4 / 53
3 光を失った日
しおりを挟む
ルーカスがいなくなった。
アメリアの嫌な予感は、的中した。
ヘイウッド侯爵家の令嬢、マーガレットのもとに――
ルーカスは引き取られていった。
~~~~~~~~~~~~~~~
裏庭でのやりとりでは、ルーカスは「申し訳ありません」とだけ口にしていた。
アメリアはそれが、丁重なお断りの言葉だと信じて疑わなかった。
マーガレットが名残惜しそうに帰った後も、ルーカスはいつも通りに振る舞っていたからだ。
ただ、時折、裏庭に視線を投げては溜息をつくことがあった。
その目線の先に、彼女が去っていった方角があると知ってからは、アメリアの胸はざわめき続けていた。
「ルーカス?」
「ん、アメリア。……どうかした?」
「ルーカスこそ、ぼーっとしてる。具合でも悪いの?」
ある日の午後、夕飯の食材のじゃがいもを裏庭の井戸水を使って2人は洗っていた。作業する手が止まりがちだったルーカスに気遣い、アメリアが声を掛けていた。
「大丈夫、少し眠いだけかな」
ルーカスはいつものように笑う。
「ほんとう?」
「うん」
「・・・・・・」
まるで誤魔化すようにじゃがいもを洗い始めた。
まだアメリアが納得していない雰囲気を感じとったのか、ルーカスがアメリアを見つめる。
その瞳に自分が映っている。けれど、そこに感情はない。
淡く、遠い。
優しいけれど、どこか空っぽな、友情の色だけが浮かんでいた。
「ルーカス、先に休んだら?残りの作業、私がやっておくよ」
ルーカスは目を見開いた。
「ダメだよ。アメリアは女の子なんだから、僕の分までやる必要なんてないよ」
おどけて腕に力こぶをつくってみせる。
「ほら、元気だってば」
その姿に安堵しつつも、アメリアは胸の奥に引っかかるものを感じていた。
これ以上、何かを聞くと、戻れなくなる気がして――踏み込めなかった。
そして、あの日が来た。
~~~~~~~~~~~~
数ヶ月後
神父様が王都へ出かけることになり、シスター二人とルーカスが同行することになった。
その朝、アメリアは教会の門前で掃き掃除をしていた。
豪奢な馬車が、ひときわ目立って門前に止まった。
扉に描かれた家紋は、アメリアには馴染みがなかったが、それが貴族のものだということは一目で分かった。
神父様とシスターたちが馬車に乗り込む。
最後に、ルーカスが門を振り返った。
――目が合った。
ルーカスは小さく手を振る。
アメリアも手を振り返した。
「気をつけて、いってらっしゃい」
「……うん」
ルーカスは頷いて、馬車に乗り込んだ。
それが――
孤児院で交わした、ルーカスとの最後の会話になった。
あの馬車は、ヘイウッド侯爵家のものだった。
ルーカスはそのまま侯爵家に引き取られた。
子どもたちに別れの挨拶をすることもなく。
それは、ルーカスの希望だったと後から聞いた。
「別れを言葉にしたら、もっと悲しくなるから――」と。
らしいといえば、らしい。
けれど。
けれども――
何も言えないまま、ただ置いていかれた事実が、アメリアの心を激しく揺さぶった。
それからというもの、アメリアはまるで光を失ったように落ち込んだ。
普段ならきれいに食べる食事も、ほとんど喉を通らなかった。
食事の時間、ルーカスが座っていた隣の席。
ぽつんと空いたその席に、無造作に置かれた食器がカチャリと音を立てる。
「ここ、座ってもいい?」
同い年のハンナがそう言って、隣に腰を下ろした。
「ルーカスがいなくなって、元気ないよね」
「……うん」
「ルーカスは人気者だったし。下の子たちもみんな寂しがってるよ」
「……そうだね」
「でもね、私たち年長組がしょんぼりしてたら、下の子たちはずっと悲しいままだよ」
「……」
「だからさ、ちゃんと食べよう? しっかりして、元気出そう」
「……うん」
ハンナの言葉は、あたたかくて、まっすぐだった。
それが沁みる。
「大人になったらさ、ルーカスに会いに行こうよ。画家になるんだもん、きっと画廊も開くよ」
マーガレット様の後ろ盾で、ルーカスは王立学園の美術科に進学できることになったという。
“パトロン”という言葉の意味も、最近になってようやく分かった。
才能ある芸術家を、資産家が支援する仕組み――よくある話らしい。
「でも、画廊なんて入ったら、絵を買わされちゃうかもね。絶対買えない値段でしょ」
ハンナが小声で続ける。
「昔の知り合い割引、してくれるかな。ルーカスなら優しいし!」
冗談めかしたその言葉に、アメリアはくすりと笑った。
ほんの少しだけ、心が和らぐ。
だけどその直後、ずしりと現実がのしかかる。
――もう、ルーカスとは違う道を歩いている。
もう、戻れない。
その事実だけが、なおさらアメリアを切なくさせた。
アメリアの嫌な予感は、的中した。
ヘイウッド侯爵家の令嬢、マーガレットのもとに――
ルーカスは引き取られていった。
~~~~~~~~~~~~~~~
裏庭でのやりとりでは、ルーカスは「申し訳ありません」とだけ口にしていた。
アメリアはそれが、丁重なお断りの言葉だと信じて疑わなかった。
マーガレットが名残惜しそうに帰った後も、ルーカスはいつも通りに振る舞っていたからだ。
ただ、時折、裏庭に視線を投げては溜息をつくことがあった。
その目線の先に、彼女が去っていった方角があると知ってからは、アメリアの胸はざわめき続けていた。
「ルーカス?」
「ん、アメリア。……どうかした?」
「ルーカスこそ、ぼーっとしてる。具合でも悪いの?」
ある日の午後、夕飯の食材のじゃがいもを裏庭の井戸水を使って2人は洗っていた。作業する手が止まりがちだったルーカスに気遣い、アメリアが声を掛けていた。
「大丈夫、少し眠いだけかな」
ルーカスはいつものように笑う。
「ほんとう?」
「うん」
「・・・・・・」
まるで誤魔化すようにじゃがいもを洗い始めた。
まだアメリアが納得していない雰囲気を感じとったのか、ルーカスがアメリアを見つめる。
その瞳に自分が映っている。けれど、そこに感情はない。
淡く、遠い。
優しいけれど、どこか空っぽな、友情の色だけが浮かんでいた。
「ルーカス、先に休んだら?残りの作業、私がやっておくよ」
ルーカスは目を見開いた。
「ダメだよ。アメリアは女の子なんだから、僕の分までやる必要なんてないよ」
おどけて腕に力こぶをつくってみせる。
「ほら、元気だってば」
その姿に安堵しつつも、アメリアは胸の奥に引っかかるものを感じていた。
これ以上、何かを聞くと、戻れなくなる気がして――踏み込めなかった。
そして、あの日が来た。
~~~~~~~~~~~~
数ヶ月後
神父様が王都へ出かけることになり、シスター二人とルーカスが同行することになった。
その朝、アメリアは教会の門前で掃き掃除をしていた。
豪奢な馬車が、ひときわ目立って門前に止まった。
扉に描かれた家紋は、アメリアには馴染みがなかったが、それが貴族のものだということは一目で分かった。
神父様とシスターたちが馬車に乗り込む。
最後に、ルーカスが門を振り返った。
――目が合った。
ルーカスは小さく手を振る。
アメリアも手を振り返した。
「気をつけて、いってらっしゃい」
「……うん」
ルーカスは頷いて、馬車に乗り込んだ。
それが――
孤児院で交わした、ルーカスとの最後の会話になった。
あの馬車は、ヘイウッド侯爵家のものだった。
ルーカスはそのまま侯爵家に引き取られた。
子どもたちに別れの挨拶をすることもなく。
それは、ルーカスの希望だったと後から聞いた。
「別れを言葉にしたら、もっと悲しくなるから――」と。
らしいといえば、らしい。
けれど。
けれども――
何も言えないまま、ただ置いていかれた事実が、アメリアの心を激しく揺さぶった。
それからというもの、アメリアはまるで光を失ったように落ち込んだ。
普段ならきれいに食べる食事も、ほとんど喉を通らなかった。
食事の時間、ルーカスが座っていた隣の席。
ぽつんと空いたその席に、無造作に置かれた食器がカチャリと音を立てる。
「ここ、座ってもいい?」
同い年のハンナがそう言って、隣に腰を下ろした。
「ルーカスがいなくなって、元気ないよね」
「……うん」
「ルーカスは人気者だったし。下の子たちもみんな寂しがってるよ」
「……そうだね」
「でもね、私たち年長組がしょんぼりしてたら、下の子たちはずっと悲しいままだよ」
「……」
「だからさ、ちゃんと食べよう? しっかりして、元気出そう」
「……うん」
ハンナの言葉は、あたたかくて、まっすぐだった。
それが沁みる。
「大人になったらさ、ルーカスに会いに行こうよ。画家になるんだもん、きっと画廊も開くよ」
マーガレット様の後ろ盾で、ルーカスは王立学園の美術科に進学できることになったという。
“パトロン”という言葉の意味も、最近になってようやく分かった。
才能ある芸術家を、資産家が支援する仕組み――よくある話らしい。
「でも、画廊なんて入ったら、絵を買わされちゃうかもね。絶対買えない値段でしょ」
ハンナが小声で続ける。
「昔の知り合い割引、してくれるかな。ルーカスなら優しいし!」
冗談めかしたその言葉に、アメリアはくすりと笑った。
ほんの少しだけ、心が和らぐ。
だけどその直後、ずしりと現実がのしかかる。
――もう、ルーカスとは違う道を歩いている。
もう、戻れない。
その事実だけが、なおさらアメリアを切なくさせた。
56
あなたにおすすめの小説
これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…
背徳の恋のあとで
ひかり芽衣
恋愛
『愛人を作ることは、家族を維持するために必要なことなのかもしれない』
恋愛小説が好きで純愛を夢見ていた男爵家の一人娘アリーナは、いつの間にかそう考えるようになっていた。
自分が子供を産むまでは……
物心ついた時から愛人に現を抜かす父にかわり、父の仕事までこなす母。母のことを尊敬し真っ直ぐに育ったアリーナは、完璧な母にも唯一弱音を吐ける人物がいることを知る。
母の恋に衝撃を受ける中、予期せぬ相手とのアリーナの初恋。
そして、ずっとアリーナのよき相談相手である図書館管理者との距離も次第に近づいていき……
不倫が身近な存在の今、結婚を、夫婦を、子どもの存在を……あなたはどう考えていますか?
※アリーナの幸せを一緒に見届けて下さると嬉しいです。
婚約破棄、ありがとうございます
奈井
恋愛
小さい頃に婚約して10年がたち私たちはお互い16歳。来年、結婚する為の準備が着々と進む中、婚約破棄を言い渡されました。でも、私は安堵しております。嘘を突き通すのは辛いから。傷物になってしまったので、誰も寄って来ない事をこれ幸いに一生1人で、幼い恋心と一緒に過ごしてまいります。
嘘が愛を試す時 〜君を信じたい夜に〜
月山 歩
恋愛
サラとマリウス・ハンプトン侯爵夫婦のもとに、衝撃的な告白を携えた男が訪れる。「隠れてサラと愛し合っている。」と。
身に覚えのない不貞の証拠に、いくらサラが誤解だと訴えてもマリウスは次第に疑念を深めてゆく。
男の目的はただ一つ、サラを奪うこと。
*こちらはアルファポリス版です。
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
『すり替えられた婚約、薔薇園の告白
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢シャーロットは幼馴染の公爵カルロスを想いながら、伯爵令嬢マリナの策で“騎士クリスとの婚約”へとすり替えられる。真面目なクリスは彼女の心が別にあると知りつつ、護るために名乗りを上げる。
社交界に流される噂、贈り物の入れ替え、夜会の罠――名誉と誇りの狭間で、言葉にできない愛は揺れる。薔薇園の告白が間に合えば、指輪は正しい指へ。間に合わなければ、永遠に
王城の噂が運命をすり替える。幼馴染の公爵、誇り高い騎士、そして策を巡らす伯爵令嬢。薔薇園で交わされる一言が、花嫁の未来を決める――誇りと愛が試される、切なくも凛とした宮廷ラブロマンス。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる