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21 不在がつげるもの③
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(ミレイア視点)
春に学園へ入学してから、季節はめぐり、秋を迎えようとしていた。
午後の授業が終わった中庭は、いつもより静かだった。木々の葉は赤や黄色に染まり、風が吹くたびに、はらはらと地面へ舞い落ちていく。
ミレイアは、ひんやりと冷たいベンチにそっと腰を下ろした。手帳を広げて、授業の復習を書くつもりだったのに、手は止まったまま、目だけが宙をさまよっていた。風に舞う落ち葉を見つめながら、ぼんやりと時間が過ぎていく。
そのとき、ふいに差し込む影。
「ミレイア?」
振り返ると、そこにはラズが立っていた。制服の上に黒いコートを羽織り、手にはあたたかそうな紙包みを抱えている。
「寒くないか?」
「少しね。でも、この冷たい風、嫌いじゃないの」
そう答えると、ラズはふっと笑いながら紙包みを差し出した。
「焼き菓子を買ったんだ。一緒に食べないか?」
「ラズが? 珍しいわね」
「焼きたての香りに負けたんだよ」
照れくさそうに笑う彼に、ミレイアの胸が小さく跳ねる。紙包みの中には、ふっくらと焼きあがったアーモンドケーキが二切れ。あたたかく香ばしい匂いが、ふわりと鼻をくすぐった。
「どうして……私に?」
問いかけた声は、自分でも驚くほど小さかった。
ラズは少し目を細めて、柔らかな声で答えた。
「君が甘いもの、好きなの知ってたから」
その一言に、胸の奥がそっと揺れた。
──気づいてくれていた。
彼と話す機会は増えていた。けれど、そんなささいなことまで覚えてくれていたなんて、思いもしなかった。
手を伸ばしかけた指先がふと止まる。視線は自然と、彼の横顔に引き寄せられていた。木漏れ日が彼の睫毛を照らし、頬に柔らかな影を落としている。
そんな彼の横顔に、言葉にならない想いが滲んでいく。
ラズは、ふとミレイアの視線に気づき、目を合わせた。
「いつも楽しそうに見えるけど……最近、ちょっと元気がない気がして。……気になってたんだ」
彼は言葉を選ぶように、そっと尋ねた。
「大丈夫か?」
その一言に、胸の奥がきゅう、と締めつけられる。
──どうして、こんなにも優しいの。
ラズへの想いを、ミレイアは少しずつ自覚しはじめていた。けれど、彼は“姉の婚約者”。その事実が、心に重くのしかかる。喜びと、痛みと、迷いとがないまぜになって、言葉にならなかった。
たぶん──無意識に、そのことばかり考えていたのかもしれない。
だから、知らず知らずのうちに表情に出ていたのだろう。
──ラズが、私を見てくれていた。
そのことが、嬉しくて、苦しかった。
たったひとこと。たった一瞬の気遣いが、胸に確かな灯りを灯していく。
その日以来、ミレイアははっきりと感じるようになった。
ラズの視線が、誰よりも自分に向けられていることを。
他の誰でもない、「自分」を見てくれている。その実感が、心を温かく満たしていく。
けれど同時に、胸の奥に、じわりと影が落ちる。
──彼は、姉の婚約者なのに。
惹かれてはいけない。そう思えば思うほど、彼の優しさが胸に沁みる。
彼の視線に宿る、かすかな想い。それが自分に向けられていると感じるたび、心が揺れる。
そして──
ミレイアの中で、静かに、けれど確かに、何かが始まりつつあった。
~~~~~~~~~~~
そして、現在ーーー
ミレイアは、姉の婚約者から、自分の婚約者となったラズを思い出している。
(……思えば、あの学園時代が、いちばん良かったのかもしれない)
最近のラズには、どこか違和感があった。かつてのような笑顔が薄れ、言葉の温度もどこか遠い。
その変化が、ミレイアの心にぽっかりと空洞をつくっていた。
まるで、誰かに大切なものをそっと抜き取られたような、そんな喪失感。
それでも、まだ彼の背を追ってしまう自分がいる。
春に学園へ入学してから、季節はめぐり、秋を迎えようとしていた。
午後の授業が終わった中庭は、いつもより静かだった。木々の葉は赤や黄色に染まり、風が吹くたびに、はらはらと地面へ舞い落ちていく。
ミレイアは、ひんやりと冷たいベンチにそっと腰を下ろした。手帳を広げて、授業の復習を書くつもりだったのに、手は止まったまま、目だけが宙をさまよっていた。風に舞う落ち葉を見つめながら、ぼんやりと時間が過ぎていく。
そのとき、ふいに差し込む影。
「ミレイア?」
振り返ると、そこにはラズが立っていた。制服の上に黒いコートを羽織り、手にはあたたかそうな紙包みを抱えている。
「寒くないか?」
「少しね。でも、この冷たい風、嫌いじゃないの」
そう答えると、ラズはふっと笑いながら紙包みを差し出した。
「焼き菓子を買ったんだ。一緒に食べないか?」
「ラズが? 珍しいわね」
「焼きたての香りに負けたんだよ」
照れくさそうに笑う彼に、ミレイアの胸が小さく跳ねる。紙包みの中には、ふっくらと焼きあがったアーモンドケーキが二切れ。あたたかく香ばしい匂いが、ふわりと鼻をくすぐった。
「どうして……私に?」
問いかけた声は、自分でも驚くほど小さかった。
ラズは少し目を細めて、柔らかな声で答えた。
「君が甘いもの、好きなの知ってたから」
その一言に、胸の奥がそっと揺れた。
──気づいてくれていた。
彼と話す機会は増えていた。けれど、そんなささいなことまで覚えてくれていたなんて、思いもしなかった。
手を伸ばしかけた指先がふと止まる。視線は自然と、彼の横顔に引き寄せられていた。木漏れ日が彼の睫毛を照らし、頬に柔らかな影を落としている。
そんな彼の横顔に、言葉にならない想いが滲んでいく。
ラズは、ふとミレイアの視線に気づき、目を合わせた。
「いつも楽しそうに見えるけど……最近、ちょっと元気がない気がして。……気になってたんだ」
彼は言葉を選ぶように、そっと尋ねた。
「大丈夫か?」
その一言に、胸の奥がきゅう、と締めつけられる。
──どうして、こんなにも優しいの。
ラズへの想いを、ミレイアは少しずつ自覚しはじめていた。けれど、彼は“姉の婚約者”。その事実が、心に重くのしかかる。喜びと、痛みと、迷いとがないまぜになって、言葉にならなかった。
たぶん──無意識に、そのことばかり考えていたのかもしれない。
だから、知らず知らずのうちに表情に出ていたのだろう。
──ラズが、私を見てくれていた。
そのことが、嬉しくて、苦しかった。
たったひとこと。たった一瞬の気遣いが、胸に確かな灯りを灯していく。
その日以来、ミレイアははっきりと感じるようになった。
ラズの視線が、誰よりも自分に向けられていることを。
他の誰でもない、「自分」を見てくれている。その実感が、心を温かく満たしていく。
けれど同時に、胸の奥に、じわりと影が落ちる。
──彼は、姉の婚約者なのに。
惹かれてはいけない。そう思えば思うほど、彼の優しさが胸に沁みる。
彼の視線に宿る、かすかな想い。それが自分に向けられていると感じるたび、心が揺れる。
そして──
ミレイアの中で、静かに、けれど確かに、何かが始まりつつあった。
~~~~~~~~~~~
そして、現在ーーー
ミレイアは、姉の婚約者から、自分の婚約者となったラズを思い出している。
(……思えば、あの学園時代が、いちばん良かったのかもしれない)
最近のラズには、どこか違和感があった。かつてのような笑顔が薄れ、言葉の温度もどこか遠い。
その変化が、ミレイアの心にぽっかりと空洞をつくっていた。
まるで、誰かに大切なものをそっと抜き取られたような、そんな喪失感。
それでも、まだ彼の背を追ってしまう自分がいる。
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