【完結】祈りの果て、君を想う

とっくり

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23 突然の来訪者

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 ユリアンが謎の人物と接触する様子を目撃してから、数日が経っていた。

 その後しばらく、ユリアンの様子にはどこか違和感があった。本人は気づかれまいと努めていたが、リリエルには微かな変化が感じ取れた。

 けれど彼女はあえて、あの日庭の木陰ですれ違った出来事には触れず、いつも通りの態度でユリアンに接していた。

 ──そんなある日。

 秋のやわらかな光が差し込む修道院の回廊に、一台の見慣れぬ馬車が、音もなく停まった。

 ちょうどその頃、リリエルは洗濯物を干すために裏庭へ向かっていた。

 風に揺れる木の葉が、さやさやと穏やかな音を立てる、のどかな午後のことだった。

 そこへ、修道女のひとりがそっと近づき、リリエルの耳元で囁いた。

「……ミレイア様がお見えです」

 その瞬間、リリエルの腕の中で揺れていた洗濯物が、わずかに震えた。
 胸の奥に、かすかなざわめきが走る。まるで、過去にしまいこんだ感情が、一気に波紋を広げるように。


(ミレイアが……?)


 視線を向けると、馬車の脇に立つ侍女に手を引かれて、ミレイアがゆっくりと降り立つ姿があった。
 陽の光を受けたその姿は、かつての華やかさを保ちながらも、どこかに翳りを宿していた。

 ミレイアもまたリリエルに気づき、迷いなく声を張り上げる。


「お姉様――っ!」


 その声に、リリエルは胸を突かれたように立ち尽くした。

 かつて、どれほど愛おしく、そして遠く感じていた声か。今、その声が、まっすぐに自分を呼んでいる。

 ミレイアは迷いのない足取りで近づいてくる。けれど、その瞳の奥には、言葉にはできない複雑な感情が滲んでいた。

「……会いたかったの」

 その一言には、懐かしさと共に、どうしても拭いきれない後ろめたさが宿っていた。

 二人は言葉少なに、修道院の奥の応接室へと向かって歩き出す。

 石畳の上に響く姉妹の足音が、静寂の中に優しく重なった。

 やがて、ミレイアがふと足を止め、リリエルを見上げる。


「お姉様……ラズのこと、ずっと言えなくて……ごめんなさい」

 リリエルは立ち止まり、表情を曇らせることなく、その言葉を静かに受け止めた。

「本当は……お姉様がラズを想っていたって、分かってた。でも、それでも……あの人のことが、好きになってしまって……」

 ミレイアの声は震え、伏せたまぶたの下から涙がひとすじ、頬を伝って落ちた。


「ごめんなさい。私は……お姉様から、大切なものを奪ってしまったのかもしれない」

 耐えきれずあふれた涙に、リリエルは黙って近くのベンチを指差した。

 二人は肩を並べて腰を下ろす。

 しばらくして、ミレイアがぽつりと口を開いた。


「……本当はね、ずっと怖かったの。お姉様に嫌われるんじゃないかって。私のことを、裏切り者だって思ってるんじゃないかって……」

 リリエルは、やわらかな眼差しでミレイアを見つめる。

「そんな風に思っていたの?」

 そっとため息をつき、微笑んで首を振った。

「私が彼に想いを寄せていたのは確か。でも、それは……報われない片想いだったのでしょう。彼が誰を選ぶか、誰を愛するかは彼の意思。あなたのせいではないわ」

 そう言って、リリエルはそっとミレイアの背に手を添えた。

「私も、自分の気持ちに気づきながら、見ないふりをしていた。あなたと彼を“見守っているつもり”で……実は、ただ逃げていただけ。そんな私に、人を責める資格なんてない」

 ミレイアははっと顔を上げ、姉を見つめた。

 その表情は、まるで光を宿したかのようにやさしく、あたたかかった。

 長く張り詰めていた想いが、その静けさの中で、そっとほどけていく。

「私たちは姉妹よ。血のつながりだけじゃない。私はあなたを大切に思ってる。その気持ちは、これまでも、これからも変わらないわ」

 その言葉に、ミレイアは何も言えなかった。

 こぼれ落ちた涙は、もはや罪でも後悔でもない。それは、許され、抱きしめられた安堵の涙だった。

「……ありがとう、お姉様」

 小さな声で呟いたその言葉に、リリエルは静かに頷いた。

「あなたが幸せになることを、私は心から願ってる。だから、自分を責めるのは、もうやめて」

 ミレイアは堰を切ったように涙を流した。
 リリエルはその肩を優しく抱き寄せ、ふたりは静かに寄り添った。

 少し離れた庭の一角から、ユリアンがその光景を見守っていた。
 何も言葉はなかったが、その瞳には、深い思慮と静かな決意が宿っていた。
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