【完結】祈りの果て、君を想う

とっくり

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1 春のはざまにて

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冷たい風が丘の上を吹き抜け、野に咲くクロッカスの群れが揺れた。春が訪れつつあるとはいえ、この地〈エルディア〉に温もりが満ちるには、もうしばらく時間がかかる。

城下町の外れ、白い石造りの屋敷に、一人の少女が窓辺に腰掛けていた。リリエル・セイラン。セイラン子爵家の長女であり、この春、十八歳になる。
王都の学校には通わず、家庭教師をつけて後継者教育を受けている。

リリエルの栗色の髪は、光に透けると淡い蜂蜜色に揺れ、耳元でふんわりと結われている。

瞳は柔らかな灰緑で、目が合うたびに、
深い慈愛と優しさがこちらに届いてくるようだった。

肌は白磁のように繊細で、笑うとほんのりと赤みを帯び、それがまた彼女の儚げな雰囲気を引き立てた。万人が一目で振り返るような派手さはない。

まるで、
風に揺れる草原に咲いた一輪の花。
飾らず、主張せず、それでも忘れられない──そんな美しさを持っていた。

細く整った指が刺繍針を握り、膝の上に広げた布へ慎ましく花模様を縫い重ねている。


「また刺してるの?朝からずっとじゃない」


明るい声がして、部屋に入ってきたのは妹のミレイアだった。ミレイアの髪は、白金に近い明るい金色で波のように豊かに流れ、その一房が風に踊るだけで人々の視線をさらった。

瞳は透き通るような青。冷たさではなく、魅了する強さと無垢な輝きに満ちていた。

その顔立ちは、まさに“絵画に描かれる貴族の令嬢”。額から鼻筋、口元に至るまでが調和され、どの角度から見ても完璧な美しさだった。

彼女が微笑めば、誰もが心を奪われた。
歩くだけで周囲の空気が変わり、振り返らずにはいられない。その存在そのものが、まるで華やかに咲き誇る一輪の薔薇のようだった。


「お姉様、外が気持ちいいわ。せっかくラズが来るんだから、庭園でお会いしたら?」


ラズ──ラズヴェル・エイル。リリエルの婚約者。王国西部の名家エイル伯爵家の次男で、王都で騎士をしている。領地が隣という事もあり、家族ぐるみの長い付き合いがある。

リリエルはセイラン家の長女であり、家督を継ぐよう教育をされてきた。隣家のラズヴェルは次男であり、歳もリリエルと同じということで、両家の意向により、幼き頃より婚約が結ばれていた。互いに育ちを知っている分、淡い友愛のような関係を保っていた。

「ええ、もう、そんな時間になるかしら・・・。
久しぶりにお会いするから、何を話したら良いか・・・緊張してしまうわ。」

「話すことなんてなくてもいいのよ。
ただ、そばにいるだけで」

ミレイアの言葉に、リリエルはそっと目を伏せた。妹のように自然に人と接することができたら──そんなふうに思うのは、一度や二度ではなかった。


幼き頃は良かった。男女の間柄など気にせずに他愛のない遊びをし、日が暮れるまで楽しんだ。

年頃になり、お互いに、紳士・淑女教育が始まってから少し距離が出来たように感じていた。


昔の思い出を懐かしでいたその時、玄関の扉が開く音が聞こえた。控えめな足音が廊下を渡り、ノックがされた。


「リリエル?入っても良いだろうか?」


その声にリリエルの手が止まる。やわらかな低音、けれどどこか硬さを含む丁寧な響き。ラズだった。


「……はい、どうぞ」


扉が開かれ、一人の青年が姿を見せた。

長身で、無駄のない引き締まった体躯は騎士としての鍛錬の証。
肩まで流れる銀灰色の髪は陽光を受けて淡く光り、風に揺れるたび、まるで絹のように滑らかに見えた。

けれど何より人の目を奪うのは、その顔立ちだった。

涼しげな目元は、どこか憂いを帯びていて、見る者の胸に淡い痛みを残す。
色素の薄い灰青の瞳は、感情を深く湛えながらも、常に理性を手放さない鋭さを持っていた。

通った鼻筋と、引き締まった口元には、隙のない静謐な気品が漂う。

彼が街を歩けば、誰もが振り返る。
けれど、そのどこか遠くを見るような視線のせいで、誰も近づけない。
まるでこの世に属さぬ者のように、美しく、冷ややかに、孤高に存在していた。

「久しぶりに、休みがもらえたので、会いに来たのだが・・・変わりなかったかい?」


「ええ、変わりなく過ごしておりました。」


ぎこちないやり取りのあと、
数秒の沈黙が訪れる。
その空気を破ったのは、ミレイアだった。


「じゃあ、私はお庭に行ってくるね!邪魔者は退散します。」


からかうような笑みを浮かべて、ミレイアは軽やかな足取りでまるで花の精のように部屋を出て行った。

その背を見送ったラズの横顔に、一瞬、何かが走った。


それが哀しみだったのか、それとも別の感情だったのか──

リリエルはそのとき、まだ気づいていなかった。

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