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みぞれの頃 …1
しおりを挟む「流人先生、この毛布も持って行ってね~~」
きゆの母親の麻沙子は、最近、きゆが家に連れてくる田中医院の流人先生の世話を焼くことが生きがいになっていた。
本当の事を言えば、麻沙子は、きゆの元恋人が流人だという事を、流人がこの島に来た時から知っていた。
きゆから詳しく聞いたわけではない。
でも、きゆが突然この島に帰ってきた時に、麻沙子は理由を問いただした。
理由を聞かなければ、この小さな何もない島にきゆの居場所はないのではないかと思ったから。
きゆは一言、恋人と別れたと言った。
毎日泣いてばかりいるきゆに、麻沙子は何も言わず、美味しい食事を作り普段と何も変わらない島の生活をあえて続けた。
すると、4月に東京から若い男の先生が新しく田中医院に赴任するという話を聞き、その先生の勤めていた病院を聞いて、麻沙子はすぐに確信した。
きゆの彼氏がやってくると…
秋も深まる11月が終わる頃、ある日、突然、きゆが流人を連れてきた。
口数少ないきゆからは何も聞けなかったが、代わりに流人がたくさん話してくれた。
「この小さな島では噂が広まるのは早いと聞いたので、変にご両親の耳に入るより、僕の方からちゃんと話しておこうと思って…
あの、僕ときゆさんは、真面目におつき合いをしています。
よろしくお願いいたします」
麻沙子もきゆの父親の恭一も、最初はお医者様という事もあり、かしこまり正座をして流人の話を聞いた。
特に、恭一は島の有名人の流人の訪問に驚きを隠せなかった。
「きゆさんとは、結婚を前提におつき合いをしています。
だから、こうやって、ちょこちょこ、ここに遊びに来ていいですか?」
凛々しい顔をしているのに笑うと少年のようになる流人に、麻沙子も恭一も反対する理由が見つからなかった。
それよりこんな田舎者の娘でいいのだろうかと、愛するきゆを思えばこその心配が頭をよぎる。
こんな立派な先生と、きゆは本当に結婚できるのだろうか…
麻沙子は夕食を済ませ帰ろうとしている流人に、大きな紙袋を持たせた。
「あ、ありがとうございます」
「病院は冷えるでしょ?
院長室のエアコンは壊れてるってきゆから聞いて、毛布が一枚あるのとないのとでは全然違うから」
田中医院の院長先生は、結局年明けからの復帰となっていた。
まだ、東京に住む娘夫婦の家でゆっくり休養を取っている。
「確かに…
じゃ、ソファに敷いてもいいですか?
あそこが一番寒くて…」
「うん、どこに使ってもいいから。
とにかく、風邪を引かないように、ね?」
きゆは帰りの車の中で、小さくため息をついた。
「どうした? そんな深いため息をついて」
きゆは毛布が入った紙袋を指さして流人を見た。
「うちのお母さんもお父さんも、流ちゃんへのお節介がひどすぎない?
だって、昨日は、電気ストーブを持たされたのに、今日は毛布でしょ。
自分の親ながら笑っちゃうよ…」
「いいじゃん、娘を愛してる証拠だよ」
「だから、切なくなるの…
必死に藁にでもすがる感が強すぎて。
きっと、流ちゃんとの結婚だって全く信じていないと思う。
そう思うのもしょうがないけどね…」
流人は車を病院の駐車場に停め、でもエンジンは切らずに助手席に座るきゆを見た。
「実は、12月に入ったらすぐに東京に一週間ほど帰らなきゃならないんだ。
でも、10日のきゆの誕生日にはちゃんと帰ってくるから、それは心配しなくても大丈夫。
毎年、参加してる学会に出るのと、それと…
それと、親父とおふくろに、俺ときゆの事をちゃんと話してこようと思ってる」
きゆは言葉に詰まっていた。
自分の中で克服できたと思っていたトラウマが、また鮮明に蘇ってくる。
ううん、今年は去年とは違う…
今年は、流ちゃんと二人でこの島で私の誕生日を迎えられる…
ちゃんと誕生日には私の元へ帰って来てくれる…
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