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みぞれの頃 …2
しおりを挟む「きゆ…
大丈夫だから、ちゃんと帰ってくる。
ってか、今の俺の帰る場所はここだろ?
出張に行って違う所に帰る方がおかしな話だし。
だから、不安になんてならなくていいから」
きゆは小刻みに震える手を必死にもう一つの手で押さえ込む。
流人の言うように、不安になる方がおかしいし今年は去年とは違うのも分かっている。
「きゆに誕生日プレゼント買ってくるよ。何がいい?
バラの花は4月にプレゼントしたし、何か欲しい物があったら言って」
きゆは首を横に振り、何度も深呼吸をする。
「きゆ? 大丈夫か?」
きゆは抑えきれず流人の首元に抱きついた。
「流ちゃん、その学会って行かなきゃダメなの?
もし、プレゼントをねだっていいって言うのなら、東京に…行かないでほしい…
なんだか、また、流ちゃんが私の元からいなくなりそうで怖いんだ…
東京から帰って来れなくなるんじゃないかって…
また、去年と同じ12月に…」
流人の首元に抱きつくきゆは全身が震えている。
流人はそんなきゆを強く抱き寄せ、優しくきゆの背中をさすった。
「もう、考え過ぎだって…
俺の帰る場所はここしかないんだから。
だから、きゆはどっしりと構えてればいいんだよ」
流人は、去年のあの12月の出来事を蒸し返したくはなかったし、きゆの不安な心に追い打ちをかけるような真似はしたくはない。
でも、あの出来事に触れずにいても、きゆの様子は胸が苦しくなるほど痛々しかった。
どんな状況であれ、きゆの心に傷をつけてしまったのは俺だ。
傷つけた行為を悔やむより、癒していく方法を二人で見つけなければならない。
「きゆ、でも、俺はやっぱり東京行きは止めない。
きゆが泣いて頼んでも、俺は、自分の用事を済ませに東京に帰る。
なんでだと思う?
それは、俺自身にとって、何も特別な事じゃないからだよ。
きゆの元へ帰る事は自然な事で当たり前の事。
それはこの地球がひっくり返っても変わらない。
だって、俺達は結婚するんだぞ、分かってる?」
きゆは流人にしがみついていた体を元に戻した。
流人の目を見て大きく頷くのが精一杯だった。
「ごめんね…
こんなに取り乱しちゃって…
そうだよね、私達は結婚するんだもの。
流ちゃんを信じて待つことなんてどうってことないはずだよね。
…うん、分かった。
私は誕生日を楽しみに待ってるから。
気をつけて行ってきて」
流人は無理に微笑むきゆに優しくキスをした。
その三日後、流人は東京に帰った。
来た時と同じように、飛行機じゃなくフェリーを使って。
きゆは港で流人を見送りながら、この先に、不穏な嵐が来ないことをずっと心で祈っていた。
流人がご両親と打ち解けた話ができますように…
そして、どうか二人の結婚を認めてくれますように…
きゆは流人が心配しないように明るく手を振ると、流人はきゆの気持ちを見透かしているのか、苦笑いを浮かべ更に大きく手を振った。
流ちゃん、無事に帰ってきてね……
それからの日々は、きゆにとって全く色のないものだった。
流人のいないこの島は、まるでモノクロのようだ。
でも、きゆは、気丈に元気に日常を過ごすだけだった。
もうすぐ27歳になる大人の女性が、恋人とほんのちょっと離れるだけでめそめそすること自体あり得ない。
きゆは油断をすると沈みそうになる自分の心を奮い立たせて、仕事に励んだ。
今日は老健施設の訪問診療の日だ。
でも、流人がいないという事で、施設の方が今日は相談日にしてくれた。
きゆは施設で待ってくれているお年寄りのために、少しだけ早く病院を出た。
そして、施設に着いたきゆは、正面玄関脇に置かれているベンチに瑛太が座っているのに気付いた。
「瑛太? どうしたの?
おばあちゃんのとこ?」
瑛太は黒の大きめのジャケットを着て、ベンチに縮こまって座っていた。
「あ、いいから。
俺の事は気にしないで仕事済ませてきなよ。
その後に、きゆにちょっと話があるからつき合って」
きゆは時間がない事もあり、瑛太に分かったと返事して仕事へ向かった。
きゆは老健施設にいるお年寄りと談笑することが好きだった。
みんな自分の若かりし頃の話をしたがる。
きゆはそんなお年寄りの昔話を自ら率先して質問し、できるだけ恋愛話をしてもらった。
あるおばあちゃんは、89年間生きた中で本当に愛した人はたった一人だという。
きゆにだけに耳打ちをしてそっと教えてくれた。
「旦那は死んでもういないけど、実はその愛しい人は旦那ではないの」
そのおばあちゃんはペロッと舌を出し、気恥ずかしそうにそう言った。
「その人は戦争で死んでしまったけれど、でも、私のここでいつまでも生きてる」
しわしわになった小さな手で胸の上を押さえながら、きゆを見て優しく微笑んだ。
きゆは最近よくこう考える。
本当の意味でお互いが求めあって信頼しあって、これ以上人を愛せないと思えるほどの気持ちで死ぬまで添い遂げる夫婦だったりカップルって、この世の中に一体どれくらいいるのだろうと…
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