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語らい
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『そのピアスは、相愛の相手と片方ずつ身に着けた方がより効果がある。彼に渡すといい』
そう告げて、侍従に追い立てられながら席を立った長兄と入れ替わるように、エラルドが現れた。終わる頃を見計らい、予め伝えられていたらしい。
「ごきげんよう、エラルド王太子殿下」
「セレスリア皇女殿下におかれましては、ご機嫌麗しく」
形式的な挨拶の後、ドレスや髪型、アクセサリーに至るまで褒められ、頬を緩めた。女性の身支度は時間も労力もかかる。故に、装いを褒めるのは礼儀ともいえるが、細部まで気付いてもらえるとやはり嬉しい。私的な茶会なので、顔に出しても問題ない。
「どうぞお座りになって?」
「セレスもいつも通りでね?」
「分かってるわ」
ここ数か月は建国記念パーティの準備などで、エラルドとゆっくりお茶をしている時間がとれなかった。夜会も式典も、隙を見せるわけにはいかないので気を張るばかり。くだけた口調で話すのも、2人で過ごす心地よい空気も久しぶりだ。
隣り合って座ると、新たにエラルドの分のティーカップが置かれる。イグリードの元にあったものは既に片付けられていた。
ふと、彼の視線がテーブルの軽食に向けられ、くすりと笑う。
「このスリーティアーズ、全部セレスの好みだね」
「ええ。イグリードお兄様とのお茶会ではいつもなの」
「気持ちはよく分かる」
「そうなの?」
「セレスが喜んでくれる方が、嬉しいから」
「…ありがとう」
「ん? なにが?」
「そういうところ」
さらりとごく自然なことのように言うが、それが当たり前でないことを知っている。肉親であろうが、…愛を向ける相手であろうが。
血の繋がりがあろうと、無条件に愛されるわけではない。気にかけてくれるわけではない。手を差し伸べてくれるわけではない。
私のことを知り、想い、喜ばせたいと。
言葉にすれば簡単なようで、簡単ではないことを。
求めれば得られるというわけではないことを、知っている。
──ああ、まただ。
前世と比較することはなくなっていたのに、切り離せなくなっている。記憶が引きずられている。
”私”に向けられたものを、”ティエラ”だったときと比べても無意味なのに。国も環境も人も、何もかも重ならないのだから。今の私は、”ティエラ”ではないのだから。
嬉しいと感じているのは確か。私を思ってくれる人たちに、想いだけではない何かを返したいと思っているのも、感謝があるのも、本当の気持ち。私のまま、そのまま受け止めるだけでいいのに、いつまで捉われているのだろう。
あの男だけが、変わらなかったのを目にしたせいだろうか。
いや、それは単なる他責に過ぎない。自分の中の問題をすり替えてはいけない。
「大丈夫かい、セレス?」
思考の海に溺れそうになっているのを、引き上げたのはエラルドの明瞭な声。気遣わしげな瞳。
父母を、兄たちを、妹を、臣下たちを、周囲にいる人々を、そして婚約者を、信じている。信じられるように、なった。
言葉にする前に心を汲み、傍にいてくれた彼らを、どうして信じられずにいられようか。
気がかりは自分のこと以外にもあるけれど、過剰に不安に思うのは、彼らを疑っているようなものだ。
だから軽く首を振り、笑った。
「昨日のアレのことなら、心配いらないからね」
「…何かしたの?」
「セレスは気にしなくていいよ」
何をしたのだ。まさか、次兄と話していたことではないだろうが。
「…気になるわ」
「そんなことより、私を気にしてほしいね。婚約者が美しいと寄ってくる虫が多くて多くて…気が気じゃない」
「それ、エル様が言うの?」
「言うさ」
愛称を呼ぶと、セレスに向ける笑みが変わる。他の誰にも向けない、蕩けるような甘い笑み。
「エル様こそ、数多の女性から秋波を送られてるじゃない」
「私はセレスしか興味ない」
「わたくしだって同じよ?」
「そもそも、外見だけで寄ってこられてもねえ」
「…確かに、理知的で涼しげなアイスブルーの瞳も、真っすぐで癖のないグリーンがかった金糸のような髪も、端正なお顔立ちも素敵だけど、エル様の魅力は容姿だけじゃないでしょ」
「セレスこそ、煌めくシルバーブルーの髪も、どんな高価な宝石も敵わないヴァイオレットの瞳も、その目に映したいという男がどれほどいることか。もちろん、君の美しさはそれだけじゃないけど」
お互い、皇族、王族という地位も権力ある立場で。
どうしても、”個人”として見られることがない。
外見や立ち位置だけで人を判断し、すり寄ってくる人間は多く、避けることは難しい。
セレスリアもエラルドも、生まれたときから、その血の責任を背負っている故の引き換えでもある。それは変えようがないし、変えようとするならば相応の代償が必要だとも。
上に立つものは、民に生かされている存在だということを、教えられるまでもなく理解しなければならないのだ。
だからこそ。
「──エル様のお傍にいられるなら、皇女として生まれてよかったと思うわ」
「それなら、私の最大の幸運は、セレスと出逢えたことだね」
そうして、2人して、顔を合わせて声を立てて笑う。
「…そういえば気になってたんだけど」
「なあに?」
「セレスの手元にあるの、なに?」
じっと、やけに真剣な目で先ほどイグリードから贈られた箱を見ている。
「これのこと? ああ、ちょうどよかった。渡そうと思ってたの」
「私にかい? …君が誰かに贈られたものじゃなくて?」
「半分正解よ。イグリードお兄様からなんだけど」
開けて見せ、かいつまんで説明する。
「なるほど。では片方、貰っていいかな」
「どうぞ」
エラルドはピアスの片方を手に、矯めつ眇めつ眺めていると、不意に悪戯を思いついたような顔で笑う。
「セレスがつけて?」
「わたくしが?」
「うん、そう」
難しいことではないのでと了承し、形のいい耳につけると。
「…セレスのは私がつけてあげる」
引き寄せられ、耳元で囁かれる。
ばっと、耳を抑え距離をとると実に楽しそうに笑われた。
顔に熱が集まっているのが分かる。
「まるで薔薇のように色づいたね。…かわいい」
「エル様…っ」
「ほらおいで」
「………っ」
「セレス?」
してやられたことが少し悔しいので、ささやかな抵抗で無言で近寄った。
そんな私を気にすることなく、エラルドは機嫌よく耳に触れ、ピアスが装着される。
「…いいね。セレスが私の色を纏ってるのを見るのは、気分がいい」
言われてみれば、エラルドの瞳の色そのままだ。
渡されて見たとき、私の色でないのを訝しく思ってはいたけれど、そういうことか。
『お前は自分の色より、エラルド殿の色の方が好きだろう?』なんて、お兄様の副生音が聞こえた気がする。
間違ってはいない。いないけれど。
「お兄様も、エル様も、ほどほどにしてくださいませんか」
「セレス、口調」
「今はそんなこと、」
「そんなに、そのかわいい唇を塞がれたいのかい? 大歓迎だけど」
「…ごめんなさい」
留学するのも目前に迫っているけれど。
平穏に過ごせるだろうか、いろいろな意味で。
─────*─────*─────*─────*─────*─────
そろそろ書く気力がなくなってきた(早い)。
しかし意図していたわけではないのだが、エル様ってーと、某金色の魔王思い出しますな。
そう告げて、侍従に追い立てられながら席を立った長兄と入れ替わるように、エラルドが現れた。終わる頃を見計らい、予め伝えられていたらしい。
「ごきげんよう、エラルド王太子殿下」
「セレスリア皇女殿下におかれましては、ご機嫌麗しく」
形式的な挨拶の後、ドレスや髪型、アクセサリーに至るまで褒められ、頬を緩めた。女性の身支度は時間も労力もかかる。故に、装いを褒めるのは礼儀ともいえるが、細部まで気付いてもらえるとやはり嬉しい。私的な茶会なので、顔に出しても問題ない。
「どうぞお座りになって?」
「セレスもいつも通りでね?」
「分かってるわ」
ここ数か月は建国記念パーティの準備などで、エラルドとゆっくりお茶をしている時間がとれなかった。夜会も式典も、隙を見せるわけにはいかないので気を張るばかり。くだけた口調で話すのも、2人で過ごす心地よい空気も久しぶりだ。
隣り合って座ると、新たにエラルドの分のティーカップが置かれる。イグリードの元にあったものは既に片付けられていた。
ふと、彼の視線がテーブルの軽食に向けられ、くすりと笑う。
「このスリーティアーズ、全部セレスの好みだね」
「ええ。イグリードお兄様とのお茶会ではいつもなの」
「気持ちはよく分かる」
「そうなの?」
「セレスが喜んでくれる方が、嬉しいから」
「…ありがとう」
「ん? なにが?」
「そういうところ」
さらりとごく自然なことのように言うが、それが当たり前でないことを知っている。肉親であろうが、…愛を向ける相手であろうが。
血の繋がりがあろうと、無条件に愛されるわけではない。気にかけてくれるわけではない。手を差し伸べてくれるわけではない。
私のことを知り、想い、喜ばせたいと。
言葉にすれば簡単なようで、簡単ではないことを。
求めれば得られるというわけではないことを、知っている。
──ああ、まただ。
前世と比較することはなくなっていたのに、切り離せなくなっている。記憶が引きずられている。
”私”に向けられたものを、”ティエラ”だったときと比べても無意味なのに。国も環境も人も、何もかも重ならないのだから。今の私は、”ティエラ”ではないのだから。
嬉しいと感じているのは確か。私を思ってくれる人たちに、想いだけではない何かを返したいと思っているのも、感謝があるのも、本当の気持ち。私のまま、そのまま受け止めるだけでいいのに、いつまで捉われているのだろう。
あの男だけが、変わらなかったのを目にしたせいだろうか。
いや、それは単なる他責に過ぎない。自分の中の問題をすり替えてはいけない。
「大丈夫かい、セレス?」
思考の海に溺れそうになっているのを、引き上げたのはエラルドの明瞭な声。気遣わしげな瞳。
父母を、兄たちを、妹を、臣下たちを、周囲にいる人々を、そして婚約者を、信じている。信じられるように、なった。
言葉にする前に心を汲み、傍にいてくれた彼らを、どうして信じられずにいられようか。
気がかりは自分のこと以外にもあるけれど、過剰に不安に思うのは、彼らを疑っているようなものだ。
だから軽く首を振り、笑った。
「昨日のアレのことなら、心配いらないからね」
「…何かしたの?」
「セレスは気にしなくていいよ」
何をしたのだ。まさか、次兄と話していたことではないだろうが。
「…気になるわ」
「そんなことより、私を気にしてほしいね。婚約者が美しいと寄ってくる虫が多くて多くて…気が気じゃない」
「それ、エル様が言うの?」
「言うさ」
愛称を呼ぶと、セレスに向ける笑みが変わる。他の誰にも向けない、蕩けるような甘い笑み。
「エル様こそ、数多の女性から秋波を送られてるじゃない」
「私はセレスしか興味ない」
「わたくしだって同じよ?」
「そもそも、外見だけで寄ってこられてもねえ」
「…確かに、理知的で涼しげなアイスブルーの瞳も、真っすぐで癖のないグリーンがかった金糸のような髪も、端正なお顔立ちも素敵だけど、エル様の魅力は容姿だけじゃないでしょ」
「セレスこそ、煌めくシルバーブルーの髪も、どんな高価な宝石も敵わないヴァイオレットの瞳も、その目に映したいという男がどれほどいることか。もちろん、君の美しさはそれだけじゃないけど」
お互い、皇族、王族という地位も権力ある立場で。
どうしても、”個人”として見られることがない。
外見や立ち位置だけで人を判断し、すり寄ってくる人間は多く、避けることは難しい。
セレスリアもエラルドも、生まれたときから、その血の責任を背負っている故の引き換えでもある。それは変えようがないし、変えようとするならば相応の代償が必要だとも。
上に立つものは、民に生かされている存在だということを、教えられるまでもなく理解しなければならないのだ。
だからこそ。
「──エル様のお傍にいられるなら、皇女として生まれてよかったと思うわ」
「それなら、私の最大の幸運は、セレスと出逢えたことだね」
そうして、2人して、顔を合わせて声を立てて笑う。
「…そういえば気になってたんだけど」
「なあに?」
「セレスの手元にあるの、なに?」
じっと、やけに真剣な目で先ほどイグリードから贈られた箱を見ている。
「これのこと? ああ、ちょうどよかった。渡そうと思ってたの」
「私にかい? …君が誰かに贈られたものじゃなくて?」
「半分正解よ。イグリードお兄様からなんだけど」
開けて見せ、かいつまんで説明する。
「なるほど。では片方、貰っていいかな」
「どうぞ」
エラルドはピアスの片方を手に、矯めつ眇めつ眺めていると、不意に悪戯を思いついたような顔で笑う。
「セレスがつけて?」
「わたくしが?」
「うん、そう」
難しいことではないのでと了承し、形のいい耳につけると。
「…セレスのは私がつけてあげる」
引き寄せられ、耳元で囁かれる。
ばっと、耳を抑え距離をとると実に楽しそうに笑われた。
顔に熱が集まっているのが分かる。
「まるで薔薇のように色づいたね。…かわいい」
「エル様…っ」
「ほらおいで」
「………っ」
「セレス?」
してやられたことが少し悔しいので、ささやかな抵抗で無言で近寄った。
そんな私を気にすることなく、エラルドは機嫌よく耳に触れ、ピアスが装着される。
「…いいね。セレスが私の色を纏ってるのを見るのは、気分がいい」
言われてみれば、エラルドの瞳の色そのままだ。
渡されて見たとき、私の色でないのを訝しく思ってはいたけれど、そういうことか。
『お前は自分の色より、エラルド殿の色の方が好きだろう?』なんて、お兄様の副生音が聞こえた気がする。
間違ってはいない。いないけれど。
「お兄様も、エル様も、ほどほどにしてくださいませんか」
「セレス、口調」
「今はそんなこと、」
「そんなに、そのかわいい唇を塞がれたいのかい? 大歓迎だけど」
「…ごめんなさい」
留学するのも目前に迫っているけれど。
平穏に過ごせるだろうか、いろいろな意味で。
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