6 / 47
桜の頃 …6
しおりを挟む「流ちゃん、そんな事言っちゃだめだよ…
役場の人達が流ちゃんの事を思って、準備してくれたんだから」
流人はソファの上でふて寝している。
「俺、しばらくは病院で寝泊まりするよ。そんなの当直で慣れてるし。
役場の人にも、俺の方からそう言うから心配しないで」
きゆは流人の気持ちも痛い程分かるため、何も言えなかった。
確かにここは、田舎育ちの私でさえちょっと寂しいと感じてしまうから。
「あ、きゆ、忘れてた」
流人はそう言うと、玄関に置きっぱなしになっているスーツケースを持って来た。
きゆをソファに座らせ、そのスーツケースをきゆの目の前に置く。
「きゆちゃん、開けてみ」
きゆがそのスーツケースを指さすと、流人はおどけたふりをしてうんうんと頷いた。
「え~、なんか、洗濯物とか飛び出してきたら嫌だな」
「う~~ん、多分、それはないと思う…」
きゆは流人の顔をチラチラ見ながら、思い切ってそのスーツケースを開けてみた。
「……………」
そのスーツケースの中にはぎっしりとバラの花が詰まっていた。
赤はもちろんピンクに黄色、何本かは紫色のバラもある。
きゆは、胸が詰まって、何も言葉が見つからない。
きゆの一番大好きな花、それがバラの花だったから。
「4か月近く遅れたけど、きゆ、お誕生日おめでとう…」
きゆは絶対に泣きたくなかった。
あの誕生日の夜の出来事は、大きなトラウマとなってきゆの心を苦しめている。
「あの日、渡せなかったからさ。
でも、よかった~~
このバラたちは、俺と一緒に、あの荒れ狂う海を渡ってきたんだ。
俺はすごい船酔いして、でも、花屋のお姉さんにスーツケースの空気を何度も入れ替えて下さいねって言われてたから、ゲーゲー吐きながら、それでも、きゆに喜んでほしかったからさ、何度も空気を入れ替えた」
きゆの目から何度も何度も涙が落ちた。
流人はきゆの隣に座り、きゆの肩を優しく抱き寄せる。
「俺は、こうやって、俺から離れたきゆの心をちょっとずつ取り戻すから…
覚悟しとけよ~~~」
流人はきゆの肩を抱いたままブルブル震わせて、きゆを笑わせた。
スーツケースに閉じ込められていたバラの花達は、たくさんの空気を浴びてますます美しく輝いてる。
4か月遅れの流人からの誕生日プレゼントは、海を越えて、今、やっときゆの元へ届いた。
*** *** ***
その日の夜は、流人の歓迎会が予定されていた。
きゆは役場の人に、夕方には流人を役場の隣にある研修センターに連れてくるよう言われていたため、それまでの間に、流人が病院で寝泊まりできる最小限の物を買い揃えたり、忙しく時間を過ごした。
流人は病院の車を借りて、町の様子を散策に行った。
流人は実のところ、この島に赴任できたことを心から喜んでいた。
きゆに会えるのはもちろんだが、この島の気候や風土、田舎ならではの人間らしい暮らしに密かに憧れていた。
きゆを好きになったのも、きゆ自身からにじみ出てくる素朴さだったり、無垢な澄んだ心だったり、人情味あふれた柔らかい性格だったり、都会の便利な生活の中では中々培えない優しく豊かな人間性に、心底惚れていた。
きゆから聞かされる田舎の話が、流人は大好きだった。
いつかは行ってみたい……
きゆの故郷は、流人にとってささやかな憧れの情景であり希望の一つだった。
きゆの生まれ育った島は、本当に小さな島だ。
役場の周りに小さな商店街あり、きっと、島の人達はここに来て日用品の買い物をする。
コンビニも、便利な量販店も、24時間営業のファミレスもない。
でも、美味しい空気と、澄み渡る青い空、濃い緑のざわめく木々がある。
流人はそれだけでよかった。
肩の力が抜け、最小限の情報に頭を切り替える。
きゆを連れて帰ることは当たり前のことで、でも、この一年、俺自身も楽しみたい…
流人は颯爽と車を走らせた。
1
あなたにおすすめの小説
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
ワケあり公子は諦めない
豊口楽々亭
ファンタジー
精霊の加護により平和が守られている、エスメラルダ公国。
この国の公爵家の娘、ローゼリンド公女がある日行方不明になった。
大公子であるヘリオスとの婚約式を控えた妹のために、双子で瓜二つの兄である公子ジークヴァルトが身代わりになることに!?
妹になり代わったまま、幼馴染みのフロレンスと過ごすうち、彼女に惹かれていくジークヴァルト。
そんなある日、ローゼリンドが亡骸となって発見されて……───最愛の妹の死から始まる、死に戻りの物語!!
※なろう、カクヨムでも掲載しております。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
「四半世紀の恋に、今夜決着を」
星井 悠里
ライト文芸
赤ちゃんからの幼馴染との初恋が、ずっと、心の端っこにある。
高校三年のある時から離れて、もうすぐ25歳なのに。
そんな時、同窓会の知らせが届いた。
吹っ切らなきゃ。
同窓会は三か月後。
私史上、いちばん綺麗になって、けじめをつけよう。
冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない
彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。
酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。
「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」
そんなことを、言い出した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる