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6章【王弟と侍従】
22.青空のような瞳
しおりを挟む「んー…読み、終わりっ」
固まってしまった背中を解すように、ユークリッドは両手を上にあげて伸びをした。じわじわと解れる身体の感覚が気持ちよくて力が抜ける。
──最近は暇さえあればランスロットから借りた過去に召喚された神子の手記や、神子の近くで関わってきた人々の本を片っ端から読んでいた。
やっぱり魔法陣が異世界召喚の要で間違いなさそうだ。それを壊したってヴィルヘルムが言っていたのだから、本当に神子はもう召喚される事もないのか…
そう、実感がないながらも結論付けて机に置いていた複数の本をまとめた。
───もしもがあれば、ランスロットとヴィルヘルムがなんとかする。そんな確証のない話に信頼感を抱いてしまう。
「ユーク、今いいかな?」
ドアの向こうから声が聞こえてきたので駆け寄り、開けるとユークリッドが予想した通りの人物がそこに立っていた。
「どうしました?アレクシス殿下」
「お茶を淹れたから、どうかなって」
「…」
ジト目で主人を眺めるユークリッドにアレクシスは苦笑いしながらもティーセットの並ぶ自室のテーブルへとユークリッドを招いた。
大きなソファ2台に挟まれるように置いてあるローテーブルにはティーセットだけでなく焼き菓子も添えられていてバターとお茶の良い香りがする。
「呼んでくださいって言ってるのに…」
「……仕事を奪って申し訳ない…お茶を淹れて誰かに飲ませるの、私は案外好きみたいだ。」
こちらへ、と案内するアレクシスに「それも!私の仕事なんですって!」とユークリッドが止めてアレクシスを先に座らせる。
侍従の立場で一緒の席でお茶を飲むのもおかしな話だが、アレクシスの執務室でクリスもユークリッドも席に着き、休憩の時間には共にお茶を飲んでいるのだからそれは今更だ。
(なんだかんだ、ヴィルヘルムもランスロットも食事だお茶だって誘ってくるわけだし…みんな人懐っこいのかな)
湯気の立つカップに添えられたミルクと砂糖を入れる。城に来てから知ったのだが、ユークリッドの味覚は甘いものが特に好きみたいだ。
コクリと口に流し込むとミルクで程よく温度の下がった甘いお茶が口に広がって美味しい。ずっと読書をしていたユークリッドはすっかりリラックスモードで口元を緩ませた。
「可愛いな…」
ぽそ、と小さな声でアレクシスが呟いたが、お茶に夢中になっていてユークリッドは聞き逃してしまったと顔を上げると、とても機嫌が良さそうにこちらを見ている。
「えと、何か…?」
「ひとりごと。ミルクに合うお茶にしたけど、どうかな?」
「?美味しいです。とても」
ユークリッドのたった一言で嬉しそうに微笑むアレクシスに胸が跳ねた。自分はミルクも砂糖も入れないくせに、ユークリッドの好みに合わせてお茶を選んだのかと少し呆れつつ添えられたクッキーを食べて誤魔化す。これも美味しい。
王弟と侍従という立場に明確に線引きをしたはずなのに、アレクシスは何かとユークリッドに構いたがる。それが気持ちとしては嫌じゃない事にユークリッドは危機感を抱いていた。
「昨日、クリスの家に行ったそうだね。」
「ん…はい。とても優しくて…びっくりしました。」
お茶をこくりとひとくち飲んで、昨日のことを思い出す。子爵家とは正式に離縁し、すぐにレヴァン侯爵家の養子となったユークリッドは早速クリストファーの家族と顔合わせをしてきたのだ。
クリストファーの息子が統治している領地は少し遠いので、ひとまずタウンハウスに居る家族に会わせるからと緊張でガチガチに固まったユークリッドを連れ出したクリストファーは終始笑っていた。
プライベートのクリストファーは表情豊かで、普段見ていたのは貴族然とした立ち振る舞いそのものだったのだとこっそり感銘を受けたのはまた別の話。
クリストファーの奥方から使用人に至るまで、全員がユークリッドに友好的で拍子抜けした。
『息子の歳が近いから、きっと仲良くなれるわ。あら、ユークリッドももう私の息子だったわね』
朗らかに笑うクリストファーの奥さんに抱き締められ、何かあればここに帰って来なさいと約束させられた。イメージしていた高位貴族の人々とはまるで違うタイプの人だった。
──順調に囲われているな、と無自覚な本人を前にアレクシスは少しだけ同情したが、ユークリッドはそれだけ魅力があるからなと言葉を飲み込んだ。
ユークリッドを悩ませる子爵家とは縁を切らせたいと思っていたのはクリストファーだけじゃない。
一生懸命に報告するユークリッドが微笑ましくて、耳を傾けていたアレクシスは話がひと区切りしたところで口を開いた。
「クリスは兄上の正妃の弟だからね。レヴァン侯爵家は私も幼い頃からよくしてもらっている」
「……貴族事情に疎すぎて、知りませんでした…」
子爵家である程度の勉強はしたのに、レヴァン侯爵家だけでなく王室周りは前国王の時代までの知識で止まっている。ユークリッドは貴族としてその知識の浅さはよくないなと恥じた。
聞けば、侍従となったのはクリストファー本人の希望で当時は周りがかなり反対したとか。
「レヴァン侯爵家は父とはあまり相容れなかったようだからね…兄上が即位してから中心となる貴族も大きく入れ替わったけど、それより前の革命派は侍従とか低い立場からじわじわと勢力を拡大していたみたいだ。」
「へぇ…」
ランスロットとヴィルヘルムが起こした前国王への反乱。それは『革命』という言葉で歴史に刻まれた。
ユークリッドはそれなりに教育を受けたはずだが、革命に関してもあまり学ばなかったので初めて聞く話ばかりだ。
「…ロズウェル子爵は前王派だったから、この話は都合が悪かったのかもしれないね」
苦笑いしてそう続けるアレクシスに、なるほどそれで習わなかったのか…とユークリッドは納得してその後もレヴァン侯爵家や王室の話を聞いた。
気になる事があればアレクシスに尋ね、アレクシスが答えるというやり取りをしながら夜は更けていき
好奇心の強いユークリッドは新しい知識に目を輝かせたり、驚いたり。いつの間にか夢中になって楽しんでいた。
ユークリッドが目を開けると、カーテンの隙間から朝日が漏れて、部屋をうっすらと照らしている。
「……」
───いつの間に眠ったんだろう。
なんだか狭いなとユークリッドはぼんやりした意識で布団に潜ろうと手に当たった布を引っ張ると、いつもとは感触が違うことに気がついた。
「ユーク、起きたかな。…寒い?」
「んー…………アレクシス?!」
被れないなと引っ張っていたのは布団ではなくアレクシスが身に付けているシャツの胸元で、ユークリッドはソファの背とアレクシスに挟まれた状態で寝ていたようだ。
慌てて起き上がろうとすると「落ちてしまうから、待って」と真近くから掠れた声が聞こえて動きを止める。
「なんで、…あれ?」
「ソファで一緒に歴史書読んでいたら、ユークリッドが眠ってしまったんだ。落ちると危ないから壁になっていたんだよ」
混乱するユークリッドを宥めるように説明しながらアレクシスの大きな体がユークリッドを包み込むように抱き締めた。あまり眠れなかったのだろうか、アレクシスの声が普段より掠れて少し低い。
「いや落ちると危ないって…だから、立場が!いや俺だって悪くて、でもこの状況って」
胸元で落ち着かないままもごもご喋るユークリッドに、アレクシスはクスクスと笑って「あー、まだ眠いな」とミルクティ色の髪に顔をうずめた。
「ちょっ、アレク……殿下!寝るならベッドに…」
「…」
からかわれてると思ったユークリッドが頭を上に向けると、互いの鼻が顔に当たるほどの至近距離にアレクシスの顔があった。
視界いっぱいに青空が見える。
「…起きるよ。」
ふ、と目を細めたアレクシスはユークリッドの頭を一度撫で、身体を起こす。
「身支度は自分でするから、ユークリッドも準備しておいで。まだ早いから部屋で寝てきてもいいよ」
クローゼットに向かったアレクシスを見送りながら、真っ赤になった顔を隠すようにユークリッドは自分の頬を両手で覆った。
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