ローザリンデの第二の人生

梨丸

文字の大きさ
1 / 48
一章:さようなら、私の愛したひと

愛するひと

無数の小さな海月くらげのようなものが瞳に映った。口から息が漏れ、それが次々と生み出されていく。
耳鳴りのような音と揺らいだ誰かの悲鳴が重なり合ってやっと気づいた。

私が溺れているということに。

反射的にの方向に手を伸ばす。
けれど彼の藤色の後ろ髪が揺れた瞬間、ああやっぱり、と妙に納得してしまった。彼が私の手を取ることは一生ないのだ。

諦めと共に、私は曖昧な意識を手放した。


──

いない人には勝てない。
それは私の夫、ラインハルト様が一番初めに教えてくれたことだった。

彼との縁談が持ち上がったのはちょうど三年前のこと。

当時、先代が亡くなって直ぐにクロンツェル侯爵の座を継承した十八歳だったラインハルト様は早急に妻をめとり、その地位を確実なものにしなければならなかった。妻を娶ることは後継の問題、そして私が生まれた伯爵家と太いパイプを繋いでおくという面でも必要なものである。

彼との縁談が持ち上がった時、十六歳、年頃の娘だった私は少し浮かれていた。

幼い頃から【魔導師】になることが夢だった。
この世界の人間は皆、魔力を体内に宿して生まれてくる。魔力を引き出すことができる人間だけが、魔法を使えるのだ。
私は実際に魔力を引き出すことができ、足りない部分は必死で鍛錬して補った。けれど魔獣が蔓延はびこる地域にも足を踏み入れる事がある魔導師は基本的に貴族の令嬢がなるものではない。少なくとも、両親は許してくれないだろう。
そう思っていた頃に突然来た縁談に胸を弾ませた。
もしかしたら、魔道士になるという夢を諦めなくてもいいのかもしれない、と。

クロンツェル侯爵家はリーゼグリュン王国の守護を命じられている【剣、魔術、心の三大侯爵】中の【剣】を担っている。つまり、夫となるひとが寛容な人であったら、魔導師としての道を進んで夫の国の守護のサポートすることができるのだ。そういった事例がいくつかあったこともあり、彼との縁談は私の気持ちを膨らませた。

そうでなくとも愛しあい、幸せになることくらいはできるのかも。
しかし、そんな淡い期待を抱いていた私の心はラインハルト様の言葉によって砕かれた。

『ローザリンデ・イステア、私には愛する人がいる』

彼は翡翠のような瞳を真っ直ぐ私に向け、こう言い放ったのだ。
無表情のまま、私から目を逸らすと、彼の艶やかな藤色の髪がふわりと揺れた。

『愛する、ひと……』

動揺を隠す為にゆっくりと繰り返すと、彼は静かに頷いた。些細な行動でも儚げに、美しく見えてしまうのだからどうしようもない。

結局ラインハルト様との会話は一言二言で終了してしまい、気を遣ってくれた年配の侍女が門まで送り届けてくれる途中、侍女たちの噂話を小耳に挟んだ。

『旦那様のお心の傷はまだ癒えないのかしら』

『そうね。前婚約者のグラツィア様がお亡くなりになってからずっと……』

年配の侍女が厳しい視線を送り、新人らしき二人は慌てて掃き掃除に徹した。

その後に年配の侍女──イエナというらしい──が彼の“愛する人”について説明してくれた。イエナが言うには、彼の“愛する人”はもうこの世にいないらしい。要するに、彼は仕方なく私と結婚するのだ。

生きている人になら対抗できたのかもしれないけれど亡くなっている人と競うことなんて、できない。

彼女の話を聞いて私が曖昧な表情かおをしていたからか、平謝りされてしまった。
逆にいたたまれない気持ちになってしまう。

『おめでとう、ローザリンデ』

屋敷に帰ると両親がわざとらしい笑みを浮かべながら、出迎えてくれた。私が彼に嫁ぐことは二人の中で決定のようだ。私も二人とお揃いの、わざとらしい笑みを浮かべる。二人の前で私は完璧でないといけないから。

自室で疲れをとっていると年が四つ上の兄、フィニルタが眉を下げてやってきた。

『ロザリー、会ったばかりの人間と結婚なんてして本当にいいのかい?』

色っぽい美声を発しながら、私の焦茶の髪を撫でる。美しい金髪を受け継いだお兄様とは大違いの、ありきたりな髪色。

『いいの、お兄様。寂しいからって絡まないでください』

お兄様と話していると自然と砕けた言い方になる。少し軽薄な彼の雰囲気がそうさせているのだろうか。冗談めかした調子で言うと、お兄様は顔を曇らせた。

『魔導師になりたいという夢は諦めたのか?あんなに頑張っていたのに……』

お兄様は膨大な魔力に恵まれ、国内の魔導師全員を統べる魔導師局の中でも魔物を討伐することで有名なシュラク支部で活動している。そんな彼に憧れて魔導師を夢見たのは、事実。彼は何度も鍛錬にも付き合ってくれた、妹想いの兄だ。

私は惜しむように言うお兄様に笑みを浮かべて夢の諦めの意思を示した。

こうして、私とラインハルト様は婚姻を結んだ。
夫婦として触れ合うことはない、形だけの結婚。

彼は私から目を逸らすように仕事中心の生活を続けた。遠征のためと言って家を出ることが多く、顔を合わせることもほとんどない。
彼との結婚生活を通して素敵な王子様に都合よく愛されるお姫様なんていないし、不憫な娘をヒーローが連れ去ってくれる恋物語ラブストーリーなんて存在しないことを身を以て知った。

亡くなっている人を愛している夫と、その妻。使用人たちから憐れみの目を向けられることも少なくない日々の中で、心がどんどん麻痺していった。



感想 22

あなたにおすすめの小説

旦那様は離縁をお望みでしょうか

村上かおり
恋愛
 ルーベンス子爵家の三女、バーバラはアルトワイス伯爵家の次男であるリカルドと22歳の時に結婚した。  けれど最初の顔合わせの時から、リカルドは不機嫌丸出しで、王都に来てもバーバラを家に一人残して帰ってくる事もなかった。  バーバラは行き遅れと言われていた自分との政略結婚が気に入らないだろうと思いつつも、いずれはリカルドともいい関係を築けるのではないかと待ち続けていたが。

あなたの隣に私は必要ですか?

らんか
恋愛
政略結婚にて、3年前より婚約し、学園卒業と共に嫁ぐ予定であったアリーシア。 しかし、諸事情により結婚式は延期され、次の結婚式の日取りさえなかなか決められない状況であった。 そんなアリーシアの婚約者ルートヴィッヒは、護衛対象である第三王女ミーアの傍を片時も離れようとしない。 月1回の婚約者同士のお茶会もすぐに切り上げてしまい、夜会へのエスコートすらしてもらった事がない。 そんな状況で、アリーシアは思う。 私はあなたの隣に必要でしょうか? あなたが求めているのは別の人ではないのでしょうかと。

年に一度の旦那様

五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして… しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…

愛していると気づいたから、私はあなたを手放します

妄夢【ピッコマノベルズ連載中】
恋愛
愛しているのに、触れられない。 幼なじみの夫は、こう言った。 「もう、女性を愛することはできない」と。 それでも「君がいい」と言い続ける彼と、 子どもを望む現実の間で、私は追い詰められていく。 だから決めた。 彼のためにも、私は他の誰かを探す。 ――そう思ったのに。 なぜあなたは、そんな顔で私を追いかけてくるの? これは、間違った優しさで離れた二人が、 もう一度、互いを選び直すまでの物語。 ※表紙はAI生成イラストを使用しています。

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】 幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

政略結婚の相手に見向きもされません

矢野りと
恋愛
人族の王女と獣人国の国王の政略結婚。 政略結婚と割り切って嫁いできた王女と番と結婚する夢を捨てられない国王はもちろん上手くいくはずもない。 国王は番に巡り合ったら結婚出来るように、王女との婚姻の前に後宮を復活させてしまう。 だが悲しみに暮れる弱い王女はどこにもいなかった! 人族の王女は今日も逞しく獣人国で生きていきます!

【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?

鳴宮野々花
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。  そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ…… ※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。 ※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。 ※この作品は小説家になろうにも投稿しています。

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳 ロミオ王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?