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一章:さようなら、私の愛したひと
妻より、仕事
実は幼い頃に一度だけラインハルト様と会った事がある。
お兄様の誕生パーティーで完全に置いてけぼりにされた私は壁の花役に徹していた。来賓客からの呼び出しがかかるギリギリまで構ってくれたお兄様には感謝しかない。
楽しげに笑うお兄様を見て、少し羨ましいと思った。
彼のような綺麗な金髪も、底なしの魔力も、人形のような蒼い瞳も私は持ち得なかった。
焦茶の髪に、鮮やかさに欠けた緑の目。全てが平凡な私。
心ここに在らず、と言った感じで壁と同化していると同年代の男の子が声をかけてきた。
『きれいな瞳だね。俺とおそろいだ』
彼の言葉は私のコンプレックスを一瞬にして吹き飛ばしてしまった。私の中に芽生えた彼への感情、それはありていに言えば初恋のようなものだったのだろう。そのまま私たちは他愛のない話をしては、ふたりで盛り上がった。
端正な顔立ちに無邪気な笑顔を浮かべる彼には人を惹きつけて離さないような魅力があった。この年でこれなら成長したらどんな見た目になるのだろう、と幼心に思ったものだ。
それが……どうしてこうなったのだろうか。時の流れは無情なものである。
そんなことを考えながら目の前の男に目を向ける。
「おかげさまで、回復しました。ラインハルト様」
嫌味を含めた調子で笑って見せる。三途の川を渡りかけた私に怖いものは何もない。
あれから、何日経ってもラインハルト様は私に会いに来なかった。今にも殴り込みに行きそうなお兄様を止めるのは大変だった。両親からの連絡はいつもの如く、ない。彼に嫁いだ時点で両親が課す私の役目は終わったのだ。
彼が全く会いに来ないので、使用人たちも動揺を隠しきれなかったようだ。『奥様はそれでいいのですか?』と言われてしまった。それでいいも何も……私にはどうしようもない。
けれど、使用人たちにこれ以上心配させるのは悪いと思い彼の仕事部屋である書斎に出向いたのだ。
私の言葉に彼は反応しない。それは、いつものこと。
彼は私と会話することでさえも煩わしいのだ。私か仕事か、と聞かれたら迷わず仕事を選ぶのだろう。
にこやかに笑いながら黙って佇んでいるとラインハルト様は鬱陶しそうにこちらを一瞥し、書類に目線を戻した。早く去れということのようだ。
彼と結婚してからいつも、お前なんてどうでもいい代えのきく存在。そう言われているような気がしてならなかった。彼が私に向けるのは愛情ではない、嫌悪の眼差しだけ。
ふと思った。
あれ、なんで私この人が好きだったんだろう、と。
幼い頃芽生えた恋心はぐちゃぐちゃになってしまって原型を留めていない。私に無邪気に笑いかけてくれた彼はもういないし、どれだけ望んでも彼からの愛は手に入らない。彼には愛する人がいるのだから。彼は私が死んでもどうでもいいのだ。ただ、ちょうどいい相手を妻として娶っただけ。
なんだか急に馬鹿らしくなってきた。
一気に魔法が解けたような心地になる。
私はこの先もずっと籠の中に閉じ込められながら生きるの?蔑ろにされても、命の危険に晒されても、ずっと笑っていないといけないの?
──いいえ。綺麗な侯爵夫人の座を手に入れて笑っているだけの人生なんて、私は嫌だ。
「……ラインハルト様、失礼致しますね」
私は一つの決意を胸に、笑顔を貼り付けながら書斎を出るのだった。
お兄様の誕生パーティーで完全に置いてけぼりにされた私は壁の花役に徹していた。来賓客からの呼び出しがかかるギリギリまで構ってくれたお兄様には感謝しかない。
楽しげに笑うお兄様を見て、少し羨ましいと思った。
彼のような綺麗な金髪も、底なしの魔力も、人形のような蒼い瞳も私は持ち得なかった。
焦茶の髪に、鮮やかさに欠けた緑の目。全てが平凡な私。
心ここに在らず、と言った感じで壁と同化していると同年代の男の子が声をかけてきた。
『きれいな瞳だね。俺とおそろいだ』
彼の言葉は私のコンプレックスを一瞬にして吹き飛ばしてしまった。私の中に芽生えた彼への感情、それはありていに言えば初恋のようなものだったのだろう。そのまま私たちは他愛のない話をしては、ふたりで盛り上がった。
端正な顔立ちに無邪気な笑顔を浮かべる彼には人を惹きつけて離さないような魅力があった。この年でこれなら成長したらどんな見た目になるのだろう、と幼心に思ったものだ。
それが……どうしてこうなったのだろうか。時の流れは無情なものである。
そんなことを考えながら目の前の男に目を向ける。
「おかげさまで、回復しました。ラインハルト様」
嫌味を含めた調子で笑って見せる。三途の川を渡りかけた私に怖いものは何もない。
あれから、何日経ってもラインハルト様は私に会いに来なかった。今にも殴り込みに行きそうなお兄様を止めるのは大変だった。両親からの連絡はいつもの如く、ない。彼に嫁いだ時点で両親が課す私の役目は終わったのだ。
彼が全く会いに来ないので、使用人たちも動揺を隠しきれなかったようだ。『奥様はそれでいいのですか?』と言われてしまった。それでいいも何も……私にはどうしようもない。
けれど、使用人たちにこれ以上心配させるのは悪いと思い彼の仕事部屋である書斎に出向いたのだ。
私の言葉に彼は反応しない。それは、いつものこと。
彼は私と会話することでさえも煩わしいのだ。私か仕事か、と聞かれたら迷わず仕事を選ぶのだろう。
にこやかに笑いながら黙って佇んでいるとラインハルト様は鬱陶しそうにこちらを一瞥し、書類に目線を戻した。早く去れということのようだ。
彼と結婚してからいつも、お前なんてどうでもいい代えのきく存在。そう言われているような気がしてならなかった。彼が私に向けるのは愛情ではない、嫌悪の眼差しだけ。
ふと思った。
あれ、なんで私この人が好きだったんだろう、と。
幼い頃芽生えた恋心はぐちゃぐちゃになってしまって原型を留めていない。私に無邪気に笑いかけてくれた彼はもういないし、どれだけ望んでも彼からの愛は手に入らない。彼には愛する人がいるのだから。彼は私が死んでもどうでもいいのだ。ただ、ちょうどいい相手を妻として娶っただけ。
なんだか急に馬鹿らしくなってきた。
一気に魔法が解けたような心地になる。
私はこの先もずっと籠の中に閉じ込められながら生きるの?蔑ろにされても、命の危険に晒されても、ずっと笑っていないといけないの?
──いいえ。綺麗な侯爵夫人の座を手に入れて笑っているだけの人生なんて、私は嫌だ。
「……ラインハルト様、失礼致しますね」
私は一つの決意を胸に、笑顔を貼り付けながら書斎を出るのだった。
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