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おさとうじゅういちさじ
3.
しおりを挟む“自宅にはちゃんとつきましたか”
“柚葉さん?”
“何かあったなら、連絡ください”
“柚葉?”
私は自宅にたどり着いたことすら連絡し忘れていたようだ。おどろいて、遼雅さんが動揺していた意味がよく分かった。
いらぬ心配をさせてしまったらしい。
特に部長のことがあってから、遼雅さんの心配性は加速している気がする。気づいていたのに本当にうっかりしていた。
好きな人に連絡を無視されてしまったら、どんな気分だろう。
遼雅さんは基本的に連絡が丁寧な人だから、もしも突然途絶えてしまったら、私は心配しすぎて携帯から手が離せなくなってしまいそうだ。
すこし考えただけでもぞっとしてしまった。
大変なことをしたのだと思う。あんなに温厚な遼雅さんが動揺しているところを見る機会なんて、そうそうないと思う。
「……柚葉?」
「わあっ」
一生懸命想像している間に、フローリングに座っている私の隣に、遼雅さんがしゃがみこんでいる姿が目に入っていた。
考え込みすぎてしまったらしい。
遼雅さんはまた髪を濡らしたまま私の顔を覗き込んで、手元に携帯があるのを目視したら、すこし眉を下げてしまった。
「履歴、気持ち悪いくらい残ってたかな」
「ごめんなさい、あの、気づかなくて」
「いや、俺もこんなに送るつもりなかったんだけど……」
苦笑した遼雅さんが、大きな手で髪に触れてくれた。耳に髪をかけるように撫でて、じっと見つめてくれる。
「ご心配をおかけしました……、あの、遼雅さんのこと、ずっと考えていて……」
「俺のこと?」
「……遼雅さんが、あの、私のこと」
「うん?」
「どう思ってくれているのかなって……、考えるのであたまがいっぱいでした。ごめんなさい」
正直に謝って遼雅さんの顔を覗き込んだ。
申し訳ない気持ちでいっぱいでじっと見つめているのに、私の言葉にぼうぜんとした遼雅さんが、一呼吸おいて、とろけてしまいそうなくらいのやさしい笑みを浮かべてくれる。
「俺のこと、考えてくれてたんですか?」
「うん」
「ずっと? 連絡も忘れてしまうくらい?」
「……ごめんなさい、りょうがさんで、いっぱいで」
真剣に謝って頭を下げたら、しゃがみこんでいた遼雅さんが地面にあぐらをかいて座り込んだのが見えた。
すこし笑ったような声がして、おそるおそる振り向いたら、私のほうをじっと見つめてくれている遼雅さんの視線にすぐにつかまってしまう。
「あー、もう」
「りょうが、さん」
「かわいいから、全部ゆるしたくなって、ずるいな」
まぶしそうに目を眇められて、胸があつくなってしまう。やさしいまなざしで、こころが掴まれる。
「――柚葉」
「う、ん?」
「おいで。怒ってないよ。ただ、抱きしめたいだけです」
ふ、と笑われて、引き寄せられるように身体が動いた。
怒ってないことくらい、目を見てしまえばわかる。
遼雅さんはやさしい。いつもやわらかいところだけを見せてくれる。すてきな人。私の大好きな人だ。
飛び込んで手を伸ばしたら、すこしも揺らがない胸にすっぽりと包まれてしまった。どうしたって、ここが一番安心できる場所になってしまった。
もう、ぜったいに離れたくないと思ってしまうから、こまった。
「柚葉さん」
「は、い」
「はは、ぎゅってしがみついて、かわいい」
「うう、どうせ子どもです」
大人の遼雅さんには、かなわない。
悔しくなってますます抱き着いたら、やさしい笑い声が頭の上ではじけた気がした。
「俺には子どもになんて見えないけどなあ」
「ほんとう、ですか」
「もちろん。自慢のつまです」
「……ああ、もう、もう!」
「お顔見せてください」
「やです」
「ええ、おどろいた。まさか柚葉さんに振られるとは。さみしいな」
すこしも思っていなさそうな人が、くすくす笑いながら耳に囁いてくれる。
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