【完結】祈りの果て、君を想う

とっくり

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22 王家の遣い

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 朝の祈りを終えたリリエルは、掃き掃除のため庭へ向かっていた。

 ふと視線の先、木陰にユリアンの姿を見つける。彼は誰かと話しているようだった。見知らぬ男性。上質な生地の衣服に、高慢な立ち居振る舞い──貴族階級の者だとすぐに分かる。

(ユリアンさんのお知り合い……?)

 気になりながらも、無作法にならぬようにと気を配りつつ、彼らの横を通り過ぎる。だが、風に乗ってふと耳に届いた言葉に、リリエルは足を止めかけた。

「……様っ!」

 明らかに、敬称。それは目上の者、あるいは王侯貴族に対してのみ使われるもの。

(“様”?……ユリアンさんに?)

 思わず振り返りそうになる衝動を堪え、リリエルはそっと視線を落とした。ユリアンもまた、こちらに一瞬目を向けた──だが、すぐに何事もなかったかのように話を続ける。

 胸の奥に、名状しがたいざわめきが灯る。彼の深刻そうな表情が焼き付いて離れなかった。

(ユリアンさん……一体、何を抱えているの?)

 手にした箒の動きはぎこちなく、心はどこか、ユリアンの影に捕らわれたままだった。


 ~~~~~~~~~~~

 (ユリアン視点)


 ──リリエルとすれ違う、1時間前。


 修道院の裏手、苔むした古井戸の前。ユリアンはじっと空を見上げていた。

 昨日の夕暮れ、あの視線を感じたことを思い出す。鐘の音が風に溶けていくなか、確かにあった人の気配。けれど、姿はなかった。

「……また来てたか」

 呟きは風に消える。あれが、王家が放った“影”であることに、もう驚きはない。

 軍を抜け、旅人になってから定期的にその気配を感じていた。
 半月に一度か、数ヶ月に一度か──見られている、という確信は、この修道院に通うようになっても変わらなかった。もはや感覚ではなく、実感に近かった。


「俺の命が、まだ必要なのか。それとも、ただ邪魔なのか……」


 かすかな苦笑が漏れる。王家の血を捨て、名を捨て、死んだ者として生きてきた。それでもなお、自分は過去に縛られている。名もなく、穏やかな生活を手に入れたはずなのに、心のどこかに“燻る火種”があることを、ユリアン自身が誰よりよく知っていた。


 だからーーーー
 朝早くから、この修道院に訪れ自分と接触してきた者が、王家の影のものと思っていた。



「ユリアン様」



 その声に振り向くと、見慣れぬ男が立っていた。だが、その風格と立ち居振る舞いには、覚えがある。王宮時代、父王の側近の一人──旧派閥の中心人物。影ではなかった。
 

「第五王子ユリアン様。
……今こそ、お戻りいただきたい」


「……何を言ってるんだ?」


 男の言葉は熱を帯びていたが、ユリアンの表情は冷ややかだった。

「第一王子、エルネスト殿下がお亡くなりになりました」


 時間が止まったような感覚。だが、ユリアンの顔には動揺の色ひとつ浮かばなかった。


「……そうか。兄上が」


 まるで、遠く離れた国の、名前も知らぬ王の死を聞いたかのように。

「俺は、王族じゃない。あそこに戻るつもりはない」


 静かに告げるユリアンの言葉を、男は薄く笑って受け流した。

「相変わらずですな。
 ──理想ばかりを追い、自分の立場を弁えようとしない」

 その口調には、失望を装った侮蔑が滲んでいた。


「第二王子殿下は戦傷により軍務を退かれ、今では酒と女に溺れ、軍も貴族も見限った。第三王子に至っては妃の実家の傀儡同然。……おわかりですか? もはや“選べる”立場にあるのは、あなたしかいないのです」


 ユリアンは目を細めた。


「……エルネスト兄上には息子がいる。あの子が王位を継げばいい」


「十歳の子供に何ができましょう? 
王位が空席のままでは民心は離れ、貴族たちも不安に駆られ動き始めます」

「だから何だ」

「陛下もご病気を抱えておられる今、幼子に王冠を預けるなど、無謀にもほどがある。──今この国に必要なのは、“血筋”ではなく、“すぐに動ける器”です。
 そして、あなたはもう二十三。王の器として、これ以上にふさわしい者などいないのです」


「……俺は、スペアとして生まれた人間だ。あの人が死んだ時の“代わり”……けれど、“代わり”になれるほどには、完成されてもいなかった。何の価値もないと、ずっとそう言われて育ってきた。今さら何を言われても、信じる気にはなれない」


 ユリアンの低い声に怒気が滲むが、男は眉ひとつ動かさない。

「それは過去の話です、殿下。
 時勢が変われば、立場も変わる。──今はあなたが“使える駒”だと、そういうことです」

 まるで駒を盤に置くように、男は当然のように言った。

「我々は、あなたの才能も血も、美貌さえも、すべて承知していました。
 だからこそ、こうして“拾ってやっている”のです」

 その言葉に、ユリアンの表情が凍りついた。

「拾って……?」

「ええ。あなたは死んだことになっている。身分を捨て、影のように生きていた。
 しかし、今や“それ”すら利用価値があるということです。──我々は、あなたに王冠を与える。名誉も、権力も、再び手に入る」


「……都合のいい時だけ、“王子”に戻れと?」

 声が震えるほど低くなった。

「お前たちは、黙って見ていた。
 俺がこの世から“消される”のを。王家から捨てられ、誰一人助けようとしなかった。──それが、“拾ってやっている”だと?」

 ユリアンの瞳に、怒りというより、深い冷たさが宿った。

「俺は、あんたらのために生きてきたわけじゃない。誰のためでもない。
 今さら“期待していた”などと……都合のいい口をきくな」

 ユリアンの胸の奥に熱がこもる。

 かつて王宮の片隅で、息を潜めるようにして過ごした少年の日々。

 “お前はあくまで予備スペアだ”と冷たく告げられ続けたあの記憶が、再び彼の中で疼き始めていた。




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