素材採取家の異世界旅行記

木乃子増緒

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286 / 298
18巻

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ちょっとつじつまが合わなかったり説明を繰り返しているところなどあり、読みにくいと思います。
のちのち修正いたしますのでご容赦ください……


*****





大きな寝台に横たわる細い、細い身体。
かさかさに乾いた皮膚。わずかに上下する胸。小さな吐息。
そして、めくられた衣服の下。腕や足のあちこちに。

「……強く打ちつけた、痕じゃな」

ブロライトが怒りを堪えた声を絞り出す。
細い腕に醜く残る黄色、青、黒の濃い痣。見ればぼろぼろの衣服にこびりつく、黒いシミ。これは、血か。
天下のストルファス帝国――いやまあ、帝国の首都である帝都がどんなところなのか俺にはさっぱりわからないのだが、アルツェリオ王国の王都よりも人口が多いということはグランツ卿に教えてもらった。

誰も何も言わないが、殿下の無残な姿を目の当たりにし怒りを覚えた。
怒りを覚えたどころではない。今すぐにでもこんな姿にした元凶をぶちのめしてやりたい。王国の城壁に吊るしてやりたい。タンスの角に足の小指をぶつけ続ければいい。一生頭に鳥のうんこ落ち続けろ。

もしも殿下が俺たちと全く関わり合いのない人ならば、俺はここまで憤ることはなかっただろう。
仲間が、クレイが仕えていた元主。引退したとはいえ、クレイが竜騎士だった時に慕っていた人物が相手。俺たち蒼黒の団にとって全くの他人というわけでもない。他人といえば他人なのだが、クレイが救いたいと願うのなら、俺たちは力を貸すだけ。

「タケル、治癒魔法は使えるか?」

今にも魔王化しそうなクレイだったが、懸命に堪えている。声と肩が震えていた。
俺だって内心腸が煮えくり返っているんだ。
何の理由があって殿下はこんな酷い暴行を受けたのか。
拉致した連中の正体は調査先生のおかげで知ってしまったので、サスケに探ってもらおう。帝国内ではサスケ率いる諜報部隊リルウェ・ハイズを自由に使えとグランツ卿から許しを得ているからな。

俺は鞄からメモ帳を取り出すと、『隠蛇の帳』と書き記しサスケに手渡す。
サスケは何も問わずにメモを受け取り、僅かに頷いて馬車を飛び出ていった。空飛ぶ座椅子の起動音が聞こえたので、きっと即座に蛇のナンタラという謎組織を調べてくれるのだろう。

「治癒魔法を使うのは少し怖い」
「何故に!」
「クレイ、落ち着け。殿下の身体に障るし、馬車の中で魔王になったら客室の調度品がぶっ壊れるぞ」
「うぐっ……!」

花蜜水は飲めたのかな。少しだけサテル殿下の呼吸が落ち着いた気がする。

「殿下のお身体から魔力が殆ど感じられないんだ。今の状態で治癒魔法を使うと、無いに等しい魔力と体力を根こそぎ奪ってしまうかもしれない。だからまず、スッスが作ってくれている粥の上澄み――重湯っていうんだけど、それに完全回復薬を一滴だけ垂らす」

治癒魔法を使うには対象者の体力と魔力が必要になる。
健康な冒険者がどこかしらの骨を折った程度なら治癒魔法で治せる。部位欠損なら完全回復薬をぶちまければ腕はくっつくし、もし欠損した部位を失ったとしたら生えてくる奇跡の薬。瀕死の重傷も然り。
しかし衰弱した病人に素人が治癒魔法を使うのはご法度。殿下の身体は治癒魔法ではなく水分と栄養を求めているのだ。

ユグルの民に魔法の扱い方を教わった今だからわかるのだが、ベルカイムの元貧民街で治癒魔法を使ったのは無謀だったな。治癒医師でもないくせに病気を治したのだから。
魔法といってもきらきらぴゅるりん☆と、なんでも解決できる万能の存在ではないのだ。
イメージ次第で威力を操作できるが、少しでも間違えれば治癒魔法でも毒になる。
肥えた人を痩せさせる魔法は存在しない。痩せた人を肥えさせる魔法も存在しない。
ここまで痩せ細った殿下にはこれ以上何かしらの合併症が出ないよう、様子を見ながら治癒魔法を併用しながらの治療になるだろう。治癒医師や専門家を入れて治療をせねば。

使えるものは国王陛下ですら使う俺だが、こういう時安易に神様たちを頼りはしない。
炎神あたりに頼んだら殿下は一発で快癒するのだろう。しかしここは人の領分。何らかの神や精霊が原因だったら遠慮なく頼むんだけども。

「たった一滴か? もっとこう、飲ませることは叶わぬのか?」
「殿下の体力を戻してからじゃないと無理なんだって。壊れかけた魔道具に魔力をたくさん注いだところで魔道具は直るわけじゃないだろう? 殿下の身体に体力が戻って、様子を見ながら回復薬を服用させる量を調整しないと」

クレイの焦りはわかる。
わかるがしかし、完全回復薬はまだまだ未知数。究極の万能薬ではあるのだが、栄養失調の人間にぐびぐび飲ませるのは怖い。調査先生が一滴と言っているのだから、俺は調査先生を信じる。
俺の例え話で納得できたのか、クレイは苦しそうに目を瞑った。

「兄貴、できたっす!」
「スッス、粥の上澄みだけを別の皿に入れてくれるか? 今はそれを食わせる」

まさか粥の上澄みだけを食わせるのかとスッスが驚いた。しかしスッスは反論せず、俺に言われた通り小皿に重湯を入れて再度持ってきてくれた。

「タケル、これだけ痩せ細っておるのじゃぞ? もっとこう、力の出るものを食わせるべきなのではないか?」
「ブロライト、考えてみろ。ユムナが体調を崩して熱を出したとする。そんな弱っている病人に肉の丸焼きやジャガバタ醤油が食えると思うか?」
「むむっ、それは無理じゃな」
「ピュゥー……」

俺がブロライトにわかりやすく説明すると、何故か全員が深く頷いて納得してくれた。
いやいや、トルミ村は緑の精霊王(リベルアリナ)と馬の神様(プニさん)の祝福があるから病人は滅多に出ないとはいえ、自分に置き換えて考えることもできるだろうが。皆どんだけ健康なのさ。

俺は前世で盲腸の手術を経験しているからな。
手術の翌日は絶食で、手術の二日後の昼から重湯を食べた記憶がある。元同僚はお粥だったと言っていたので病院によるのだろう。栄養失調の人間にいきなりエナジードリンクを飲ませるのはご法度、くらいの知識だけども。
アシュス村の住人も栄養失調ではあったが、歩けるだけの体力はあった。そういう人には消化の良い食べ物を食べさせて、それからゆっくりと固形物を食べさせれば良い。

「タケル、俺は今……加減をすることが出来ぬ。すまぬが殿下の介助を頼む」

クレイはごつごつとした己の両手を悔しそうに見、俺に頭を下げた。
ドラゴニュートの手だけのせいではない。心配で震えたままの手が止まらないからだろう。

「頭なんか下げるな。適材適所。病人の相手は俺が慣れているからさ」

少なくとも栄養失調に対する知識はあるのだ。
俺は腕まくりをし、細く繊細な殿下の上半身を抱えた。なるべくそうっと、ゆっくりと。あとで外傷だけでも治させていただこう。この打撲痕は痛々しくてならない。

「サテル殿下、こんにちは。俺は素材採取家のタケルと申します」

俺のことが殿下に聞こえているかはわからない。だが、見ず知らずの人間に何かを食わされるのは怖いだろう。

「俺は貴方の忠臣であるギルディアス・クレイストンの友人であり、冒険者仲間です」
クレイの名前を出すと、殿下の瞼が僅かに震えた。
「反応がある。クレイ、サテル殿下に声は届くぞ」
「でんっ……!」
「小さい声でな」
「ぐううっ」

病人に大声はご法度。

「で、殿下、サテル殿下」

できるかぎりの小声でクレイが殿下に囁くと、殿下はほんの僅かに目を開いた。
乾ききって血が滲む唇を小さく開き、震える。

「ご無理はなさらないでください。俺、私(わたくし)は、殿下のお傍におります。殿下の憂いは私が全て払って見せましょう。この場に居るものたちは全て信頼のおける仲間でございますれば、今はごゆるりとおくつろぎ下さいませ」

クレイは涙を流しながら力強く殿下に言った。
サテル殿下は――頬に涙を落した。
もう水分なんてほとんど残っていないだろうに、それでも涙を落した。
その涙は喜びなのか、苦しみなのかはわからない。
だけど殿下はクレイの声に反応できた。よしよし。記憶障害とか洗脳とか、そういう最悪な状況まで考えていたのだが、記憶はしっかりしているようだ。声も聞こえるから聴力も問題なし。良かった。
クレイは殿下の手にそうっと触れると、どばっと大粒の涙を流した。クレイはこの見た目でかなり涙もろいのだ。

「殿下、なんとお労しいお姿……ぐすっ」
「クレイ、今は殿下に少しでも食事をしていただかないと」
「ずびっ……うむ、すまぬな」
「ピュプゥゥゥ……」
「ビーも泣かないの。ブロラッ……お前も泣いているのか。スッスまで?」

クレイと殿下の涙に釣られたのか、ビーをはじめ俺以外全員泣いている。蒼黒の団は皆揃って涙もろいんだから。
涙をこぼさないように目をかっぴろげて唇を噛みしめるものだから、俺は笑いそうになってしまった。
こんな状況でも笑えるということは、殿下はきっと助かる。根拠は無いが俺の勘は良く当たるのだ。

俺もクレイと殿下の見えない絆というか、クレイが声をかけたとたん強張った殿下の身体から力が抜けるのがわかった。
何年も離れていてもこの二人は主従なんだな。
仲間が大切に思う人は大切にせねば。

「これから殿下に栄養のある重湯、汁を飲んでいただきます。飲めるだけで良いので、ゆっくりと飲み込んでくださいね」

匙ですくった重湯を殿下の前に見せると、殿下は僅かに頷いてくれた。





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