。

初恋ほど恐ろしいものはない。
小さく頭を振ると仕事へと戻る。

*****

レグールは議会場にある自分の執務室で鼻歌を歌いながら、書き上がった書類にサインする。
これで終了と、ペン をペン立てに戻す。
( 後は……)
コンコン。
ノックの音に顔を上げるとロアンヌがドアを開けて顔を覘かせる。
ナイスタイミング。
「レグール様?」
「おいで」
そう言って手招きすると花を咲かせたような笑顔でロアンヌが、いそいそと近づいて来る。
今日着ているドレスも美しいデコルテを引きたたせている。
日に日に美しくなっていく姿は、見ていて飽きない。
これから、もっと美しくなる。

ロアンヌの腰に手を回して、自分の
膝の上に横座りさせる。
今日は、お芝居を見に行くことになっている。
その確かな重さが心地いい。
失って初めてその大切さに気づくと言うが 、本当に失わなくて良かった。
もう駄目かと諦めかけたが、今も傍に居てくれる。

出逢ってから僅かな時間しか経っていないのに、ここまで二人の仲が深まったのは、認めたくないがクリスのお蔭だろう。
しかし、これ以上は、ご免だ。
自分の好きな女を傷つけてでも、私と別れさせようとする、その手段を選ばない方法には恐怖すら感じる。 
(ロアンヌに執着しているクリスが簡単に諦めるとは思えない)

結婚まで、まだ時間があるから油断は禁物だ。でも、それは、後で考えればいい。対抗策ばかり考えてロアンヌとの時間を削る様なら本末転倒だ。
「そうだ。……良い知らせがある」
「何ですか?」

しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

邪魔者はどちらでしょう?

風見ゆうみ
恋愛
レモンズ侯爵家の長女である私は、幼い頃に母が私を捨てて駆け落ちしたということで、父や継母、連れ子の弟と腹違いの妹に使用人扱いされていた。 私の境遇に同情してくれる使用人が多く、メゲずに私なりに楽しい日々を過ごしていた。 ある日、そんな私に婚約者ができる。 相手は遊び人で有名な侯爵家の次男だった。 初顔合わせの日、婚約者になったボルバー・ズラン侯爵令息は、彼の恋人だという隣国の公爵夫人を連れてきた。 そこで、私は第二王子のセナ殿下と出会う。 その日から、私の生活は一変して―― ※過去作の改稿版になります。 ※ラブコメパートとシリアスパートが混在します。 ※独特の異世界の世界観で、ご都合主義です。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。

伯爵令嬢の婚約解消理由

七宮 ゆえ
恋愛
私には、小さい頃から親に決められていた婚約者がいます。 婚約者は容姿端麗、文武両道、金枝玉葉という世のご令嬢方が黄色い悲鳴をあげること間違い無しなお方です。 そんな彼と私の関係は、婚約者としても友人としても比較的良好でありました。 しかしある日、彼から婚約を解消しようという提案を受けました。勿論私達の仲が不仲になったとか、そういう話ではありません。それにはやむを得ない事情があったのです。主に、国とか国とか国とか。 一体何があったのかというと、それは…… これは、そんな私たちの少しだけ複雑な婚約についてのお話。 *本編は8話+番外編を載せる予定です。 *小説家になろうに同時掲載しております。 *なろうの方でも、アルファポリスの方でも色んな方に続編を読みたいとのお言葉を貰ったので、続きを只今執筆しております。

拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様

オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。

もう何も信じられない

ミカン♬
恋愛
ウェンディは同じ学年の恋人がいる。彼は伯爵令息のエドアルト。1年生の時に学園の図書室で出会って二人は友達になり、仲を育んで恋人に発展し今は卒業後の婚約を待っていた。 ウェンディは平民なのでエドアルトの家からは反対されていたが、卒業して互いに気持ちが変わらなければ婚約を認めると約束されたのだ。 その彼が他の令嬢に恋をしてしまったようだ。彼女はソーニア様。ウェンディよりも遥かに可憐で天使のような男爵令嬢。 「すまないけど、今だけ自由にさせてくれないか」 あんなに愛を囁いてくれたのに、もう彼の全てが信じられなくなった。

【完結】地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

理想の『女の子』を演じ尽くしましたが、不倫した子は育てられないのでさようなら

赤羽夕夜
恋愛
親友と不倫した挙句に、黙って不倫相手の子供を生ませて育てさせようとした夫、サイレーンにほとほとあきれ果てたリリエル。 問い詰めるも、開き直り復縁を迫り、同情を誘おうとした夫には千年の恋も冷めてしまった。ショックを通りこして吹っ切れたリリエルはサイレーンと親友のユエルを追い出した。 もう男には懲り懲りだと夫に黙っていたホテル事業に没頭し、好きな物を我慢しない生活を送ろうと決めた。しかし、その矢先に距離を取っていた学生時代の友人たちが急にアピールし始めて……?

こんな婚約者は貴女にあげる

如月圭
恋愛
アルカは十八才のローゼン伯爵家の長女として、この世に生を受ける。婚約者のステファン様は自分には興味がないらしい。妹のアメリアには、興味があるようだ。双子のはずなのにどうしてこんなに差があるのか、誰か教えて欲しい……。 初めての投稿なので温かい目で見てくださると幸いです。

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

処理中です...