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あれほどまでに盛大で、華やかだった披露宴も、ついに、お開きの時を迎えた。
私と殿下は、会場を埋め尽くした、たくさんの招待客たちの、温かい拍手と祝福の言葉に見送られながら、大宴会場を後にした。
そして、向かう先は。
王宮の最上階に、新たに用意された、私たち二人だけのための、新居。
その、寝室。
その事実を、改めて認識した瞬間、私の心臓は、今までにないくらい、大きく、そして、激しく、高鳴り始めた。
これから、訪れるであろう、夫婦としての、初めての夜。
いわゆる、初夜、というもの。
そのことを考えると、もう、顔から火が出そうなくらい、熱くなってくるのが分かった。
私たちは、静まり返った、長い、長い、王宮の廊下を、二人きりで、歩いていく。
殿下は、何もおっしゃらない。
けれど、私と繋がれた、その手のひらに、いつもより、力がこもっているような気がして。それが、彼の緊張なのか、それとも、期待なのかは分からなかったけれど、私の緊張も、それに比例して、どんどん、高まっていく。
やがて、たどり着いたのは、白亜の、美しい彫刻が施された、大きな扉の前だった。
侍従が、恭しく、その扉を開けてくれる。
中に足を踏み入れた瞬間、私は、思わず、ため息を漏らした。
そこは、私が今まで見た、どんな部屋よりも、豪華で、そして、ロマンチックな空間だった。
部屋の中央には、天蓋付きの、巨大なベッド。そのシーツは、最高級のシルクで出来ているのだろう、月の光を浴びて、滑らかに輝いている。
暖炉には、柔らかな炎が、ぱちぱちと、静かな音を立てていた。
そして、大きな窓の外に広がるバルコニーからは、宝石を散りばめたような、王都の美しい夜景が、一望できた。
部屋中に、飾られた、祝福の花々の、甘い香り。
すべてが、完璧だった。
私たちの、初めての夜のために。
「……アイ」
背後で、扉が閉まる音がして、部屋には、本当に、二人きりになった。
殿下の、少しだけ掠れた声に、私の肩が、びくり、と跳ねる。
「疲れただろう。まずは、その、重いドレスを、脱いだらどうだ?」
その、あまりにも直接的な言葉に、私の心臓は、破裂寸前だった。
「は、はい……!」
私は、かろうじて、そう答えると、ドレスの後ろの、編み上げに、手を伸ばした。
けれど、この、マダム・ブランシェの最高傑作であるドレスは、あまりにも精巧に作られすぎていて、とてもではないが、私一人の手では、解くことができそうにない。
私が、悪戦苦闘していると、背後から、殿下が、くすりと笑う気配がした。
「……手伝おうか?」
「……お、お願い、いたします」
殿下は、私の背後に立つと、その、節くれだった、男らしい指先で、ドレスの、細いリボンに、触れた。
彼の指先が、私の、無防備な背中に、触れる。
そのたびに、私は、びくん、びくん、と、体を震わせてしまう。
緊張と、期待と、そして、少しばかりの恐怖で、もう、どうにかなってしまいそうだった。
彼の、熱い吐息が、すぐ、うなじにかかる。
ああ、いよいよ、なのだ。
私が、そう、覚悟を決めて、ぎゅっと、目を閉じた、その時だった。
私の背中にあった、殿下の指が、ふと、その動きを、止めたのだ。
「……殿下?」
不思議に思って、私が、振り返ろうとすると。
殿下は、私の肩を、優しく押さえて、それを、制した。
そして、私の耳元で、こう、囁いた。
その声は、どこか、悪戯を企んでいる子供のように、楽しげな響きを持っていた。
「ああ、すまない、アイ」
「その、美しいドレスを、完全に脱がせてしまう、その前に」
「まだ、やり残したことが、一つだけあったのを、思い出したんだ」
「え……?」
私は、きょとんとして、聞き返す。
「やり残したこと、ですか……? こんな、夜更けに、一体、何を……」
すると殿下は、私の背後から、すっと離れると、部屋の隅に、いつの間にか置かれていた、銀色のワゴンへと、近づいていった。
そのワゴンは、先ほど、侍女が、寝酒か何かを、運んできてくれたものだろうか。
上には、料理を冷まさないようにするための、銀色の、ドーム型の蓋(クロッシュ)が、被せられていて、中身を、見ることはできない。
私は、一体、何が始まるのだろう、と、ただ、困惑しながら、首を傾げるばかりだ。
殿下は、そんな私に向かって、もう一度、悪戯っぽく、にっと、笑いかけると。
「まあ、見ていろって」
そう言って、その、銀色の蓋に、そっと、手をかけた。
私の、緊張と期待は、少しだけ、違う方向性の、純粋な「好奇心」へと、姿を変えていた。
この、ロマンチックな、初めての夜に。
いったい、殿下は、何を、しでかすつもりなのだろうか。
私と殿下は、会場を埋め尽くした、たくさんの招待客たちの、温かい拍手と祝福の言葉に見送られながら、大宴会場を後にした。
そして、向かう先は。
王宮の最上階に、新たに用意された、私たち二人だけのための、新居。
その、寝室。
その事実を、改めて認識した瞬間、私の心臓は、今までにないくらい、大きく、そして、激しく、高鳴り始めた。
これから、訪れるであろう、夫婦としての、初めての夜。
いわゆる、初夜、というもの。
そのことを考えると、もう、顔から火が出そうなくらい、熱くなってくるのが分かった。
私たちは、静まり返った、長い、長い、王宮の廊下を、二人きりで、歩いていく。
殿下は、何もおっしゃらない。
けれど、私と繋がれた、その手のひらに、いつもより、力がこもっているような気がして。それが、彼の緊張なのか、それとも、期待なのかは分からなかったけれど、私の緊張も、それに比例して、どんどん、高まっていく。
やがて、たどり着いたのは、白亜の、美しい彫刻が施された、大きな扉の前だった。
侍従が、恭しく、その扉を開けてくれる。
中に足を踏み入れた瞬間、私は、思わず、ため息を漏らした。
そこは、私が今まで見た、どんな部屋よりも、豪華で、そして、ロマンチックな空間だった。
部屋の中央には、天蓋付きの、巨大なベッド。そのシーツは、最高級のシルクで出来ているのだろう、月の光を浴びて、滑らかに輝いている。
暖炉には、柔らかな炎が、ぱちぱちと、静かな音を立てていた。
そして、大きな窓の外に広がるバルコニーからは、宝石を散りばめたような、王都の美しい夜景が、一望できた。
部屋中に、飾られた、祝福の花々の、甘い香り。
すべてが、完璧だった。
私たちの、初めての夜のために。
「……アイ」
背後で、扉が閉まる音がして、部屋には、本当に、二人きりになった。
殿下の、少しだけ掠れた声に、私の肩が、びくり、と跳ねる。
「疲れただろう。まずは、その、重いドレスを、脱いだらどうだ?」
その、あまりにも直接的な言葉に、私の心臓は、破裂寸前だった。
「は、はい……!」
私は、かろうじて、そう答えると、ドレスの後ろの、編み上げに、手を伸ばした。
けれど、この、マダム・ブランシェの最高傑作であるドレスは、あまりにも精巧に作られすぎていて、とてもではないが、私一人の手では、解くことができそうにない。
私が、悪戦苦闘していると、背後から、殿下が、くすりと笑う気配がした。
「……手伝おうか?」
「……お、お願い、いたします」
殿下は、私の背後に立つと、その、節くれだった、男らしい指先で、ドレスの、細いリボンに、触れた。
彼の指先が、私の、無防備な背中に、触れる。
そのたびに、私は、びくん、びくん、と、体を震わせてしまう。
緊張と、期待と、そして、少しばかりの恐怖で、もう、どうにかなってしまいそうだった。
彼の、熱い吐息が、すぐ、うなじにかかる。
ああ、いよいよ、なのだ。
私が、そう、覚悟を決めて、ぎゅっと、目を閉じた、その時だった。
私の背中にあった、殿下の指が、ふと、その動きを、止めたのだ。
「……殿下?」
不思議に思って、私が、振り返ろうとすると。
殿下は、私の肩を、優しく押さえて、それを、制した。
そして、私の耳元で、こう、囁いた。
その声は、どこか、悪戯を企んでいる子供のように、楽しげな響きを持っていた。
「ああ、すまない、アイ」
「その、美しいドレスを、完全に脱がせてしまう、その前に」
「まだ、やり残したことが、一つだけあったのを、思い出したんだ」
「え……?」
私は、きょとんとして、聞き返す。
「やり残したこと、ですか……? こんな、夜更けに、一体、何を……」
すると殿下は、私の背後から、すっと離れると、部屋の隅に、いつの間にか置かれていた、銀色のワゴンへと、近づいていった。
そのワゴンは、先ほど、侍女が、寝酒か何かを、運んできてくれたものだろうか。
上には、料理を冷まさないようにするための、銀色の、ドーム型の蓋(クロッシュ)が、被せられていて、中身を、見ることはできない。
私は、一体、何が始まるのだろう、と、ただ、困惑しながら、首を傾げるばかりだ。
殿下は、そんな私に向かって、もう一度、悪戯っぽく、にっと、笑いかけると。
「まあ、見ていろって」
そう言って、その、銀色の蓋に、そっと、手をかけた。
私の、緊張と期待は、少しだけ、違う方向性の、純粋な「好奇心」へと、姿を変えていた。
この、ロマンチックな、初めての夜に。
いったい、殿下は、何を、しでかすつもりなのだろうか。
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