『しろくま通りのピノ屋さん 〜転生モブは今日もお菓子を焼く〜』

miigumi

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■第7話『ご近所とプリンと、少しのざわめき』

 *

 「……あなたが、“プリン”の?」

 そう言って店の前に立ったのは、見知らぬご婦人だった。

 しろくま通りの少し奥、雑貨屋を営む人だと聞いたことがある。
 口調は落ち着いているけれど、目は好奇心で輝いていた。

「八百屋のマルシェさんから聞いてね。こんな面白いものがあるって。
 卵と牛乳と砂糖だけでこんなに滑らかなものができるなんて、不思議ねぇ」

「あ、ありがとうございます……今日も、よければありますよ。ひとつ、どうですか?」

 リィナは少し照れながら、いつもの“はじまりのプリン”を木のトレイに載せて差し出した。
 その後ろでピノが、ちょこんと看板横に座り直す。すっかり“名物魔物”になってきた。

「ぴ」

 *

 午前中だけで、三人のお客さんがプリンを買いに来た。

 全部、口コミだった。

 「昨日の人が“なめらかで優しい味”って言ってたから」
 「なんか、心が落ち着くって……ほんとだったわ」
 「子どもが“またあれ食べたい”って。名前なんて言ったっけ、“ぷり……ん”?」

(……うれしい)

 心の奥が、ほんのりとあたたかくなる。
 自分が作ったもので、誰かの“心”が少し動く。それは、何よりの喜びだった。

 でも同時に、リィナは少しだけ、不安にもなる。

(こんなに目立っちゃって、いいのかな……?)

 自分はモブキャラでいたかった。
 勇者や聖女、魔王に関わらず、ただひっそりと、好きなことをして生きていけたらそれでよかった。

 でも、プリンが“この世界にないもの”であればあるほど――
 それを作れる自分が、目立ってしまう。

「ぴ?」

 ピノが、小さく首をかしげて見上げてくる。

「ううん、大丈夫。ちょっと考えただけ」

 そう言って笑ってみせると、ピノは安心したように小さな羽でくちばしを隠した。
 ……なんだか、笑ってるみたい。

 *

 夕方、また扉を叩く音。

 いつもの、レオだった。

「……今日も、プリンはありますか?」

「はい、あとひとつだけ残ってます」

「よかった。きっと今日はもうないかなと思ってました」

 レオは柔らかく笑って、店の奥の席に腰を下ろす。
 何も聞かず、何も詮索せず、ただ「プリンを食べに来る人」。
 その距離感が、リィナにはちょうどよかった。

 でも、今日のレオは少しだけ――声に“探る”ような響きを含んでいた。

「街で少し話題になっていましたよ。“プリン”って、どこかの貴族の新商品かって」

「え……」

「それほど、人の記憶に残る味、ということです。……ただ、気をつけてください」

 レオの瞳が、すっと真剣になる。

「あなたが“この世界にないもの”を持っているなら、それは時に――目を惹きすぎる」

 リィナは小さく息をのんだ。

(この人……もしかして、気づいてる?)

 でもレオはそれ以上、何も言わなかった。
 ただ、プリンを一口すくって、微笑む。

「今日も、美味しい。……また、癒されました」

 そう言って帰っていく後ろ姿を、リィナは黙って見送った。

 *

 その夜、リィナはレシピノートの端に、小さくメモを書く。

《新メニュー案:ピノのちいさなゼリー》
《気をつけること:目立ちすぎない。でも、“私の味”を大切にする》

 静かな夜。
 誰にも知られずにいたかった“モブ”の自分が、
 小さな一歩ずつで、世界に踏み出している。
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