素材採取家の異世界旅行記

木乃子増緒

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288 / 298
18巻

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馬車はのんびりと街道を進む。
大きな雲が太陽の光を程よく遮り、ぽかぽか陽気に瞼が重たくなるが警戒心は解かない。
時々花っぽい花の香が鼻をくすぐるので、街道沿いに植えられている謎の白い花の匂いなのだろう。見た目はツツジに似ている。

俺たちは再び変装をし、バイリー商会として帝都を目指しているところ。
トルミ村から王国の首都に至るまでの街道はそこそこ整備されていたが、トルミ村からトルミ特区までのトルミ街道ほど整地はされていないようだ。転圧の魔法を叩きこみたくなったのは、さんざんトルミ街道を整備した名残だろう。

「うぬううう……」

ガタガタガタガタガタガタガタ……

プニさんの引く蒼黒の団専用馬車『リベルアリナ号』は、地面から少しだけ浮かんでいる。おかげで振動は一切感じない快適無敵の馬車なのだが。

「クレ、クレイ、クレェイィィィイイ」
「うぬううううう……」
「そ、その、それ、やめ、やめい!」

御者台に座っていた俺とクレイだったが、落ち着きのないクレイの貧乏ゆすりが御者台を激しく揺らしていた。

「ピュププププププ……」

ビーはその振動が楽しいらしく、クレイの頭の上に乗ってご機嫌。
俺がクレイの膝にゲンコツを落とすと、クレイの貧乏ゆすりは止まった。そして黙ったまま背にしていた紅い筒に手に伸ばす。

「槍をふるうのも禁止」
「ぐぬぅっ!」
「幌の上で腕立て、腹筋くらいなら許す」
「むっ」
「ピュ!」

何かしていないと落ち着かない気持ちは痛いほどわかる。
いや、わかるだなんて簡単には言えない。お陰様で俺が大切にしている人たちは健康そのもので、危機的状況にあるわけではない。
クレイの心配の種であるサテル殿下は、今密かに療養中。
ストルファス帝国マールシェベレルダ領マイユ東の森の最深部にぽっかりと開いた空き地に、コポルタが深い穴を掘ってくれた。その穴の補強は木工に強いエルフが立ち合い、天井と壁と床を全て木で覆った。力仕事はドワーフが手伝い、入り口が付いた立派な洞穴を魔法で崩れなくしたのはユグル。

トルミ最強建築団の力により、秘密裏に地下医療室が完成した。ぶっちゃけ、ベルカイムにある医療施設より立派です。
殿下はトルミ村から派遣した医療班により徹底的に管理され、一日一滴の完全回復薬を混ぜた重湯を食べさせて貰っている。
そもそも帝国内に隠し転移門はいくつか設置する予定だった。地下室を作って。コタロに笛の音を聞いたら転移門を使って俺たちの元へ来るよう頼んだのも、この計画のため。
サテル殿下を隠すために洞窟を作ったが、隠し転移門を設置する予行練習となってしまったのは不可抗力。

「ふん! ふん! ふん!」
「ピュ! ピュ! ピュ!」

乾燥しまくってところどころ瘡蓋になっていた肌も、ユグル魔法研究隊によって開発された香料入りの軟膏を塗ったことにより改善されたという。軟膏には少しだけ回復薬が入っているので、保湿剤と合わさって軽いあかぎれ程度なら治してしまう優れもの。

「ふうんぬ! ふうんぬ!」
「ピュィィー! ピュッ」

あの保湿剤は全身に塗れるので、貴族の間では高値で取引されている人気商品。庶民でも手が届く品も展開中。『これ以上ルセウヴァッハ領内で名産品を作らなくても良い』と嘆いていたベルミナントではあったが、ベルミナントの奥方様であるミュリテリアの肌がつるぺたになったと評判なのは聞かないことにしている。

「ふんぬぬぬぬぬっ」
「ピュププププ」
「うるさい! 何してる!」
「うぬっ!」
「ピッ!」

御者台に足をかけ、幌の上のやかましい二人を咎める。
クレイは片手人差し指で逆立ちし、腕立て伏せをしていた。指立て伏せ?
ビーも真似して指立て伏せするな。無意識に羽ばたいてしまう翼があるのだから、それで筋力は鍛えられないだろう。

「しかしタケル、俺が呑気にこうしている間も殿下は」
「なんだよそれ。トルミ最強医療班の皆を信用していないってことか? トルミ特区の医療班はグランツ卿が王都の医師団より立派だって褒め称えていただろう」

褒め称えていたというより、羨ましがっていたのだが。

「信頼していないわけではない」
「大体、クレイが傍にいて殿下に何をしてあげられるんだ。俺だって殿下の容体は心配だ。だけど、俺やクレイは図体がでっかいからあの洞穴では邪魔になる。手先が器用なエルフや世話焼きなアルナブ族に任せれば良いんだ」

殿下の看病をしている人には、殿下の正体を話していない。アルツェリオ王国の国民であるトルミ村の住人にもだ。ついでに村長やベルミナントといった政治に関わる人を巻き込むことも禁止した。
エルフ族は不可侵の種族。ユグル族はトルミ村に移住したとはいえ、アルツェリオ王国民とは認められていない。ドワーフ族はドワーフ国の国民だし、コポルタ族とアルナブ族は獣人というくくりだが、市民権はあれど王国の政治とは無縁。

医療班の皆は自分が誰を看病しているのか薄々気づいてはいる。だが、誰しも俺たちに患者の名を問おうとはしない。慎重な手つきで殿下の額の汗を拭っていた聡いエルフなら正体を気づいているかもだが、アルナブ族たちはどうだろうかな。あらあら大変ね、新鮮な草を食べないと、なんて言っていたからな。
クレイが、栄誉の竜王と謳われた歴戦の勇士が案じる相手。それすなわち以前の主――と。

「俺たちがすることは、帝都を目指すこと。ショペン公爵に殿下のことを伝えること」
「うむ……」
「ピュイ」
「帝都で俺たちバイリー商会は店舗を構え、魔法の巾着袋の販路を開かないとならないことは理解しているよな?」
「うむ…………」
「ピューィ」
「ついでに聖竜騎士のグッズ……」
「何?」
「ピュ!」

いけないいけない。これはクレイに言っちゃいけないやつ。ビーに言っちゃ駄目と咎められ、俺は慌てて両手で口を塞いだ。やべえやべえ。
港町ユーヨンにあれだけのクレイストングッズが売られていたんだ。きっと帝都ではもっとたくさんのグッズを扱っているはず。
俺の鞄の中だけでも、ユーヨンで売られていた聖竜騎士グッズがたくさん保管されている。スッスとブロライトの鞄にもこれでもかと詰められているだろう。だがしかし、クレイを慕う人たちに配るには足らない。クレイはトルミ村で聖竜騎士グッズを扱うことを嫌がっているからな。

「とにもかくにもだ。俺たちがサテル殿下の傍にいても役に立たない。それなら、何故サテル殿下があんな目に合ったのか知りたいとは思わないか?」
「なぬっ?」
「なぬじゃないよ。考えて御覧なさいな。ショペン公爵からの手紙で俺たちは帝国に来ることになったろう? 手紙の内容は貴族独特の言い回しで俺はよくわからなかったが、救難を認めていたと調査先生は教えてくれた」
「うむ」
「具体的な内容は書いていなかった。いや、検閲の関係で書けなかったんだろう。ショペン公爵の立場が帝国で悪くなっては元も子もないからな。既に危うい立場なのかもしれないけど」
「なんと!」

そのくらいは想像できると思うのだが、クレイは政治のあれやこれやを考えるのは苦手なのだろう。帝国の中枢で働いていたっていうのに、腹黒い貴族の思考には染まらなかったようだ。良くて純粋。悪くて単純。俺も人のことは言えないけども、クレイよりお腹が黒いことは自覚している。
どれだけ帝国の内部が情報統制されていようとも、帝国の偵察部隊が暗躍しようとも、既にサテル殿下の身柄は捕獲済み。まさか帝国内の辺境の森の洞穴で療養中だとは想像もできないはずだ。

殿下には申し訳ないが、最強の切り札を持っているのは俺たち。
もしも帝国内で俺たちの正体がバレて面倒くさいことになったとしても、実は次期皇太子殿下の身柄は俺たちが抑えていて、しかも栄養失調と暴行の痕多数で監禁されていたんですどーん! どうするんですかー! という、手段が取れる。最終手段だけども。少なくとも殿下が健康になって歩けて走れるようになるくらいまでは、殿下の療養場所を隠し続けるつもりだ。

「帝都に到着したら直ぐに貴族街へ向かう」
「えっ」
「商会証明書を出せば帝都に入る際の検査も簡易的なものとなる」
「あっ」
「寄り道などせず、ショペン公爵の屋敷へ向かう」
「ええー」
「ピュィィ……」

帝都って帝国の何処よりも発展していて、何処よりも賑やかなんだろう? それだったら、色んな店があるだろうし、出店とか、屋台とか。すっごい建物とか、でっかい聖堂とか。
呑気に観光をしたいわけじゃないけども、新天地だぞ? 西の大陸の最大都市だぞ? もっとさ、情緒とか、そういうのあるじゃない。

「タケルー! あれなるは我らが目指す帝都ではないのか?」

馬車の窓から上半身を外に出し、窓枠に腰かけるブロライトと、別の窓から顔を出すスッスが指さす先。
相変わらずどんな視力しているんだと思いながら、街道のはるか先、地平線の中央にゆらめく陽炎。
じっとりと凝視してみると、遠目でもわかる巨大建造物が見えてきた。
門……門なんだろうけど、門の手前に巨大な騎士のような誰かさんが巨大な剣を大地に突き刺している像がどどんと。

「ピュィィ?」
「本当だな。誰だろうな。でっかぁ……」

ビーが巨大像は誰かと聞くので、俺は巨大像を見上げながら無詠唱で調査先生にお尋ねしてみる。


【帝都コウド・デーラ中央門】
ストルファス帝国首都。
【皇帝】オルジェダーワ・ハウィラテル・ラテリアル
【執政】ヴェーフェダイン・フォーニ・アブラウスティリアナ七世
クレステン宮殿を中央に発展した都市。入り口の門を守る巨大立像は帝国創国者であるボルドヴィッド・ローデリアルを模したものだが、実在のボルドヴィッド・ローデリアルは小柄であることに劣等感を抱いていた。立像が持つ巨大な剣は実在せず、ボルドヴィッド・ローデリアルが生涯持てなかった憧れの竜騎士の剣を模倣している。
皇帝、若しくは時期皇帝候補の名前の最後に「ル」の名が付くのはボルドヴィッド・ローデリアルの遺言である。自分の名前を後世まで遺したいからだよ。


うん……
聞いてはいけない帝国の秘密を聞いてしまった気がする。
あの巨大像は帝国創国者の虚栄の像ということか。理想の自分?
帝国が創国されてウン千年。皇室だけの秘伝の歴史書みたいなやつに書かれているだろう秘文を、うっかり読んでしまった気分だ。こういうのって、一般庶民である俺が、しかも他国の人間が知ってはいけない真実のような気がするのだけども。
真実は時を重ねて脚色されるものだよね。黙っておけば良いか。

同じような巨大像が帝都の入り口まで両端に三体ずつ。全部で六体。
馬車が近づくにつれ異常なまでの大きさがわかる。
奈良の大仏さんより大きいな。横浜ランドマークタワーよりかは小さい? アルツェリオ王国ではここまで巨大な像、見たことがない。エルフの隠れ郷にあるゴワンの樹よりかは小さいか。

「ほおおぉぉ……立派な像じゃのう」
「おおお、おいら、こんなでっかい人はじめて見たっす」
「ピュイー」

王国の王都入り口も巨大な城壁が囲んでいたが、帝国の帝都入り口は物々しい感じだ。
首都というよりも、コロッセオ――円形型の闘技場を髣髴とさせる。
うなじが妙にチリチリするのは、あの壁にあるだろう何らかの防護魔法か盾魔法か。
帝国には帝国独自の魔法が発展しているのか、何の魔法なのかはふんわりとしかわからない。調査先生に聞けばわかるのだろうが、帝都に入ってからむやみやたらと魔法を使うのは止めろとサスケに忠告されている。

「創国者の立像と言われているが、帝国が未曽有の災害に見舞われる時、この像が帝都を守ると言われているのだ」

そうなの?
クレイが像を見上げながら説明してくれるが、この像はただの像であり、ゴーレムや機械人形が持つ独特の魔力は持っていないように感じる。
帝国独自の魔法で作られているとしても、魔法を起動するには魔力を込めなくてはならない。その魔力が感じられないということは、そういうことだ。
でも、帝国民はクレイが言う伝説を信じているのだろう。
その前に未曽有の災害なんて来ないことを願いたい。
懐かしいものを見るような目で像を眺めていたクレイの眉間の皺は、帝都入り口に近づくにつれて深くなっていく。
懐かしさは消え、憎らしさが増しているような。

「クレイ……いや、カクさんや。顔が恐ろしく怖い」
「ぬっ」
「俺たちは、帝都に初めて来た王国民。俺はミツさん、バイリー商会の会員。スケさん、ゴエモン、それをお忘れなく」
「わかって、おる……」
「わかったぜ、っす!」
「ピュ!」

馬車の窓から上半身ごと乗り出しているブロライトとスッスにも声をかける。二人は大口を開けて観光気分だった顔を瞬時に真顔に戻し、深く頷く。ビーは両手を上げて良いお返事。

「カクさんが帝国を去ってからだいぶ経っているけども、俺たちよりも地の利はカクさんにあるんだ。俺の魔法は帝都内ではなるべく使わない方向で」
「うむ」
「応!」
「っす!」
「ピュ!」
「ついでにクレイは俺たちより目立つ行動はしないこと。俺たちは観光客として目立つようにするから、クレイは俺たちの護衛として徹底してくれ。いいか? くれぐれも、聖竜騎士ギルディアス・クレイストンを匂わせるなよ」
「う、む」
「帝国内にクレイがいると、殿下をあんな状態にしやがった連中がどう動くのかわからない。それに、聖竜騎士の人気を舐めるなよ」
「うむむむっ……」
「ひとたび正体がバレようものなら、わーわーきゃーきゃーで大変なことになるからな。トルミ村の子供たちにもみくちゃにされるよりも大変だからな。あれの数倍、数百倍が一斉に押し寄せてわっちゃわちゃになることを想定しろよ」

不満を隠さず俺を睨んでいたクレイだが、俺の言いたいことを理解したのだろう。次第に眉根を寄せて苦い回復薬を飲んだようなしかめっ面に。
子供はまだ良い。困るのは熱烈な信者というか、聖竜騎士を崇めている連中。
考えてもみろ。クレイだって英雄ヘスタスを前に乙女と化したんだ。憧れを前に人は理性を失う。
静かに憧れているだけなら良いのだが、情熱を押し付けてくる奴もいるだろう。周りの迷惑を考えず、自分さえ良ければと考えるような連中だ。まるで俺自身のことを言っているような気がして胸が痛む。いや、俺は相手の気持ちを一応考えてだな……

「カクさんは基本的に寡黙な戦士という設定で」
「致し方ない」

ファンというのは推しの隅々まで分析・解析・考察するものだ。そうして推しの理想像を自らが勝手に作り上げて推しに迷惑をかける輩も存在するのが困るお話。
俺は基本的に箱推し派だったな。遠征するほど時間がなかったけども、円盤は買っていた。
ちなみに『箱推し』はグループや作品自体が好きな人。『遠征』は県をまたいで推しのイベントや公演などを見に行くこと。『円盤』はDVDやBlu-rayのことだ。

推しは人でなくても良い。鉄道、鉄橋、鉄塔、電信柱などなど。
推しに対する見解は人それぞれだとは思うけれども、要は『好きなもの』を総じて『推し』なのだ。
クレイの身バレ防止のため、クレイは基本的に喋らず、公の場で大切な話をしないようにしよう。






*********

クリスマス?
年末年始に酒を飲むためオラ頑張るど。

ケーキは食べたよ!



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