愛があれば、何をしてもいいとでも?

篠月珪霞

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四阿にて

ラジュワルド皇国に明確な四季はない。年中、穏やかで寒暖差が少なく、土地は肥沃な上に大きな災害もない、とても恵まれた国だ。隣国ベリエラも場所によって冬に多少の降雪があることを除けば、大した違いはない。治安の良さも含め、セレスリアの嫁ぎ先に選ばれた理由のひとつ。

皇宮には、おおまかに4カ所、ガゼボが設置してある。
各担当の庭師が精魂込めて造り上げた庭園で、それぞれ特色がある。一年を通し、咲き誇る花々が鑑賞できるのも、安定した気候に包まれた環境であることと、庭師たちの努力の賜物だ。
すべての庭園に美しさを感じているが、セレスリアはインシグニスブルーのネモフィラが一面に広がる東のこの庭園を特に気に入っている。兄妹間で『四阿』といえば暗黙の了解とばかりにここを差すのは、2人がそれを知っているからだ。


「ごきげんよう、イグリードお兄様」

もてなす客人より早く着くのはマナーなので、ホストである長兄は既に来ている。到着は、早すぎても遅すぎても礼を失するため、現在時刻は15時、5分前。
略式のカーテシーで挨拶すると、イグリードは立ち上がり手で制す。
我が兄ながら、相変わらずの麗しさというか。父母の美貌を完璧に受け継ぎ、次兄と同じ色彩を纏う長兄は所作ひとつとっても優雅だ。

「セレスリア。昨晩は災難だったね。…こちらに来て、座りなさい。軽食を用意してある」
「はい、お兄様」

侍従が椅子を引き腰かけると同時に、淹れたばかりの紅茶が置かれた。テーブルのスリーティアーズには、フルーツが彩を飾るケーキ、スコーン、サンドイッチと形式は変わらないが、どれも私の好みで揃えてある。こういうところも、相変わらずだ。ふふ、と思わず笑みがこぼれる。

「今日のオレンジのドレスもいいね。レースの刺繍も精緻で素晴らしい。よく似合っている」
「ありがとうございます。お兄様もそちらのカフス、先日の贈り物ですわね。素敵な細工」
「ああ、私も気に入っているよ」

本題に入る前置きの挨拶が済むと、置かれたティーカップを手に取り口にする。軽食も勧められたが、ひとまず断りを入れた。

「概要はフェリオスから聞いたが、当事者であるリアからも聞いておきたくてね」
「あまり変わらないと思いますわよ?」
「いい。その場に居合わせたとはいえ、身内でも第三者であることに違いないからな」
「分かりましたわ」

セレスリアの思考を交えて、事のあらましを説明すると、話が進むにつれイグリードの笑みが深まる。終わる頃には、それはそれは美しい微笑みを湛えた兄がいた。
…恐ろしい。
身内である私には分かる。
イグリードが本気で怒っているということを。

「その獣、本当に公爵家の人間か?」
「…獣って、お兄様」
「手順を踏まず、空気も読めず、各国首脳陣が集まるパーティで、己の感情と欲望優先で動いた輩に、理性があるとは到底言えないだろう?」
「否定はできませんが…」
「高位貴族でさえそれだ。そんな国に存在価値はないな」

断言である。
なんとなく、こうなることが予想できたので昨晩は席を外してもらったのだ。家族、特にセレスリアに害するものに対して容赦がない。
即断即決に加え、次兄と違い、その場で納得しても裏から手を回して長兄の望む方向へ誘導したりする。結果、どうなるかなど分かりすぎるほど分かっている。似たような会話を次兄と婚約者がしていたのはともかくとしてだ。

「いえ、こういってはなんですが、王太子殿下は非常にまともで人格者でしたので」
「ああ、単に奴が異常なだけか」
「…それも否定できませんが」
「では、その公爵家のみ潰せばいいか」
「お兄様…」

潰すことは確定なのか。

「かの公爵家は広大な土地と領民を持ち、管理しています。公爵家が爵位返上ともなれば、必ずその土地を巡って争いが生じます。公子1人ならともかく、領民が犠牲になることを、わたくしは望みません。それに、公子とて現状、罪という罪を犯したわけでもありませんし」
「そうだね」

敢えて言葉にせずとも、長兄は百も承知だ。行動に移していないのは、そういった背景と、ひとえにセレスリアが望まないからに尽きる。あわよくば、くらいは狙っているかもしれないが。
…お兄様、残念そうに溜息をつかないでください。

「リア。私はね、お前が幸せならいいと思っているよ」
「はい」

3つ上の長兄から大切にされていることを、過ぎるほどの愛情を向けられていることを、微塵も疑ったことはない。今に至るまでずっと、行動で、言葉で示されてきた。
前世が前世だっただけに、家族に愛されるということに戸惑いを感じていたのは昔の話。

「…お前を任せるに足る男が、この国にいればなあ…」
「……」

長兄の嘆きにセレスリアは沈黙を返す。
隣国との婚約が決まったとき、皇帝より難色を示したのがこの長兄だ。自国には長兄の基準──皇帝よりも厳しい──を満たす対象がいなかったにも関わらず。
セレスリアと年齢、身分、最低条件だけならば、釣り合う男性がいないこともなかった。幼少時の交流にも招かれていた。
しかし、長じるにつれ、本人の資質や能力に不足があったり、本人に責はなくとも他に問題が出てきたりと、結果、残らなかったのだ。エラルド以外は。
ほぼ確定した折に、共同事業、鉱山、商会など、様々な取引や条約が締結したりした。元々同盟国ではあるが、婚姻により強固な結びつきとなるだろう。

「その番とやらが、リアを幸せにできるのなら、私の持てる力をもって何としてでも婚約を解消してやるが」
「論外ですわ」
「分かっているよ。リアがエラルド殿を慕っていることもね」
「お兄様っ」

からかうような口ぶりに顔が熱くなる。身内から指摘されると妙に気恥しい。
誤魔化すように、お茶を飲む。

「──皇太子殿下」
「うん? もうそんな時間か」
「はい」

侍従との短いやり取りに、長兄には次の予定があることを窺い知る。
多忙な長兄は、いつでも時間に追われている。昨日の件で、私を心配し時間を割いてくれたのだと思うと、より実感する。本当に大事にされていると。

「さて、あまり時間が残されていないようだ。そろそろ本題に入ろうか」
「…昨晩のお話が本題ではなかったのですか?」
「それもないとは言わないが。──これを」

こと、と長兄の手で広いテーブルに置かれたビロード地の小箱。侍従から受け取ると、開けるように促される。
中には、アクアブルーの石が一粒の、シンプルなピアスが入っていた。

「他国では何があるか分からないからと、留学前に渡そうと用意したものだ。遅きに失したが、番認識阻害と魅了封じの力が込められている。正直、番に関しては必要になるとは思っていなかったのだが、協定があるにせよ、獣人による事件がないわけではない。…警戒ではなく備えのつもりだったのだがな」

スビアナイトの参加が判明した時点で渡すべきだったと、イグリードは深い溜息をついた。他国へ訪れる前に番認定されるとは誰も予想できるはずがない。

「それくらいなら、日常でもパーティなどでも、外すことなく着けられるだろう。留学先にも、問題になるほど華美ではないからね」
「…ありがとうございます」

向けられる愛情を重いと感じることはあるが、すべて私を思ってのことと知っている。
それが、私の意思を無視した押しつけではなく、尊重した上での愛情であることも。

「愛しているよ、私のリア。可愛い妹。お前の幸せを、いつも願っている」
「わたくしも愛しておりますわ、お兄様」

だから、心から笑みを浮かべられるのだ。












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おおよその改稿は終了です。
ちょこちょこ直しはすると思いますが( ̄▽ ̄)
道筋は決まっているので、あとは書くだけ…!
どうか最後までこの気力が続きますように。。
感想 1

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