愛があれば、何をしてもいいとでも?

篠月珪霞

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想いの在り方

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自分の身に何が起きたのか、セレスリアには分からなかった。
エラルドの常にない焦った顔を見たと同時に、抵抗の間もなく身体が宙に浮いた。
それから、目を開けていられないほどの速さで、私を掴んだまま駆けていく何か。危害を加えようというわけではなく、どこかに連れて行こうとしている?
そう感じたからこそ、下手にもがこうとはしなかった。この勢いで落とされでもしたら、傷が増えるだけだろうと思ったので。

この国の地理的なものはおおよそ把握していても、地図上で見るのとは大きな違いがある。もとより、方角すら分からないのでは。
さてどこまで行くのかと思い始めたころ、徐々にスピードが緩まってきた。目的地が近いのか。
門番がいないが、貴族の別荘らしき屋敷に入っていく。止まらないまま、部屋のベッドで降ろされる。途端、埃が舞い上がり軽く咳き込む。
ここがどこかも、何者が攫ったのかも大方見当はついているが、確認のため起き上がる。目の前には、全長は人よりもあるだろう、大型の獣。おそらくは狼だろう。

「──ガネーシュ公子ですね」

一部にしか知られていないが、獣人は獣化できる。また、獣化した際は身体能力も格段に上がると。
男は無言で人型に戻る。
私の体感ではかなりの距離を走ったようなのに、息を乱してすらいない。

「こんなところまで連れてきて、どういうつもりですか」
「………」

目的など分かりきっているが、一応は尋ねてみた。まともな答えが返ってくるかはともかくとして。
男は俯いたまま黙っている。ため息をついた。
こちらから重ねて問うてなどやらない。話す気のない人間に水を向けてやる必要性が感じられないから。
どちらにしても、この男に残された時間は少ないだろうし。今、私とこうしている時点で。

「………して」
「聞こえません」
「…どうして!」
「……何が」
「俺という番がいるのに、どうして他の男と!」
「…………」

まだそんなことを言っているのか。今にも飛び掛かりそうなのに、縋るような目が心底鬱陶しい。素に戻っているのかくだけた口調よりも、その目が。
はーーーっと今度は長い溜息をついた。

「いつ、わたくしが、あなたの番であることを、認めました?」

噛んで含めるように、ゆっくり言葉を紡ぐ。
どうあっても勘違いなどさせないように。

「一言でも、あなたに好意を伝えたことがありました? 好きだとか、愛してるだとか、一言でも」

あるわけがない。
私が口にしたのは、始めから最後まで拒絶の言葉。

「以前にも言いましたね。”番だから”愛しているというあなたのどこに、好意を抱けと? どこに愛する要素があると?」
「……だ、だが、俺は間違いなく君の番だ!」
「だから?」
「俺は君を」
「…愛してるとでも?」
「っそうだ!」
「それで、わたくしを攫ったと?」
「…でないと、君をあんな男に取られてしまう…!」

どこまでも独りよがりな男。

「──アイドクレス・ガネーシュ」

今世では初めて、正面から見据える。
愛を告げ、愛を乞い、愛に狂った1人の獣人を。

「わたくしを愛していると言いましたね」
「そうだ、俺は君を愛してる!!」

もういい。

「──愛があれば、何をしてもいいとでも?」

もう何を聞いても無駄だ。

「愛していれば、相手に何をしても、許されるとでも?」

かつて私を外界から遮断し、自由を奪い。
何もさせず、人と関わらせず、一方的に愛を囁き、愛を強要した。
高価なものに囲まれ、食べきれないほどの食事を供され、ドレスや宝石を贈られても、心から嬉しいと思ったことはなかった。
どれほど煌びやかで華やかなものでも、私にとってあの部屋は単なる”檻”だった。
出ることだけが叶わない、鳥籠。
だから私は、残された唯一の方法で、自由になるしかなかった。

「わたくしの意思を無視して、番であることを強要することが、あなたの愛だというのならば」

最後通牒だ。

「番の匂いのする人形でも、抱き締めていればいいのよ」
「……っ!!」

ようやく私の言葉が届いたのか、衝撃を受けた表情をしている。
遅い。本当に遅いのだ。
消沈したような様子に、そういえばと思い出した。

「何故、番消しを飲まなかったのですか?」

前の番を亡くしたときに。…私が死んだときに。
番消し。
番そのものを感じられなくする薬。
昔と違い、制御アクセサリーだけでなく、薬も入手しやすくなっている。

「……忘れたくなかった。番との絆を、無くしたくなかった…」

絆ね。
滑稽すぎて嘲笑する。
そんなものなかったというのに。

「これからどうするのかしら?」

ふらつく足取りでこちらに近寄ってくる。

「………あの男に、渡すくらいなら…」
「わたしくを連れ去る? 汚す? あなたを決して愛さないわたくしを? それとも、また命を奪うのかしら?」
「…また?」
「まああのときは、あなたが直接手にかけたわけではなかったけれど」
「…まさか」

気付いたらしい男が愕然とする。

「どれも不可能よ」

バターン!と扉が開かれたのはそのとき。

「アイドクレス・ガネーシュ、皇女殿下誘拐の罪で拘束する!」

一斉に飛び込んでくる衛兵たち。
数人がかりで抵抗できないように繋がれる男。あっという間に口枷までつけられ、声を出すこともできなくなる。

「っ! …っ!!」
「大人しくしろ!!」

必死に私の方へ手を伸ばそうとしている。掴めなかった何かを掴むように。
何を言おうとしたのか、私が知る必要などない。
ぼろぼろと涙をこぼしながら、足掻く姿はじきに見えなくなった。

ガネーシュ公子には、監視がついていた。建国パーティ後からずっと。
故に、帰国せずにラジュワルド皇国に留まっていたことも、セレスリアの留学に合わせてベリエラに入国していたことも把握されていた。
そして、先日婚約破棄騒ぎを起こし、平民に落とされたノースボルド元侯爵令息と接触していたことも。
決定的な何かを犯したわけではなかったので、泳がされていただけだ。


「遅くなって済まない」
「…十分早かったですわ」

共に来ていたエラルドに抱き締められた。

「大丈夫だった?」
「もちろん、何もありませんでしたわ」


あの男と道が交わることはない。
もう、逢うことはないのだから。













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