【完結】時計台の約束

とっくり

文字の大きさ
11 / 53

10 別れと再会

しおりを挟む
ーヘイウッド侯爵家ー



「…… お父様、申し訳ありませんでした」


 静まり返った応接室で、マーガレットは凛とした声で頭を下げていた。その隣に立つサミュエルも、黙して妹の横顔を見守っている。

 ヘイウッド侯爵は、難しい表情を崩さぬまま、娘を見据えた。

「……今さら言い訳は無用だ。どれほど本人に非がないとしても、婚約者を疑わせるような行動をとった事実がある以上、責任を問われても仕方あるまい」

「はい……」

「ただ、ミハエル殿の執着は度を越えている。あの男はもはや公爵家の名に泥を塗るような振る舞いをしている。こちらとしては婚約を解消したいと考えているが――」

 侯爵は一度言葉を切った。

「向こうが承知せぬ。となれば、表立って動くのは得策ではない。しばらく、表向きは“謹慎”として、お前を領地に避難させよう」

「……はい」

「それが、身の安全のためでもある」

 マーガレットは俯いたまま、静かに頷いた。

 そしてその夜遅く――。

 しんとした夜の空気の中、ルーカスはヘイウッド邸の裏手にある門をそっと開けた。

 まだ右腕は完全には動かない。それでも、荷物は最小限にまとめて背に背負った。

(……ここに、いてはいけない)

 そう呟くように胸の内で繰り返しながら、彼はひとり、邸をあとにした。


 ~~~~~~~~~~~

 城下の路地裏――。

 マーガレットの領地に移されたという噂が流れてから、数日後のことだった。

 雨がしとしとと降る薄曇りの午後。

 修道院帰りのアメリアは、街角で人だかりを見つけた。

「何かしら……?」

 近づいてみると、人々が口々に言っていた。

「若い男が倒れてる」
「服はボロボロだが、上品な顔立ちで……」「片腕を庇ってる、怪我人みたいだ」

 その言葉に胸が騒ぎ、アメリアは思わず人垣を押し分けた。
 そして――。

「……ルー・・・カス・・・ ?」

 そこに倒れていたのは、かつて孤児院でともに時を過ごし、数年前に別れたあの少年。
 今は青年となったその姿が、今にも消えそうな儚さで横たわっていた。

「ルーカス!!」

 彼女は駆け寄り、震える手でその顔に触れた。
 彼の睫毛が、わずかに動いた。

「……アメリア……?」

 掠れた声が、彼女の名を呼んだ。
 その声に、アメリアの目から涙がこぼれ落ちた。

「大丈夫よ、ルーカス、もう大丈夫。
 今度は私が、あなたを守るから。」



 ~~~~~~~~~~

 その夜、

アメリアはルーカスを抱えるようにして、
街にある宿の一室に彼を運び込んだ。

 アメリアは商会の寮で生活をしているため異性であるルーカスを部屋に入れることができない。


 職場の寮は食事も提供される。アメリアの日々の支出はわずかで、彼女の毎月の給金は孤児院への寄付と、未来のための貯金に充てていた。

 今はそれを使う時だった。

 ルーカスが安全に過ごせる場所を――と、迷いなく宿の一室を借りた。

「ルーカス、無理に話さなくていい。少し、ここで休んで」

 アメリアが湿らせた布で彼の額を拭くと、ルーカスはわずかに微笑んだ。


「……アメリア、どうして……」


「“どうして”なんて聞かないで。……
また、会えた。それだけで、私には十分なの」

 その言葉に、ルーカスの目から静かに涙が落ちた。



 


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

背徳の恋のあとで

ひかり芽衣
恋愛
『愛人を作ることは、家族を維持するために必要なことなのかもしれない』 恋愛小説が好きで純愛を夢見ていた男爵家の一人娘アリーナは、いつの間にかそう考えるようになっていた。 自分が子供を産むまでは…… 物心ついた時から愛人に現を抜かす父にかわり、父の仕事までこなす母。母のことを尊敬し真っ直ぐに育ったアリーナは、完璧な母にも唯一弱音を吐ける人物がいることを知る。 母の恋に衝撃を受ける中、予期せぬ相手とのアリーナの初恋。 そして、ずっとアリーナのよき相談相手である図書館管理者との距離も次第に近づいていき…… 不倫が身近な存在の今、結婚を、夫婦を、子どもの存在を……あなたはどう考えていますか? ※アリーナの幸せを一緒に見届けて下さると嬉しいです。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

婚約破棄、ありがとうございます

奈井
恋愛
小さい頃に婚約して10年がたち私たちはお互い16歳。来年、結婚する為の準備が着々と進む中、婚約破棄を言い渡されました。でも、私は安堵しております。嘘を突き通すのは辛いから。傷物になってしまったので、誰も寄って来ない事をこれ幸いに一生1人で、幼い恋心と一緒に過ごしてまいります。

嘘が愛を試す時 〜君を信じたい夜に〜

月山 歩
恋愛
サラとマリウス・ハンプトン侯爵夫婦のもとに、衝撃的な告白を携えた男が訪れる。「隠れてサラと愛し合っている。」と。 身に覚えのない不貞の証拠に、いくらサラが誤解だと訴えてもマリウスは次第に疑念を深めてゆく。 男の目的はただ一つ、サラを奪うこと。 *こちらはアルファポリス版です。

あなたが遺した花の名は

きまま
恋愛
——どうか、お幸せに。 ※拙い文章です。読みにくい箇所があるかもしれません。 ※作者都合の解釈や設定などがあります。ご容赦ください。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

『すり替えられた婚約、薔薇園の告白

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢シャーロットは幼馴染の公爵カルロスを想いながら、伯爵令嬢マリナの策で“騎士クリスとの婚約”へとすり替えられる。真面目なクリスは彼女の心が別にあると知りつつ、護るために名乗りを上げる。 社交界に流される噂、贈り物の入れ替え、夜会の罠――名誉と誇りの狭間で、言葉にできない愛は揺れる。薔薇園の告白が間に合えば、指輪は正しい指へ。間に合わなければ、永遠に 王城の噂が運命をすり替える。幼馴染の公爵、誇り高い騎士、そして策を巡らす伯爵令嬢。薔薇園で交わされる一言が、花嫁の未来を決める――誇りと愛が試される、切なくも凛とした宮廷ラブロマンス。

処理中です...