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嵐の頃 …15
しおりを挟む流人はもう生きて帰れないと真剣に思った。
光浦のおばあさんに言われて走っている道は、もはや道ではない。
森の中にある細長いスペースを走っているようなものだ。
でも、森を吹き抜ける突風の勢いはすさまじく、たまに車が浮いてしまう感覚があるほどだった。
とにかく、今はひたすら坂を上っいるはずだ。
それすらも、真っ暗闇の中では認識できない。
「先生、ここからは多分、右側が崖になってるから。
道は狭いけど、でも、距離は短い。
ここさえ抜ければ大丈夫。
あとは、なだらかな道を下っていくだけだから」
「マ、マジっすか…」
さすがの流人も鳥肌が立つほどの恐怖が襲いかかり体が震える。
「何も考えずに真っ直ぐ走れ。
カーブはない、ひたすらまっすぐ」
「が、崖は大丈夫ですよね?…
崩れたりとかは?…」
「崩れたら崩れたで死ぬだけだ。
それもこれも私達の運命、だから、毎日を精一杯生きる。
いつ死んでも悔いが残らないようにね」
いい言葉だった。
こんな状況じゃなければ、メモにでも取りたいくらい。
でも、逆に、こんな状況だからこそ、胸に響くのかもしれない。
「光浦さん、僕は、光浦さんと運命を共にしたくありません。
死ぬ時は愛する人の元で死にたいので」
「じゃ、脇目も振らずに運転しなさい。
集中して、真っ直ぐに、猛スピードで!」
*** *** ***
きゆは飲むことも食べることも忘れ、待合室の長椅子に茫然と座っていた。
閉め切った病院の中にも、外で鳴り響くサイレンの音や島内放送のアナウンスががんがん聞こえてくる。
どこの地域でがけ崩れが発生したとか、どこの地域が床下浸水だとか、災害は各地に広がっていた。
この非常に強い台風は夜中の3時にこの島に上陸するらしい。
きゆはもう時計を見るのは止めた。
時計を見て時間を知る事は、流人に最後に会ったあの時間を思い出してしまうから。
どうして止めなかったのだろう…
きゆは恐怖と後悔で涙も枯れ果てた。
泣いても、泣いても、祈っても、祈っても、流人はまだ帰って来ない…
もう、深夜の零時もとっくに過ぎた。
時間を知りたくなくても、携帯を見るたびに嫌でも時間が目に飛び込んでくる。
お願いします…
神様、流人を無事に帰してください…
もう何百回祈っただろうか、きゆは亡霊のように窓へ様子を見に歩いて行く。
流人は、今、どこで何をしているのだろう…
その時、窓の外に見える駐車場に車のヘッドライトが近づいてくるのが分かった。
「…流ちゃん」
きゆは横殴りの雨が降る中、外へ飛び出した。
そこには、雨と泥でびしょ濡れになった流人が立っている。
「…きゆか?
あ~、やっと帰って来れた」
きゆは何も考えず流人に抱きついた。
涙がとめどなく流れて、嗚咽で何も話せない。
「ただいま…」
雨の音も風の音も何も聞こえないし、聞きたくなかった。
今は流人の声と流人の脈打つ鼓動しか聞きたくない。
良かった……
本当に良かった……
きゆは流人がシャワーから出てくるのを待っていた。
流人を待っている長い時間に、きゆは気を紛らわすために夕食も作った。
流人はきっとお腹を空かせて帰って来るだろうと思い、病院の小さな台所でわずかしかないお米と冷蔵庫に入っている卵とソーセージで、塩おにぎりと卵焼きにソーセージを炒め、お皿に並べて準備していた。
まだ、停電が続いているため、院長室にろうそくを二本立てた。
柔らかいほのかな灯りは、張り詰めてクタクタになったきゆの心を癒してくれる。
流人は病院のシャワールームから洗いざらしの髪に短パン一枚という格好で出てくると、院長室の応接台に並んでいる食べ物を目にして口笛を鳴らした。
「きゆ~~~、もう、きゆは本当に最高だよ。
実は光浦のおばあちゃんをセンターまで届けた時に、役場の人から、中に食事を用意してあるから食べていってって言われたんだけど、きゆがここで待ってるって思ったから断って急いで来たんだ。
きゆの顔を見てホッとしたら、急激に腹が減ってきた」
流人は応接台の前に座っているきゆの隣に腰かけた。
ろうそくの灯りに照らし出されるきゆの顔をジッと見る。
「きゆ、なんか、どうしたの?
10歳くらい老けたみたいな顔になってるけど」
きゆは流人のあまりにも軽くていい加減なふざけた質問に涙が溢れた。
「バカ、どれくらい心配したと思ってるのよ…」
きゆは流人の胸を激しく叩いた。
確かにあの流人を待つ何時間かで、一気に老け込んだかもしれない。
でも、それくらいに不安で心配で怖くて怯えていた事実を、流人は何も分かっていない。
「ごめん…
ふざけ過ぎた…
俺も、まだ、気持ちが高ぶったままなのかもしれない。
あの凄まじい状況の中で、こんな風にきゆとまたご飯が食べれるなんて夢にも思わなかったからさ。
ま、今、こうやってここに居れるのは、本当に奇跡だよ…」
きゆは涙を拭いて苦し気な表情を浮かべ、流人の顔を見た。
「マルは? 大丈夫だった?」
流人は病院に着いてすぐにシャワーを浴びたため、きゆは詳しい話を聞けずにいた。
流人は疲れ果てた顔をしているきゆを自分の方へ引き寄せ、優しく肩を抱いた。
「マルは、めっちゃ、カッコよかった…
マルにとって本田のおじいちゃんは全てなんだ。
何があってもおじいちゃんの事を裏切らないし、離れたりもしない。
だから、おじいちゃんの事を信じて、雨風の中、耐えて待ってた」
流人はマルの姿を思い出し、さりげなく涙を拭った。
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