【本編完結済】神子は二度、姿を現す

江多之折

文字の大きさ
18 / 45
5章【神子と少年】

17.悪夢と明晰夢

しおりを挟む

アレクシスが怪我をした次の日、ユークリッドは自分のベッドで横になっていた。

「………なんで、ここ使用人棟ですよ…」
「おう。用があるから訪ねたら熱出して休みって言われたからな」

感染症だったらどうするんですか。そう言ってもガハハと笑って終わりだろうなとジト目でヴィルヘルムを見た。
追い出したいけど今のユークリッドにはその気力がない。

(熱い…)


今朝、起きたら熱いなと感じてベッドから出ようとしたら派手な物音と共に倒れた。体が重くてそのまま動けずにいたら物音を聞いた隣の部屋の人が様子を見に来てちょっとした騒ぎに…という流れだ。
真っ赤な顔で息を荒らげるユークリッドの額に浮かぶ汗を拭ってヴィルヘルムは眉間に皺を寄せた。

「……本当に大丈夫か?」
「症状は熱だけで、原因わからないんで、出てって…」
「かなりキツそうだな。ココじゃ大した看病も出来ないし、移動するか」
「出てって下さいってぇ…」

どこかに連れて行かれそうになって必死に抵抗したが、元々体も小さければ力も弱いユークリッドなど相手にならない。
掛けていた布団でぐるぐる巻きにされてヴィルヘルムの大きな肩に担がれた。

「お願いだから、ほっといて…」
「治ったらな。」

こんな放っておいたら死にそうなの放置できるかよ。そう思ったヴィルヘルムはユークリッドを担いだまま王城に戻った。

「へ、ヘル兄…揺れてきもちわるい…」
「すぐに寝かしてやるから踏ん張れ」

駄目だ。騎士と一緒に遠征して厳しい環境慣れしすぎているヴィルヘルムには揺れ程度では止まってもらえない。
ユークリッドは熱のせいか揺れのせいか、抵抗虚しくすぐに意識を手放した。











───カチャ。

俺の自由を奪う鉄が、白い布の下で音を鳴らした。

(神子ってか、オバケみたいだ…)

毎日慣れた手つきで装着される拘束具。仕上げに頭から布を被れば本当にオバケになったよう。

「公務の時間です。」

冷たい声が耳に届く。お前の声なんかすり抜けてどっか行けばいいのに。

(言わなくても知ってるよ。拘束具コレつける理由なんてそれしかないじゃん)

鉄が重くて立ち上がれない。でも周りが勝手に引っ張って立ち上がらせるから関係ない。
一歩ずつ、ゆっくり歩いて部屋を出る。今日もまた豪華な服を着た人達のどうでもいい話を聞いて、光の魔法という名の体力を吸い取られる。

(早く終わればいいな、終わったところでここに帰ってくるだけだけど。)

帰ってきても少しもホッとできない。この部屋、やっぱり嫌いだな────






「……けほっ」

自分の咳で目が覚めた。いつの間にか寝ていたらしい。相変わらず身体は熱いし、重い。
喉が渇いたな、食堂に行かなきゃ…と重い身体を無理矢理起こすと、ドクンと心臓が激しく跳ねた。

「え?ここ、あの部屋…」

熱でぼやけた視界に映るのは、使用人棟の自室じゃない。もっと広くて、寝ていたのも大きなベッドで…
神子の時に、ずっと過ごした部屋?なんで、時間が戻った?またあの日々が───
サッと血の気が引いた。過去に戻ってきたのかもしれない。物語で人生をやり直すなんてよくある展開だ。

「嫌だ、……ッ嫌だ!!」

布団を勢いよく剥いでベッドから飛び出そうとしたが、バランスを崩してそのまま落ちた……筈だが、その身体は誰かに支えられて事なきを得た。

「ユーク、大丈夫かい?」
「…アレクシス?大人の…」

抱きとめたのはアレクシスだ。小さな王子でなく、毎日一緒に居るアレクシス。

自分の手を見る。熱で赤いが成人男性の中では小さめのユークリッドのいつもの手だ。弓道でマメだらけの手じゃない。
──よかった。過去には戻っていなかった。もう、あの日々の絶望感を繰り返す事はないんだと実感したユークリッドは身体を支えてくれているアレクシスにしがみついた。
どうしてだろう。アレクシスは上司で、仕えている相手なんだけど…安心する。熱で人恋しくなったかな。

「ユーク、一体…」
「アレクシス、この部屋やだ。あそこに似てて、やだ」

ユークリッドの懇願に、アレクシスはハッとして辺りを見渡した。
遠征に出ていたはずのヴィルヘルムが熱で意識を失っているユークリッドを運んできたので即座に引き取って客室に寝かしていた。
神子が居た部屋とは別だが、壁紙の色が似ているから勘違いしたのかもしれない。

目を覚ますなり錯乱したユークリッドに、自分の配慮のなさを痛感してアレクシスはユークリッドを抱き上げた。

「すまない。急いで移動する。怖い思いをさせてしまった」
「…ん」

熱で意識が朦朧としているらしい。ユークリッドはアレクシスの服を掴んで、またすぐに意識を失った。






ユークリッドは目を開いた。
眠っていたのに、立っている。そこは15年間過ごした子爵家の離れだった。

───今度はわかる。これが夢だって。

「──…」

声を出そうとしたけど出ない。まるで喉が詰まったようだ。
目の前にいるのは冷たい態度の使用人に、すぐに扇で手を叩いてくる教師。
冷たい目に見られる度に、こちらの心も冷たくなる。

パシン。

静かな部屋に扇の音が響いた。
拒絶するようにユークリッドは目を閉じた。

次に見えたのは、見慣れた食堂。食卓に並ぶのは貴族とは思えない粗末な食事。
正しい作法で食べないとすぐにまた叩かれる。

「ロズウェル家の恥にならないようになさい」

美味しいと思った事など一度もない。ただ咀嚼し飲み込む作業。

(王城に来て、使用人棟の食事で感動したっけ。)

景色が歪み、切り替わる。すっかり馴染んだ使用人棟の自分の部屋だ。
使用人棟に、王城に、切り替わる景色の中をユークリッドは歩いていた。

(…俺の墓だ。)

アレクシスが毎日花を添え、手入れしている神子の墓。
墓には神子の時に一度だけ手渡された、桜の花によく似た花が添えられていた。あの時は流石に心が揺れて危なかった。泣いてしまうのを堪えるのに苦労したなと思い出す。

(他の神子がどんな人か、俺は知らないけれど…)

サクラという神子が書いていた。光の魔法が消えた瞬間がわかるなら、それを経験してない俺の光の魔法は残っているのかな。
大嫌いで、苦痛で、いらないと思ってたけど。


「お願いだよ。───アレクシスの傷を、治したいんだ。」


自分の墓に手を添えた瞬間、出せなかったユークリッドの声がスルリと喉から出て夢から現実に引き戻された。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

黒獅子の愛でる花

なこ
BL
レノアール伯爵家次男のサフィアは、伯爵家の中でもとりわけ浮いた存在だ。 中性的で神秘的なその美しさには、誰しもが息を呑んだ。 深い碧眼はどこか憂いを帯びており、見る者を惑わすと言う。 サフィアは密かに、幼馴染の侯爵家三男リヒトと将来を誓い合っていた。 しかし、その誓いを信じて疑うこともなかったサフィアとは裏腹に、リヒトは公爵家へ婿入りしてしまう。 毎日のように愛を囁き続けてきたリヒトの裏切り行為に、サフィアは困惑する。  そんなある日、複雑な想いを抱えて過ごすサフィアの元に、幼い王太子の世話係を打診する知らせが届く。 王太子は、黒獅子と呼ばれ、前国王を王座から引きずり降ろした現王と、その幼馴染である王妃との一人息子だ。 王妃は現在、病で療養中だという。 幼い王太子と、黒獅子の王、王妃の住まう王城で、サフィアはこれまで知ることのなかった様々な感情と直面する。 サフィアと黒獅子の王ライは、二人を取り巻く愛憎の渦に巻き込まれながらも、密かにゆっくりと心を通わせていくが…

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

残念でした。悪役令嬢です【BL】

渡辺 佐倉
BL
転生ものBL この世界には前世の記憶を持った人間がたまにいる。 主人公の蒼士もその一人だ。 日々愛を囁いてくる男も同じ前世の記憶があるらしい。 だけど……。 同じ記憶があると言っても蒼士の前世は悪役令嬢だった。 エブリスタにも同じ内容で掲載中です。

姉の聖女召喚に巻き込まれた無能で不要な弟ですが、ほんものの聖女はどうやら僕らしいです。気付いた時には二人の皇子に完全包囲されていました

彩矢
BL
20年ほど昔に書いたお話しです。いろいろと拙いですが、あたたかく見守っていただければ幸いです。 姉の聖女召喚に巻き込まれたサク。無実の罪を着せられ処刑される寸前第4王子、アルドリック殿下に助け出さる。臣籍降下したアルドリック殿下とともに不毛の辺境の地へと旅立つサク。奇跡をおこし、隣国の第2皇子、セドリック殿下から突然プロポーズされる。

声だけカワイイ俺と標の塔の主様

鷹椋
BL
※第2部準備中。  クールで男前な見た目に反し、透き通るような美しい女声をもつ子爵子息クラヴィス。前世を思い出し、冷遇される環境からどうにか逃げだした彼だったが、成り行きで性別を偽り大の男嫌いだという引きこもり凄腕魔法使いアルベルトの使用人として働くことに。 訳あって視力が弱い状態のアルベルトはクラヴィスが男だと気づかない。むしろその美声を気に入られ朗読係として重宝される。 そうして『メイドのリズ』として順調に仕事をこなしていたところ、今度は『無口な剣士クラヴィス』としても、彼と深く関わることになってしまって――

拝啓お父様。私は野良魔王を拾いました。ちゃんとお世話するので飼ってよいでしょうか?

ミクリ21
BL
ある日、ルーゼンは野良魔王を拾った。 ルーゼンはある理由から、領地で家族とは離れて暮らしているのだ。 そして、父親に手紙で野良魔王を飼っていいかを伺うのだった。

何故か転生?したらしいので【この子】を幸せにしたい。

くらげ
ファンタジー
俺、 鷹中 結糸(たかなか ゆいと) は…36歳 独身のどこにでも居る普通のサラリーマンの筈だった。 しかし…ある日、会社終わりに事故に合ったらしく…目が覚めたら細く小さい少年に転生?憑依?していた! しかも…【この子】は、どうやら家族からも、国からも、嫌われているようで……!? よし!じゃあ!冒険者になって自由にスローライフ目指して生きようと思った矢先…何故か色々な事に巻き込まれてしまい……?! 「これ…スローライフ目指せるのか?」 この物語は、【この子】と俺が…この異世界で幸せスローライフを目指して奮闘する物語!

処理中です...