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5章【神子と少年】
18.熱のせいだ
しおりを挟む「ユーク、起きたようだね。具合はどう?」
アレクシスの声が聞こえて、一瞬また夢の中かと思ったユークリッドは自身の熱さに現実だと悟った。
「……のど、かわいた」
「まだ熱いな…身体を起こすから、ゆっくりと水を飲もう」
背中に手を差し込まれ、身体を起こしてもらった。汗をかいていたようで空気に触れた背中が寒い。
すぐに口にコップが当たったのでユークリッドは少しづつ水を飲んだ。
「……アレクシス」
「うん?他に何か欲しいものはある?あ、汗かいてるから着替えた方がいいか…」
「王族がする事じゃない。」
当たり前に受け入れていたが、何をやっているんだとユークリッドは訝しげな目をアレクシスに向けた。
「うーん…」と困ったような顔で笑いながらもう一度ユークリッドの背中をベッドに沈めてまだ熱持った額に手を添える。
ひんやりした手が気持ちいいけど、侍従を看病する雇い主なんて聞いたことがない。ユークリッドは添えられた手を握ってアレクシスに抗議した。
「俺、ただの子爵家の三男でアレクシス殿下の侍従なんですけど」
「それはそう、なんだけど…私がしたくてしているんだ。」
「したくてって…アレクシスだって、まだ怪我が治ってないのに…」
アレクシスの頭にはまだ包帯が巻かれている。痛々しいそれに手を伸ばすと、阻むようにそっと握られて「手も熱いな」とアレクシスの薄い頬に当てられた。
(最初にあった時より、やつれてないかも…)
目の下のクマも薄くなり、白馬の王子様と呼ばれても違和感のないアレクシスに少しドキッとした。かっこいい顔というのは、心臓に悪い。
ひんやりとした薄い頬に当てられた指先も、更に熱くなった気がしてくる。力が入らなくてなすがままになっているユークリッドは、ふと、寝ているベッドが自分の部屋の物ではないと気がついた。
「ここ、どこ?」
「……」
「1回起きたとき、違う部屋で寝てたと思うんだけど」
「…咄嗟に、ここに連れて来てしまったんだ。客室はどこも似た雰囲気だから…」
目線を逸らすアレクシスが怪しいと見える情報から推察する事にしたユークリッドは、天井の高さ、見える壁紙の遠さ…つまりそれだけ広い部屋という事に既視感を感じていた。
「陛下の部屋に似てるんだけど…」
「兄上の部屋に行った?」
何気なくこぼした感想に一瞬で部屋の空気が張り詰めた。
氷のように冷えた声が聞こえてバッと勢いよく向き直ったが、普段と変わらない表情でこちらを見ているアレクシスにユークリッドは気のせいだったかと首を傾げた。
空気の変化といい、これは言ってもいいだろうかと少し悩んだが、今のアレクシスは何故か隠し事を許してくれなそうな迫力がある。ユークリッドは正直に話す事にした。
「えっと、神子のことで陛下とやりとりがあって」
「あぁ、あの部屋に入ったのか」
すぐに納得したアレクシスにユークリッドもホッと息をつく。何故だろう、すごく不安になったのは…熱のせいか
「私の仕事だけじゃなくて兄上の手伝いまで…ユークリッドは頑張りすぎているな」
「そんなことは…」
「頑張りすぎたから熱が出たんだろう。ただでさえ少ない侍従で仕事量は多いのに。毎日、私に付き合って墓にも通っているし…もっと休んだ方がいい」
濡れタオルを用意していたらしい。タオルを絞ってユークリッドの汗を拭うアレクシスに「だから王弟の仕事じゃ…」と抗議はしたが受け入れられる事はなさそうだ。
熱心な看病を受けながら、ここはハッキリさせておかねばと聞きたくない事実を確かめる事にした。
「で、ここは誰の部屋ですか」
「…察しているね。私の部屋だよ。」
「やっぱり部屋に戻ります…ッ」
起き上がろうとしたところで額に指をツンと当てられ、あっさりとベッドに沈む。
「どうしても気になるなら、続き間の使用人控え室にベッドを運び込むからそれまで待ってくれ」
「………」
本来なら、侍従は24時間側に仕えなければならないので複数人で昼夜交代しながら使用人の控え室で待機する必要がある。
だがアレクシスの侍従はたった二人なので夜間は外に護衛が控えているだけだ。日中はほぼ執務室で仕事をして過ごすのでアレクシスの部屋の控え室は使われていなかった。
使われていないからって、侍従の看病部屋にする必要はどこにもないだろうが。
「困るんですけど。立場は逆転してるし」
「言っただろう。私がしたいからユークを部屋に連れて来たんだ。」
そんなに堂々と言わないでほしい。…そんなに優しくしないでほしい。
──全部終わったら、ここを去るって決めてるのに。
「…ユーク、もう少ししたら食事が来るから、もう一度寝とこう。」
「あまり、食べたくない」
「少しだけでいいから食べないと。ほら、手を握ってるから」
乾いた布が目元にそっと当てられる。いつの間に涙が流れていたんだろう。
(全部、……全部、熱のせいだ。)
熱で心が弱ったから。アレクシスと離れることを考えたら苦しくて仕方なくなったんだ。
熱で心が弱ったから、握った手が離せないんだ。
…熱が下がったら、ちゃんとするから。
──ちゃんと、終わったら消えるから。
握った手に縋るように、両手で包んで引き寄せた。
今だけは、墓じゃなくて自分のものだと確かめるように。
ほんの少しの、醜い優越感にユークリッドは意識ごと沈みこんだ。
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