ローザリンデの第二の人生

梨丸

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一章:さようなら、私の愛したひと

いつものことなので

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「ロ……ロザ………、ロザリ………」

聞き覚えのある声が頭に響く。ぼんやりとした頭を奮い立たせ、声の主を探り当てる。

「フィニルタ……、お兄様……?」

「そうだ、そうだよ。僕の天使ロザリー

私の手を握る力がギュッと強くなる。当たっていたようで良かった、と安心すると同時に一つの疑問が芽生えた。なぜ私はお兄様に手を握られているのだろうか。

重いまぶたをゆっくりと持ち上げると、お兄様が覗き込むようにして私の頬に手を当てた。

「ロザリー、深呼吸できるかい?」

今自分がどういった状況なのか分からないのでとりあえず言われた通りに息を吸って吐く、を何度も繰り返す。

ぼやけた意識が明瞭になっていき、ようやく自分の状況を理解した。
今日、ラインハルト様が遠征から帰還し、気を遣ってくれた使用人たちがお茶会の場を設けてくれた。話が驚くほど弾まなくて、居心地は最悪だったけれど。そしてが起こり、クロツェル邸の中庭の池で溺れたのだ。

生きていたことへの安堵と同時に単純な疑問が湧いた。
記憶が正しければその池は私の膝までしかない深さだったはずだ。少なくとも、溺れるほどの深さのものではない。

「私は溺れたの、ですよね……?」

今思えば池に落ちた時点で出せる魔法はあったはずだ。咄嗟のことに体が硬直してうまく出せなかった……?
そもそも、どうしてまだ肌寒い春に池に落ちることになったのか。
考えれば考えるほど意味がよくわからなくなっていく。

首を傾げていると、お兄様がこれまた微妙な顔をして、一つに束ねている少し乱れた長髪を弄った。何か言いづらいことがあった時、髪を弄るのは彼の悪い癖だ。

「あー……」

目を右往左往に揺らしている。ベッドから上半身を起き上がらせ無理やり目を合わせると、逃げ場はないとわかったのか渋々話し始めた。

「……ロザリーは池にいた魔物に引きずりこまれたんだ。魔物が魔力の多い人間を好んで襲うのは知っているよね。ラインハルト侯爵は魔力面よりも剣術面に優れている……つまりあの場に居た中で一番魔力量が多いのはロザリーだった。ロザリーが溺れたなんて連絡が入ったものだから、急いで駆けつけたよ」

魔物……?
クロツェル邸には覆うように結界が張られており、魔物が侵入することなんてできないはずだ。

「原因はまだ不明らしい。僕も訳がわからないよ」

わざとらしく肩をすくめて見せる姿に何故かほっとする。
少し口を綻ばせると、お兄様の声が一気に柔らかくなった。

「僕の天使が無事で居てくれて本当に良かった」

お兄様はこちらが恥ずかしくなるようなことを平気で言う。彼は流れるように私の髪に口付けを落とした。

そういえば。
溺れた時に映った光景がフラッシュバックする。溺れている私を置いて立ち去るラインハルト様の姿。恐らく、溺れている私を助けたのは彼ではなく使用人の誰かだろう。彼は今何をしているのだろうか。

溺れている妻を放置するくらいなのだから、私を気に掛けていないことなんてわかりきっていることだけど。
少しの望みをかけて尋ねてみた。

「……ラインハルト様は今どこに?」

「……、結界の点検を専属魔導師と一緒にしているよ」

「っ、そう、ですか」

わかっていたことだけれど、少し、というか大分ショックだった。こんな時でも目先の仕事を優先する彼の妻であることが、ただただ惨めだった。今まで私なりに彼の仕事のサポートはしてきたつもりだったけれど今回の件で、彼にとって私は必要のない存在だということが、発覚した。

取り繕うように笑うと、お兄様は驚くほど冷たい表情をしていた。それを見てやっと気づいた。彼は私の前では明るく振る舞っているけど、ラインハルト様の行動に怒りを覚えているのだ。
今この状況で沈黙が続くとまずい。そう思った私は務めて明るく切り出した。

「別に気にしてませんよ。いつものことなので」

「“いつものこと”?」

声色がいきなり強くなった。相当お怒りになられている。両親はそもそも私のことを気に掛けないのでまあ置いておくとして、いつも私を気に掛けてくれるお兄様には心配をかけたくなかったので順風満帆な生活を送っていると言っていたのだ。

「ロザリー、僕に隠していることがあるみたいだね」

お兄様がジリジリと距離を詰める。美しいひとの笑顔は、一周回って怖い。
できるだけ明るく聞こえる口調で説明することにした。

「ラインハルト様は、私のことを愛していないのです。彼には忘れられない人がいるようで、その方だけをずっと想っている、みたい」

少し声が震える。改めて口にしてみると酷い話だ。

「もう話さなくていい。ロザリー、今までよくがんばったね」

お兄様は私の頭をゆっくりと撫でた。
思わず涙がこぼれ落ちる。私が相談しようとしなかっただけで私には味方がいたのだ。

私は彼の愛する人への恋心が整理されるまで、待ち続けた。待って、待って、待って……。
もう、待つことはできない。



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