あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子

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おさとうじゅういちさじ

4.

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「俺は、かわいい奥さんの顔を見ながら、お喋りしたいです」

「う、」

「キスもしたい」


お風呂に入る前の焦燥なんて、すっかり忘れた遼雅さんが、いつもと同じくからかうようにやさしく笑っている音が聞こえた。そのやさしい音色を聞くだけで、遼雅さんの笑みが浮かんでしまうからずるい。


「ゆーず」

「う、なんです、か」


ちらりと顔をあげたら、やっぱり想像通り、うつくしいのにどこか人懐こい、子どもみたいな笑みを浮かべた遼雅さんと目が合った。 

瞬く間に顔を寄せて、唇に触れられる。


「よかった。ずっとキスしたかったから」

「……さっきもしました」

「俺はずっとしていたい」


ちゅ、と繰り返し触れられて、むっと拗ねたような顔を作ってみたのに、どこまでもあまく笑って返されてしまう。


「なあに。そのかわいい顔? 俺のこと煽って遊んでる?」

「睨んでいるんです」

「こんなにも、かわいい目で?」

「う……、もう、遼雅さん、あまやかしすぎです」

「――だってきみが、可愛すぎるのが悪いんだ」


すこしも効果は、ないみたいだ。

むしろ、話をする隙もないくらいにキスが降りかかってきて、ただ遼雅さんのルームウェアにしがみつく。


「んっ……りょ、……っあつ、い」

「ん」

「りょう……っ」

「もうすこし」


もうすこし、あとちょっと、もっと、と繰り返し囁かれて、とうとうくたりと力が抜けてしまった。

遼雅さんの胸に身体を預けて瞼を下ろしたら、耳元で低い笑い声が響いた。


「ごめんね。つい、我慢できなくなってしまいました」

「……ぜんぜん、てかげん、してくれない」

「うん、柚葉がかわいいのも、全然手加減してくれないから、おあいこにしてほしいな」

「何、言って」

「よいしょっと」


反論も聞かずに力の抜けた体をくるりと回して、遼雅さんに背を向ける形で抱えなおされた。

遼雅さんのあぐらの上に座っているからか、すぐ横でたのしそうに笑う声が聴こえてくる。


「指、見せて」

「う、ん?」

「指輪」


熱を帯びた節くれた指先が、腕から手首をなぞって、私のものを掬うように手をつなぎ合わせた。

お風呂の中で見た通り、傷のない指輪が綺麗に輝いている。

私の左手と遼雅さんの左手をつなぎ合わせているから、二人の薬指に嵌っているものが、同じデザインになっていることは一目瞭然だ。


「次出社するときは、嵌めて行ってくれないかな」


誑かすように囁いて、有無を言わせず口元に私の手を持って行ってしまう。

わざとリップノイズを立てて吸い付かれたら、指先がぴくりと痺れてしまった。


「ゆず、だめ?」

「う、あ、やめて、ください、ぜんぶゆるしたくなる、ので」

「あはは、ぜんぶゆるしてくれたら、うれしい」


肯定するまで、指先を離す気がないのだろうか。

あまく吸って、私の手の甲に熱心に口づけて遊んでいるみたいだ。くらくらして止まらなくなる。


「な、んで、そんなに……っ」

「柚葉さんが俺以外の男性と楽しそうにしている姿を見ると」

「っあ」

「いじめたくなってくる」


かぷりと指先に噛みついて、愛でるように舐めた。

右手で抗議しようとしたら、同じように右手で封じ込まれて、人形のように操られてしまう。

喉を鳴らして笑う遼雅さんのいじわるに、心底まいってしまった。すきだから、何をされてもうれしくてこまってしまう。


「可愛い柚葉さんが、奪われたらどうしようかって、焦って落ち着かなくなる」


焦ることなんてなさそうな人なのに、私だけに囁いてくれる。「こまったな」と付け足すように笑われたら、背筋がしびれて、胸が落ち着かなくなってしまった。


「な、いです」


必死にこころを落ち着かせようとしているのに、遼雅さんの右手が私の右手と一緒にお腹に回されたら、心音が大きくなりすぎて、眩暈がしてしまいそうになった。

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