32 / 47
みぞれの頃 …3
しおりを挟むきゆが仕事を済ませ建物の外に出てみると、今度は外のベンチに瑛太は座っていた。
もう12月に入り、外の風はとても冷たいというのに。
「瑛太、どうしたの?
中で待ってればいいじゃない?」
大きな体を面倒臭そうに動かし、瑛太はよいしょと立ち上がった。
「もうお昼の時間だろ?
ちょっと、俺につき合ってよ」
瑛太は買い物袋をきゆに手渡すと、自分の車に乗り込みきゆを呼んだ。
「すぐそこの公園までつき合って。
天気が悪いからあんまり最高の景色は期待できないけど」
老健施設のほぼ隣にある芝生で整えられた小さな公園は、天気がいい日は真っ青な海が見渡せる。
でも、どんよりとした曇りの天気では、寒さのあまり車の外に出る気にもならなかった。
「きゆ、俺には本当の事を教えてほしい」
車の座席に座ったまま、瑛太は近くに見える公園のどこかだけを見つめている。
きゆは何となく予想がついた。
瑛太がきゆに何を聞こうとしているのか…
「お腹空いた~
瑛太が買ってきてくれたおにぎり食べていい?」
きゆはさりげなく話題を変えようとしたが、そう上手くはいかない。
「きゆ、あいつとつき合ってるのか?」
瑛太はまだ一点を見つめている。
きゆから見える瑛太の横顔は、いつもの穏やかで優しい瑛太の顔ではなかった。
きゆは大きく頷き、瑛太の顔を見た。
物心ついた時から瑛太はきゆの一番の友達だった。
いつも寛大で、怒った顔など一度も見たことがない。
でも、今の瑛太の顔は、奥歯を噛みしめた険しい表情の大人の男の顔だった。
「なんかさ…
色んな噂が耳に入ってくるんだ…
きゆとあいつは東京にいる時からつき合ってたとか、きゆはあいつにフラれてこの島に帰ってきて、あいつはそんなきゆを追ってこの島にやって来たとか」
きゆは今度は小さく頷いた。
「うん、そう、そのまんまだよ…
もう、そんなに噂になってるんだ…
噂じゃないか… 本当の話だから」
瑛太は切なそうにつぶやくきゆを見て、更にしかめた顔をする。
「全然、嬉しそうじゃないじゃん。
不安でたまらないって顔をしてる。
何があってあいつにフラれてここに帰ってきたのかは知らないけど、その問題はクリアできたのか?
きゆを追ってここまで来てくれた、それだけで女の人は心が揺さぶられるし、勢いでよりを戻すパターンだよな?
でも、俺は、あいつときゆが結ばれるとは到底思えない。
あいつって大病院の息子で次期院長なんだろ?
そんな簡単なもんなのか??
そうじゃないから、それをちゃんと分かってるから、きゆはこの島に帰ってきた。
そうだろ?」
「やめて……」
きゆは心から追い出したはずの不安の固まりが、瑛太の言葉によってまた心に忍び寄るのが分かった。
「勝手な事言わないで…
色々あったけど、たくさん話をして、お互い納得したの。
先生は私と結婚するってちゃんと言ってくれてる…
だから、瑛太は余計な心配はしなくていいの… 大丈夫だから…」
きゆは泣きそうになる自分の弱さを抑えつけ、瑛太を見て余裕のある笑顔を浮かべた。
「きゆ…
俺じゃダメか?…」
瑛太はさっきの顔つきとは真逆の、切なさとやり切れなさに満ちた顔をしている。
「瑛太……」
きゆがそう言った途端、瑛太はきゆを抱きしめた。
「あいつの事は諦めろよ…
俺が、あいつ以上に、きゆを幸せにするからさ」
きゆは優しくでもはっきりと首を横に振った。
「瑛太、ごめん…
きっと、私は、先生じゃないと幸せになれないの…
瑛太だって分かってるでしょ?
流人先生はあんなだけど、誰よりも誠実で嘘はつかない人だって。
この島に来た理由は不誠実かもしれないけど、でも、ここでの生活や仕事ぶりは、誰よりも真面目で島の皆の事を想ってる。
下手したら、私とかよりも、瑛太とかよりも、深く想ってくれてる」
瑛太は静かにきゆを離した。
「私が愛している人は一人しかいない…
そして、それは瑛太じゃないの…
ごめんね…」
瑛太はきゆの芯の強さを誰よりも分かっている。
でも、だからこそ、裏切られたと時のダメージも大きい。
そして、もしまた捨てられる事があったなら、二度目の裏切りはきゆにとって致命傷になるだろう。
「あいつにフラれたら俺がもらってやる…
それは覚えといて…」
1
あなたにおすすめの小説
結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~
馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」
入社した会社の社長に
息子と結婚するように言われて
「ま、なぶくん……」
指示された家で出迎えてくれたのは
ずっとずっと好きだった初恋相手だった。
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
ちょっぴり照れ屋な新人保険師
鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno-
×
俺様なイケメン副社長
遊佐 学 -Manabu Yusa-
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
「これからよろくね、ちとせ」
ずっと人生を諦めてたちとせにとって
これは好きな人と幸せになれる
大大大チャンス到来!
「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」
この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。
「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」
自分の立場しか考えてなくて
いつだってそこに愛はないんだと
覚悟して臨んだ結婚生活
「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」
「あいつと仲良くするのはやめろ」
「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」
好きじゃないって言うくせに
いつだって、強引で、惑わせてくる。
「かわいい、ちとせ」
溺れる日はすぐそこかもしれない
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
俺様なイケメン副社長と
そんな彼がずっとすきなウブな女の子
愛が本物になる日は……
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
一億円の花嫁
藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。
父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。
もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。
「きっと、素晴らしい旅になる」
ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが……
幸か不幸か!?
思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。
※エブリスタさまにも掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる