王太子とさようならしたら空気が美味しくなりました

きららののん

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「帝都で一番の菓子屋は、我が〈月の雫〉で決まりだと思うけど?」

 

白い三角帽を斜めに被った娘ミーナが、腰に手を当てて言い放った。

 

「甘さだけでは勝負は決まりません。香りと保存性、そして値段も審査対象ですわ」

 

リリエルは試作の胡椒栗クッキーを盆に載せ、商人ギルドの試食卓へ運ぶ。横ではテオが粉まみれになりながら、焼き立てせんべいを扇いでいる。

 

 

事の発端は、ギルドが急遽開催した「新銘菓選抜会」。帝都の春市を盛り上げるため、職人や菓子屋が腕を競う催しだ。優勝品は王室御用達の勅許と、市場広場の常設屋台権――大炉建設資金を賄いきれないクロイツ合同工房にとって、見逃せぬチャンスだった。

 

会場の広間には甘い香りと焼き焦げの匂いが入り混じり、試食役のギルド理事たちが目を細めて歩き回る。クラリスは帳簿片手に出品リストを確認し、リリエルへ目配せした。

 

「お嬢様、甘味三種・塩味二種で合計五皿。提出順は自由です」

 

「まず胡椒栗クッキーで舌を起こし、次に羽根せんべいで香ばしさを残す。最後に蜂蜜パンで締めるわ」

 

「了解ですわ」

 

 

ミーナが鼻で笑う。

 

「塩辛い胡椒なんて菓子への冒涜よ。王宮のお茶会はほんのり花の香りが主流よ」

 

「ならば花の香りで王宮を想起させ、胡椒で平民の活力を思い出させる。あえて二つを共存させる戦法です」

 

リリエルは銀の匙でクッキーを割り、切断面を理事の皿へ滑らせた。胡椒の点が栗の白と対照を成し、香りはほの甘い。

 

 

理事が一口かじる。

 

「塩気が遅れて来る。面白いが、茶と合うか?」

 

「濃い麦茶をおすすめします。帝都の庶民が昼に飲む味ですわ」

 

「なるほど」

 

理事は頷き、次へ進む。続いてミーナの薔薇マカロンが配られ、甘い香りが広間に広がった。

 

 

テオが焼き網を持ち上げ、羽根せんべいを扇ぐ。

 

「こちらは粗挽き麦と蜂蜜の香り。香料は使わないので花粉症の方でも安心だ」

 

「説明が雑ですわ」

 

「鎚で語る職人なんでな」

 

笑いが周囲に生まれ、理事の目尻が下がった。せんべいは薄く、かむと軽快な音が響く。

 

「軽いが後を引く。この羽根模様は型か?」

 

「鍛冶屋の刻印を焼き込んでおります」

 

 

試食が一巡したところで、ミーナが歩み寄った。

 

「胡椒栗は確かに珍しい。でも子どもが泣くわ」

 

「泣く子もいずれ働きます。味覚は先に鍛えた方が良いでしょう」

 

「意地悪な悪役令嬢ね」

 

「役柄は卒業しましたの」

 

二人の火花を、テオは苦笑しつつ干し布で拭った。

 

 

投票札の集計が始まり、広間はざわめきを増す。クラリスが帳簿を閉じ、拳を握った。

 

「理事は七名。四票取れば勝利です」

 

「胡椒栗で一票は頂けたはず。残りは羽根せんべいと蜂蜜パンに賭けましょう」

 

「通りがかりの子どもが蜂蜜パンをおかわりしていましたから期待大です」

 

 

ついに結果発表。司会が封緘を破り、高らかに読み上げる。

 

「春市新銘菓、本年の第一位は――クロイツ合同工房、胡椒栗クッキー!」

 

広間が驚愕に沸き、リリエルは一瞬唖然とした。ミーナの顔色が蒼白に変わる。

 

「まさか塩辛い菓子が……!」

 

司会が続ける。

 

「第二位、同じくクロイツ合同工房、羽根せんべい! 第三位〈月の雫〉薔薇マカロン」

 

テオが声を上げて笑い、クラリスが涙目で跳びついた。

 

「全部取っちゃいましたわ!」

 

「胡椒は菓子を裏切りませんでしたね」

 

リリエルは銀の匙を高く掲げ、会場を見回す。理事の老人がにこりと笑い、筒状の許可証を差し出した。

 

「常設屋台の権利は君たちに。胡椒栗は帝都の新しい顔になるだろう」

 

ミーナが唇を噛みしめ、それでも歩み寄って手を差し出す。

 

「次の夏市では甘味で雪辱するわ。覚悟なさい」

 

「望むところよ。競うほど炉の火は強まりますから」

 

 

夕暮れ、帝都の石橋に腰を下ろし、二人は残った胡椒栗を頬張った。甘じょっぱい香りが川面に漂う。

 

「資金がまた一歩近づいたな」

 

「ええ。お菓子の火花も鍛冶の火花も、目標は同じ大炉ですわ」

 

テオが空袋を丸め、橋の下へ放った。

 

「次は石工との打ち合わせ。油断は禁物だ」

 

「胡椒も栗も切らしたくないものね」

 

リリエルは匙を帯へ戻し、夕陽を背に立ち上がる。帝都の鐘が六刻を告げ、商人ギルドの塔が影を伸ばした。

 

胡椒の刺激が舌に残り、彼女の決意を再び燃え立たせる。大炉完成まで、火はまだまだ強まる――その火を鍛える鎚は、もう彼女の手に馴染んで離れなかった。
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