君の中で世界は廻る

便葉

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桜の頃 …6

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「流ちゃん、そんな事言っちゃだめだよ…
役場の人達が流ちゃんの事を思って、準備してくれたんだから」


流人はソファの上でふて寝している。


「俺、しばらくは病院で寝泊まりするよ。そんなの当直で慣れてるし。
役場の人にも、俺の方からそう言うから心配しないで」


きゆは流人の気持ちも痛い程分かるため、何も言えなかった。
確かにここは、田舎育ちの私でさえちょっと寂しいと感じてしまうから。


「あ、きゆ、忘れてた」


流人はそう言うと、玄関に置きっぱなしになっているスーツケースを持って来た。
きゆをソファに座らせ、そのスーツケースをきゆの目の前に置く。


「きゆちゃん、開けてみ」


きゆがそのスーツケースを指さすと、流人はおどけたふりをしてうんうんと頷いた。


「え~、なんか、洗濯物とか飛び出してきたら嫌だな」


「う~~ん、多分、それはないと思う…」


きゆは流人の顔をチラチラ見ながら、思い切ってそのスーツケースを開けてみた。


「……………」


そのスーツケースの中にはぎっしりとバラの花が詰まっていた。
赤はもちろんピンクに黄色、何本かは紫色のバラもある。
きゆは、胸が詰まって、何も言葉が見つからない。
きゆの一番大好きな花、それがバラの花だったから。


「4か月近く遅れたけど、きゆ、お誕生日おめでとう…」


きゆは絶対に泣きたくなかった。
あの誕生日の夜の出来事は、大きなトラウマとなってきゆの心を苦しめている。


「あの日、渡せなかったからさ。

でも、よかった~~

このバラたちは、俺と一緒に、あの荒れ狂う海を渡ってきたんだ。
俺はすごい船酔いして、でも、花屋のお姉さんにスーツケースの空気を何度も入れ替えて下さいねって言われてたから、ゲーゲー吐きながら、それでも、きゆに喜んでほしかったからさ、何度も空気を入れ替えた」


きゆの目から何度も何度も涙が落ちた。
流人はきゆの隣に座り、きゆの肩を優しく抱き寄せる。


「俺は、こうやって、俺から離れたきゆの心をちょっとずつ取り戻すから…
覚悟しとけよ~~~」


流人はきゆの肩を抱いたままブルブル震わせて、きゆを笑わせた。

スーツケースに閉じ込められていたバラの花達は、たくさんの空気を浴びてますます美しく輝いてる。
4か月遅れの流人からの誕生日プレゼントは、海を越えて、今、やっときゆの元へ届いた。


***  ***  ***


その日の夜は、流人の歓迎会が予定されていた。

きゆは役場の人に、夕方には流人を役場の隣にある研修センターに連れてくるよう言われていたため、それまでの間に、流人が病院で寝泊まりできる最小限の物を買い揃えたり、忙しく時間を過ごした。

流人は病院の車を借りて、町の様子を散策に行った。
流人は実のところ、この島に赴任できたことを心から喜んでいた。
きゆに会えるのはもちろんだが、この島の気候や風土、田舎ならではの人間らしい暮らしに密かに憧れていた。

きゆを好きになったのも、きゆ自身からにじみ出てくる素朴さだったり、無垢な澄んだ心だったり、人情味あふれた柔らかい性格だったり、都会の便利な生活の中では中々培えない優しく豊かな人間性に、心底惚れていた。

きゆから聞かされる田舎の話が、流人は大好きだった。

いつかは行ってみたい……
きゆの故郷は、流人にとってささやかな憧れの情景であり希望の一つだった。

きゆの生まれ育った島は、本当に小さな島だ。
役場の周りに小さな商店街あり、きっと、島の人達はここに来て日用品の買い物をする。
コンビニも、便利な量販店も、24時間営業のファミレスもない。

でも、美味しい空気と、澄み渡る青い空、濃い緑のざわめく木々がある。

流人はそれだけでよかった。
肩の力が抜け、最小限の情報に頭を切り替える。

きゆを連れて帰ることは当たり前のことで、でも、この一年、俺自身も楽しみたい…

流人は颯爽と車を走らせた。


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