私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?

きららののん

文字の大きさ
40 / 40

40

しおりを挟む
私の、好奇心と、少しばかりの困惑が入り混じった視線を受けながら。

レピオド殿下は、まるで、世紀の大発見でも披露するかのように、もったいぶった仕草で、銀色のワゴンの上に置かれた、ドーム型の蓋(クロッシュ)に、そっと、手をかけた。

「アイ。驚く準備は、いいかな?」

「は、はあ……」

私が、曖昧に頷くと、殿下は、にやり、と、それはもう、満足げな笑みを浮かべた。

そして。

「じゃーん!」

という、およそ、王太子殿下とは思えないような、気の抜けた効果音を、ご自身の口で言いながら、その蓋を、ぱかり、と開けて見せた。

私の目に、飛び込んできたもの。

それは。

「…………」

豪華絢爛な、宝石を散りばめたようなデザートでもなければ、見たこともないような、異国の珍しい果物でも、なかった。

そこに、ただ、ぽつんと置かれていたのは。

ごく、ごく、普通のお店の、ごく、ごく、普通のカップに入った、少しだけ、溶けかかっている、バニラのアイスクリーム、だった。

私は、あまりのことに、一瞬、言葉を失う。

そして、次の瞬間には、じわじわと、呆れたような気持ちが、胸の奥から、込み上げてきた。

「……殿下」

私は、思わず、じとーっとした目で、彼を見つめてしまう。

「これは、その……アイスクリーム、で、ございますか……?」

「ああ、そうだとも!」

殿下は、私の、そんな視線など、全く気にもしていない様子で、それはもう、誇らしげに、胸を張った。

そして、訳の分からない、彼だけの理屈を、得意げに、語り始める。

「よく、考えてもみろ、アイ。俺たちの、この、波乱万丈で、甘い恋物語は、どこから始まった?」

「え……?」

「そう、あの日、俺が、うっかり溶かしてしまった、あのアイスクリームからだ! だから、俺たちの物語の、輝かしい締めくくりも! そして、これから始まる、永遠の愛の物語の、その幕開けも! やはり、これでないと、筋が通らないだろう!」

その、あまりにも、訳の分からない、しかし、自信に満ち溢れた理論に、私は、もう、返す言葉もなかった。

この、ロマンチックで、神聖な、初めての夜の、甘い雰囲気を!

この人は、この、たった一杯の、溶けかけたアイスクリームで、台無しにするおつもりなのだろうか。

「殿下……」

「さあ、遠慮するな、アイ! 俺が、食べさせてやろう!」

殿下は、スプーンで、その、だらしなく溶けかけたアイスを、たっぷりと掬うと、私の口元へと、差し出してきた。

「さあ、あーん、だ」

その、無邪気な笑顔。

けれど、私は、もう、彼の、その手に乗るものか。

私は、ぷいっ、と、そっぽを向いて、きっぱりと言い放った。

「……もう、結構ですわ。そのようなもの、わたくし、いただきません」

今の私は、甘い、甘い、口づけの余韻に、浸っていたいのだ。

アイスクリームの気分では、断じて、ない。

私の、その、つれない態度を見て、殿下は、一瞬だけ、きょとんとした顔をした。

けれど、次の瞬間。

彼の、その赤い瞳が、きらり、と、悪戯っぽく、妖しく、輝いたのを、私は、見逃さなかった。

「……そうか。君が、どうしても、そう言うのなら」

彼は、残念そうに、そう呟くと、アイスクリームのカップを、テーブルに、置く、ふりをした。

「ならば、仕方がないな」

そして。

彼が、アイスクリームを持ったまま、音もなく、私の背後に、すっと、回り込んだことに、私が気づいたのは、一瞬、遅かった。

「え……? 殿下……?」

私が、警戒して、振り返ろうとした、まさに、その瞬間だった。

「えい」

という、世にも可愛らしい、しかし、悪魔のような、掛け声と共に。

ひたっ。

私の、ウェディングドレスの、編み上げが少しだけ解かれた、無防備な、背中の、その素肌に。

信じられないくらい、ひんやりとした、あの、溶けかけたアイスクリームが、ちょん、と、つけられたのだ。

そして、次の瞬間。

王宮の、静まり返った夜の寝室に、私の、人生最大級の、悲鳴が、響き渡った。

「ひゃあああああああああああああっっ!!!」

つ、冷たいっ!

冷たい! 冷たい! 冷たい!

突然、背中を襲った、衝撃的な冷たさと、驚きとで、私は、文字通り、その場で、ぴょん、と、盛大に、飛び上がった。

そして、涙目で、鬼のような形相で、振り返る。

「な、な、な、な……ッ!」

「なーーーーーんてことを、なさるんですか、この、ど◯◯殿下ーーーーーっ!!!」

私の、その、淑女にあるまじき、怒りの絶叫を聞いて。

私の夫となった、この国の王太子殿下は。

腹を、抱えて、床を転げ回りそうなくらい、大爆笑していた。

「はははははっ! あははははっ! す、すまん、すまん、アイ! いや、しかし、今の悲鳴は、実に、傑作だったぞ!」

「傑作、ではございませんっ! 最低です! 最悪です! もう、知りませんわ、殿下のことなど!」

私は、ぷんすかと、頬を膨らませて、仁王立ちになる。

彼は、まだ、笑いの発作が収まらない様子で、ひーひー言いながらも、なんとか立ち上がると、そんな私を、優しく、抱きしめた。

「ああ、怒らないでくれ、俺の、世界で一番、愛しい妃。ほら、背中が、冷たいだろう? 俺が、この、熱い体で、君が、溶けてしまうくらい、温め直してやろう」

その、甘い、甘い、囁き。

まだ、怒っているふりを、続けていたかったのに。

彼の、その、幸せそうな笑顔を見ていたら、私の怒りも、いつの間にか、どこかへ消えてしまって。

結局、私も、つられて、笑ってしまっていた。

二人の、楽しげな笑い声が、幸せな、初めての夜の部屋に、いつまでも、いつまでも、響き渡る。

甘えん坊の、私と。

器の広い(そして、とんでもなく、お茶目な)、レピオド殿下。

私たちの、甘くて、少しだけ、騒がしくて、そして、最高に幸せな日々は、こうして、今、始まったばかり。

きっと、彼は、これからも。

アイスクリームのように甘く、そして、太陽のように、灼熱の愛で。

私を、何度も、何度も、その身も、心も、蕩かされるのだろう。

永遠に、ずっと、いつまでも。

☆*:.。.おしまい.。.:*☆
しおりを挟む
感想 3

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(3件)

みんと
2026.02.01 みんと

名前がこういうのだと読む気が失せるんですよね…

解除
やむやむ
2025.07.04 やむやむ

自信を ですよね。

解除
チーたぬき
2025.07.01 チーたぬき
ネタバレ含む
解除

あなたにおすすめの小説

白い結婚で結構ですわ。殿下より、私の自由のほうが大事ですので

鍛高譚
恋愛
「第二王子との婚約? でも殿下には平民の恋人がいるらしいんですけど? ――なら、私たち“白い結婚”で結構ですわ。お好きになさってくださいな、殿下」 自由気ままに読書とお茶を楽しむのがモットーの侯爵令嬢・ルージュ。 ある日、突然“第二王子リオネルとの政略結婚”を押しつけられてしまう。 ところが当の殿下は平民の恋人に夢中で、 「形式上の夫婦だから干渉しないでほしい」などと言い出す始末。 むしろ好都合とばかりに、ルージュは優雅な“独身気分”を満喫するはずが…… いつしか、リナという愛人と妙に仲良くなり、 彼女を巡る宮廷スキャンダルに巻き込まれ、 しまいには婚約が白紙になってしまって――!? けれどこれは、ルージュが本当の幸せを掴む始まりにすぎなかった。 自分を心から大切にしてくれる“新しい旦那様”候補が現れて、 さあ、思い切り自由に愛されましょう! ……そして、かの王子様の結末は“ざまぁ”なのか“自業自得”なのか? 自由気ままな侯爵令嬢が切り開く、 “白い結婚破談”からの痛快ざまぁ&本当の恋愛譚、はじまります。

「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~

水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」 夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。 王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。 「左様でございますか」 彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。

【完結】三歳年下の婚約者は、嘘を覚えた

恋せよ恋
恋愛
ランバート侯爵令嬢フィオーラには三歳年下の病弱な婚約者がいる。 保養地で十二歳まで静養するフィッチモ公爵家の嫡男、エドワード。 病弱で儚げだった可愛い彼を、フィオーラは献身的に励まし支えた。 十四歳でエドワードが健康を取り戻し王都へ戻ると、環境に変化が。 金髪に青い目の整った容姿の公爵家嫡男に群がる令嬢たち。 「三歳年上の年増」「素敵なエドワード様に相応しくないおばさん」 周囲の令嬢たちによるフィオーラへの執拗な侮辱。 そして、エドワードの友人の義妹マリアンヌの甘い誘惑と、接近。 思春期真っ盛りのエドワードと、美しいフィオーラの関係は拗れていく。 二人の婚約の結末は、婚約解消か、継続か、はたまた……。 若い二人の拗れた恋の行方の物語 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

傲慢令嬢にはなにも出来ませんわ!

豆狸
恋愛
「ガルシア侯爵令嬢サンドラ! 私、王太子フラカソは君との婚約を破棄する! たとえ王太子妃になったとしても君のような傲慢令嬢にはなにも出来ないだろうからなっ!」 私は殿下にお辞儀をして、卒業パーティの会場から立ち去りました。 人生に一度の機会なのにもったいない? いえいえ。実は私、三度目の人生なんですの。死ぬたびに時間を撒き戻しているのですわ。

第二王女と次期公爵の仲は冷え切っている

山法師
恋愛
 グレイフォアガウス王国の第二王女、シャーロット。  フォーサイス公爵家の次期公爵、セオドア。  二人は婚約者であるけれど、婚約者であるだけだった。  形だけの婚約者。二人の仲は冷め切っているし冷え切っている。  そもそも温度など、最初から存在していない。愛も恋も、友情も親しみも、二人の間には存在しない。  周知の事実のようなそれを、シャーロットもセオドアも否定しない。  お互いにほとんど関わりを持とうとしない、交流しようとしない、シャーロットとセオドアは。  婚約者としての親睦を深める茶会でだけ、顔を合わせる。  親睦を深める茶会だというのに、親睦は全く深まらない。親睦を深めるつもりも深める意味も、二人にはない。  形だけの婚約者との、形だけの親睦を深める茶会。  今日もまた、同じように。 「久しぶりに見る君が、いつにも増して愛らしく見えるし愛おしく思えて、僕は今にも天に召されそうなほどの幸福を味わっている。──?!」 「あたしのほうこそセオ様とお顔を合わせること、夢みたいに思ってるんですからね。大好きなセオ様を独り占めしているみたいに思えるんですよ。はっ?!」  顔を合わせて確認事項を本当に『確認』するだけの茶会が始まるはずが、それどころじゃない事態に陥った。  

婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話

ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。 リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。 婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。 どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。 死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて…… ※正常な人があまりいない話です。

初恋を奪われたなら

豆狸
恋愛
「帝国との関係を重視する父上と母上でも、さすがに三度目となっては庇うまい。死神令嬢を未来の王妃にするわけにはいかない。私は、君との婚約を破棄するッ!」

殿下の婚約者は、記憶喪失です。

有沢真尋
恋愛
 王太子の婚約者である公爵令嬢アメリアは、いつも微笑みの影に疲労を蓄えているように見えた。  王太子リチャードは、アメリアがその献身を止めたら烈火の如く怒り狂うのは想像に難くない。自分の行動にアメリアが口を出すのも絶対に許さない。たとえば結婚前に派手な女遊びはやめて欲しい、という願いでさえも。  たとえ王太子妃になれるとしても、幸せとは無縁そうに見えたアメリア。  彼女は高熱にうなされた後、すべてを忘れてしまっていた。 ※ざまあ要素はありません。 ※表紙はかんたん表紙メーカーさま

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。