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14 名のない願い
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リリエルは修道院に身を寄せてから
毎朝、礼拝堂で祈りを捧げている。
祈りの言葉は、毎朝のように口をついて出る。
「この世界に、癒しと平穏が満ちますように」
「愛しき人々が、幸せでありますように」
けれど、
夜になると時折、喉の奥で飲み込む言葉がある。
──私も、誰かに必要とされたい。
──誰かに、名前を呼ばれて、笑ってほしい。
──私を、私として見てほしい。
それは、声に出したらすぐに“わがまま”だと否定してしまうような、小さな、けれど決して消えない願い。
ミレイアのように人の心を惹きつけることはできない。
ラズの心を得ることもなかった。
けれど、誰かが私の存在を、祈りでも美徳でもなく、“リリエル”というただの人間として愛してくれたら──
それは、神に捧げる祈りとは違う、
もっと生々しくて、もっと人間らしい、
名もなき願い。
そして今、その願いに、ユリアンという名が触れた気がした。
彼は何も求めず、ただ私の傷を見て、
“君のままでいい”と言ってくれた。
──それは、とても温かくて、
怖いくらいに、私の胸を満たす。
名のない願い。
それは、もしかしたら“愛されたい”という、誰にでもある普通の気持ち。
けれど私にとって、それは叶うはずのない願いだった。
それでも。
もし、あの人が……
もしユリアンが、祈りの外にいる私を見てくれるなら。
ほんの少しだけ、その願いに、名前を与えてもいいのだろうか。
~~~~~~~~~~
(ユリアン視点)
最初に彼女を見たときの印象は──「静かな人だな」だった。
控えめで、気配を消すように立ち、
誰よりも小さな声で、誰よりも他人を気遣う。
けれど、その静けさの奥には、不思議な芯の強さがあるように思えた。
リリエルという修道女に出会ってから、
ユリアンはこの修道院に足を運ぶ機会が増えた。
もっとも、本人は「気まぐれ」だと言っていたが、それが本当でないことは彼自身が一番よく知っていた。
「また、いらしたのですね」
「ん? 祈りの時間でも邪魔しちまったかな」
「いえ。お茶をお淹れしましょうか?」
そう言って微笑んだ彼女の顔を見たとき、
ふと胸が掴まれるような感覚があった。
綺麗だと思った。
でも、それは世俗的な意味ではない。
光を透かしたような肌、目立たないけれど優しい目元。
一言で言えば、「儚い美しさ」だった。
だが、それ以上に彼の目を離せなくさせたのは、
その奥にある“静かな諦め”だった。
彼女は、なにも求めない。
誰かに愛されることも、報われることも。
ただ、誰かの幸せを祈ることだけを自分の存在意義にしていた。
──そんなの、まるで“自分には価値がない”とでも言ってるようじゃないか。
ユリアンは、そういうものに弱かった。
戦場でも、宮廷でも、心を殺して生きる人間を幾度となく見てきた。
彼女の中にある「諦め」は、そうした人間たちのものとは少し違っていて、
もっと、清くて、けれど……どこか、胸が痛くなるほどに切実だった。
彼女が少し笑うたびに、
その笑顔が、“誰かのために作られたもの”だと感じるたびに──
ユリアンの心の奥で、何かがふっと揺れた。
「……どうしてそんなふうに笑うんだ?」
「え?」
「誰かのための笑顔じゃなくて、君自身の笑顔を見たい」
思わず口からこぼれたその言葉に、
彼女がほんの一瞬だけ、驚いたように目を見開いた。
そして、すぐに、困ったように目を伏せた。
「……私は、幸せになるつもりはありません」
「なら、俺が願ってやる。君が幸せになれるようにって」
そのとき彼女が見せた表情は、
まるで「そんなこと、誰にも言われたことがない」と言っているようだった。
その表情に、ユリアンははっきりと自覚した。
──この人を、もっと知りたい。
この穏やかな修道女が抱える、静かな悲しみのすべてを。
そして、彼女が自分自身のために笑える日が来るなら、
その笑顔の理由に、自分がなれたらいいとさえ思っていた。
無意識に向けていた視線。
小さな変化に気づいてしまう自分。
本当はもう、惹かれ始めていた。
気まぐれでも、暇つぶしでもない。
ユリアンは今、本気でひとりの女性に心を奪われつつあった。
毎朝、礼拝堂で祈りを捧げている。
祈りの言葉は、毎朝のように口をついて出る。
「この世界に、癒しと平穏が満ちますように」
「愛しき人々が、幸せでありますように」
けれど、
夜になると時折、喉の奥で飲み込む言葉がある。
──私も、誰かに必要とされたい。
──誰かに、名前を呼ばれて、笑ってほしい。
──私を、私として見てほしい。
それは、声に出したらすぐに“わがまま”だと否定してしまうような、小さな、けれど決して消えない願い。
ミレイアのように人の心を惹きつけることはできない。
ラズの心を得ることもなかった。
けれど、誰かが私の存在を、祈りでも美徳でもなく、“リリエル”というただの人間として愛してくれたら──
それは、神に捧げる祈りとは違う、
もっと生々しくて、もっと人間らしい、
名もなき願い。
そして今、その願いに、ユリアンという名が触れた気がした。
彼は何も求めず、ただ私の傷を見て、
“君のままでいい”と言ってくれた。
──それは、とても温かくて、
怖いくらいに、私の胸を満たす。
名のない願い。
それは、もしかしたら“愛されたい”という、誰にでもある普通の気持ち。
けれど私にとって、それは叶うはずのない願いだった。
それでも。
もし、あの人が……
もしユリアンが、祈りの外にいる私を見てくれるなら。
ほんの少しだけ、その願いに、名前を与えてもいいのだろうか。
~~~~~~~~~~
(ユリアン視点)
最初に彼女を見たときの印象は──「静かな人だな」だった。
控えめで、気配を消すように立ち、
誰よりも小さな声で、誰よりも他人を気遣う。
けれど、その静けさの奥には、不思議な芯の強さがあるように思えた。
リリエルという修道女に出会ってから、
ユリアンはこの修道院に足を運ぶ機会が増えた。
もっとも、本人は「気まぐれ」だと言っていたが、それが本当でないことは彼自身が一番よく知っていた。
「また、いらしたのですね」
「ん? 祈りの時間でも邪魔しちまったかな」
「いえ。お茶をお淹れしましょうか?」
そう言って微笑んだ彼女の顔を見たとき、
ふと胸が掴まれるような感覚があった。
綺麗だと思った。
でも、それは世俗的な意味ではない。
光を透かしたような肌、目立たないけれど優しい目元。
一言で言えば、「儚い美しさ」だった。
だが、それ以上に彼の目を離せなくさせたのは、
その奥にある“静かな諦め”だった。
彼女は、なにも求めない。
誰かに愛されることも、報われることも。
ただ、誰かの幸せを祈ることだけを自分の存在意義にしていた。
──そんなの、まるで“自分には価値がない”とでも言ってるようじゃないか。
ユリアンは、そういうものに弱かった。
戦場でも、宮廷でも、心を殺して生きる人間を幾度となく見てきた。
彼女の中にある「諦め」は、そうした人間たちのものとは少し違っていて、
もっと、清くて、けれど……どこか、胸が痛くなるほどに切実だった。
彼女が少し笑うたびに、
その笑顔が、“誰かのために作られたもの”だと感じるたびに──
ユリアンの心の奥で、何かがふっと揺れた。
「……どうしてそんなふうに笑うんだ?」
「え?」
「誰かのための笑顔じゃなくて、君自身の笑顔を見たい」
思わず口からこぼれたその言葉に、
彼女がほんの一瞬だけ、驚いたように目を見開いた。
そして、すぐに、困ったように目を伏せた。
「……私は、幸せになるつもりはありません」
「なら、俺が願ってやる。君が幸せになれるようにって」
そのとき彼女が見せた表情は、
まるで「そんなこと、誰にも言われたことがない」と言っているようだった。
その表情に、ユリアンははっきりと自覚した。
──この人を、もっと知りたい。
この穏やかな修道女が抱える、静かな悲しみのすべてを。
そして、彼女が自分自身のために笑える日が来るなら、
その笑顔の理由に、自分がなれたらいいとさえ思っていた。
無意識に向けていた視線。
小さな変化に気づいてしまう自分。
本当はもう、惹かれ始めていた。
気まぐれでも、暇つぶしでもない。
ユリアンは今、本気でひとりの女性に心を奪われつつあった。
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