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5章【神子と少年】
19.二歩分の距離
しおりを挟むユークリッドの熱は、三日かかってようやく平熱まで下がった。
最初の方はアレクシスのベッドを借りていたが、慣れた物がいいだろうと使用人棟にあったベッドを続き間にわざわざ運び込んだらしく
気付けばアレクシスの使用人控え室がそのままユークリッドの部屋になってしまっていて熱が下がった後に大いに困惑した。
ユークリッドはすぐに部屋を使用人棟に戻すべきではとクリストファーに相談したが
「私は城内に部屋を持っていますので、夜間にも対応出来ると思えば丁度いいでしょう」
と、クリストファーにもあっさり肯定されてしまった。
そんなわけで、ユークリッドは熱が下がった今もアレクシスの続き間に居る。
(使用人控え室、全然入ったことなかったけど使用人棟の部屋より広かったんだな…)
ベッドを置いてもゆとりのある部屋に、元々たいした数じゃなかったがユークリッドの私物も全て移動していたことに気が付いたのは熱が完全に下がってからのこと。
むしろ私物に関しては少し増えていた。主に服などが。
そして今は仕事に戻ったアレクシスと入れ替わりでヴィルヘルムがユークリッドの元を訪ねていた。
「もっと体を鍛えた方がいいな。食い物も見直して栄養取れよ」
「充分すぎるくらい食べさせてもらってますって…」
すり潰した野菜スープをようやく食べきれたユークリッドは苦笑いでヴィルヘルムに返事をした。病み上がりで縮こまった胃にはこれが精一杯だ。
「そういえば、遠征から帰ってきてたんですね。」
「おう。元々部下を何人か潜り込ませていたから潜入も楽だった。ユークの言ってたヤツも見つけたぞ」
「?」
何を言っていたっけとユークリッドは首を傾げた。ニヤリと笑うヴィルヘルムが懐から1枚の紙を取り出し、手渡してくる。
開いたら、以前読んだ手記に書かれていた魔法陣が描いてあった。
「………教会に、潜入してたんだ」
「泉が思ったより深くて手こずったが。ちゃんと破壊してきたから安心しろよ」
「!」
ユークリッドの手元から紙を取り上げて「これはランスへの報告用だから」と再び懐にしまうヴィルヘルムを口をパクパクさせて凝視するユークリッドに、ガハハと笑ってヴィルヘルムは立ち上がった。
「これを言う為に三日かかった。一番はユークにしようと思ってたからな。
帰ってきたのに報告がないってランスはカンカンになってるってよ。アイツがキレると怖いんだぜ」
怖いと言いつつ楽しんでいる様子のヴィルヘルムには呆れてしまうが、ランスロットが怒っている姿を少し見てみたいとユークリッドは思った。
「怒ってるって、そりゃそうでしょ…俺なんか待たなくて良かったのに」
「この魔法陣の場所が分かったのはユークの功績だろうが。ランスからはまだ確認だけって言われてたが、書いてあった石ごと跡形もなく砕いた。だから真っ先に言わなきゃいけねえって待ってたんだ。理由、わかるか?」
「…陛下もヘル兄さんも、ちゃんとは言ってくれないから真意なんてわかんないよ。」
「ハッハッハ!」
ぶすっと膨れてそっぽを向くユークリッドに、ヴィルヘルムはまた豪快に笑った。
随分と表情豊かになったじゃねぇか。ヴィルヘルムはそう思いながら息子のように思っている小さい頭をガシガシ撫でてやると口では「やめて」と嫌がりながらも少しだけ嬉しそうに口元を緩ませて抵抗をしない姿に、素直じゃねえ奴ばかりだな、と肩をすくめる。
「嫌な事はとっとと終わらす。それしかねぇ。…お前らは背負いすぎだ。案外、単純なものかもしれねぇだろ」
「単純?」
「魔法陣ってやつがないと、神子は召喚出来ないだろ?」
「……恐らくは、そうなります。」
「恐らくじゃねえ。出来なくなったんだ。だからもう過去の神子まで背負うな。」
「…」
笑ったり、泣きそうになったり。そんな忙しいユークリッドの表情を崩すようにヴィルヘルムはユークリッドの右頬を軽く摘んで引っ張った。
「いたい」
「いいか、過去はどうにもならねぇ。変えられねぇし、生きてる以上は進むしかねぇんだ。縋ったって戻れる事はないって分かるだろ」
「わかるけど…」
「死んだ神子は墓に埋まってる。お前は生きてるんだ。だから…あー、なんだ。進め!万が一がないかは、…わからねぇけど、その今後を見守るのは俺とランスがする事だ。問題が起きればなんとかしてやる。なんと言っても王と王弟だからな!」
…でも、アレクシスも王弟じゃないか。アレクシスは背負い続けるのか。そんな疑問が表情に出たユークリッドの左頬も摘んで引っ張られた。
「いたいれすって…」
「余計な事は考えんな。アレクが市民どころか貴族からも評判悪いの知ってるだろ。そっちどうにかする方が大変だろうが」
その言葉に、ユークリッドの胸がズキンと痛んだ。
アレクシスの頭に巻いた包帯は、まだ取れていない。
「何度も言うぞ。これからどうするかだけ考えろ。アレクが落ち着いたらユークは出て行くんだろ?」
「──その手は離してもらえますか、兄上」
聞こえてきた声の冷たさにビクリとユークリッドの肩が跳ねる。
「なんつータイミングで来るんだよ…」と両手を上げて降参のポーズをとるヴィルヘルムは、アレクシスに睨まれながらユークリッドと距離を取り、「まぁ、なんだ。ユークはもっと体力つけろよ」とだけ言い残して部屋を出て行った。
静かになった部屋で、コツ、コツ、とアレクシスの靴音だけが響く。その音が責めているようでユークリッドには居心地が悪かった。
「少し赤くなってる…」
「あの、殿下」
「アレクシス」
「…」
確かめるように頬を撫でるアレクシスに呼び方を指摘されて、ユークリッドは行き場のない感情を掛けていた布団を握り締めて誤魔化した。
発熱中、散々世話を焼かれてなんだけど…ユークリッドは今までよりアレクシスとの距離が近くなった気がして危機感を感じていた。
「…日課の前に、様子を見に来たんだ」
──日課。
あぁ、そろそろ墓参りの時間かとユークリッドは悟った。
「クリスさんは?」
「私の怪我の件で忙しくしている。子供のした事とはいえ対応が難しくてね。」
「そうですか…準備するんで、少し待っててもらえますか?」
「……ユークは、まだ休みだよ」
「一人で行かせるなんて出来ません。」
ずっと寝てばかりいたから身体は重いが、熱が下がった以上は働かねばとベッドから出ると少し目眩がした。
踏ん張ろうとするとアレクシスがすかさず身体を支えてきたので「だから立場が逆…」とユークリッドも苦笑いする。
「殿下…」
身体を支えてくれた腕は、そのままユークリッドの背中へと回された。小柄なユークリッドが密着するとアレクシスの胸に顔が当たる。これではアレクシスの表情が見れない。
(…助けてくれただけ。勘違いしない。)
ドクン、ドクンとアレクシスの心臓が脈打つのを直に感じる。二人とも生きているんだと、ヴィルヘルムの言葉を思い出す。
ユークリッドは何事もないように、口を開いた。
「…どうしたんですか、急に」
「何故、私の元から去る予定が立っているんだ?」
「…」
──ずっと寝るだけだった服のポケットに、ハンカチは入っていない。
ユークリッドから抱きしめ返す事はしない。でも確認するために、手を伸ばしてアレクシスの頭に触れた。
指先に当たる包帯が何度でも訴えてくる。
「すぐに、って話じゃないんです。いつ出て行くかは決まってません。数年後になる可能性だってあります」
「でも去るんだろう。私から、離れるんだろう。」
随分と大きく育ったのに、静かに駄々をこねるアレクシスにあの頃の王子を思い起こす。
(───そうだ、あの時の王子は、凍り付いた顔でこっちを見てたんだ)
二度も姿を消すのはアレクシスにとって酷だと思う。でも、立ち直らなければならないんだ。この世界でこれからも生きていくために。
その為に…過去の神子は、居てはならない。
「…殿下。」
「……」
ユークリッドは苦笑いした。頑なに名前で呼ばれたがるアレクシスは、仕事中は我慢しても二人きりになると何度も名前で呼ぶように要求してきた。
(なぁ。俺が神子だから名前で呼ばれたいの?ただのユークリッドだったら、こんなに執着しないだろ。)
「…殿下。行きましょう。庭師のおじいさんも待ってますよ」
「…」
自分の服の袖をつまんで、アレクシスの瞼に押し当てた。温かい涙がじわりと染みこみ、指先に伝わる。ユークリッドは何も言わなかった。
そっと身体も離し、ひとりでちゃんと立ち上がって二歩下がる。窓からの光が二人を分担するように差し込んでいた。これが臣下の適切な距離感だと見せつけるように。
「…行きましょう、殿下。」
「…わか、った」
──小さな拒絶がアレクシスに明確に伝わった。
それからお互いの表情を見ないまま、二人は今日も墓場に向かった。
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