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外伝
sideヴィルヘルム_世話の焼ける兄(※主人公不在)
しおりを挟む「おい、子爵家洗い終わったぞ」
「…帰ったか」
いつも通り、執務室で缶詰になっているランスロットを見てヴィルヘルムは眉間に皺を寄せた。
執務室の扉を閉めるとランスロットも読んでいた書類へと目線を戻し、「どうだった」といつもの無表情で問い掛けるのでヴィルヘルムは尚のこと眉間の皺が深くなる。
「まぁ予想通りだ。……チッ。離れるとすぐコレだ。」
大きな舌打ちの後でズンズンと執務室の床を踏み鳴らす。
大男のヴィルヘルムが大股で歩けばあっという間にランスロットの目の前に辿り着いた。
「………なんだ」
「何日だ?」
「……」
ヴィルヘルムが何を聞いているのか理解したランスロットは、黙殺しようと書類をテーブルに置いてペンを手にした…が、それは許されなかった。
ランスロットの細い顎を、剣だこだらけでガサガサした大きな手が掴んで持ち上げる。
「何日、寝てないんだ?」
「……よ………二日だ」
「四日だな。」
強制的に顔を上げさせされたランスロットは相変わらずの無表情だが、目線は斜め下を向いていた。
氷のような兄とずっと一緒に居たヴィルヘルムにとっては、ランスロットの感情も案外読み取りやすい。
「ペンを返せ」
「うるせーな」
「おい」
ヴィルヘルムは問答無用でペンを机に置いて、両脇に手を差し込んだ。
アレクシスはまだマシだが、ランスロットは最近書類仕事ばかりで筋肉が落ちたな、と自分の兄の両脇を持ち上げたヴィルヘルムは尚のこと渋い顔になる。
ユークリッド程ではないが…身長の割には軽い身体は、父親を斬ってから剣を握るのをやめている。
「……随分と屈辱的だ。」
「夜は寝るもんだろうが。ったく世話のかかる兄上様だ」
「嫌味ったらしく…私は」
「いくら短い睡眠で平気でも四日寝てなきゃ病気だ。数日休ませたっていいんだからな俺は」
「………それでは、公務が滞る」
───今は夜更け、真夜中だ。
ロズウェル子爵領の調査を終えて、馬を走らせ最短で帰ってきたヴィルヘルムが夜勤の騎士からランスロットがまだ仕事をしていると聞き付けてやって来たら四徹ときた。
扱いに対して僅かに眉を顰める兄を見て、いつからこんなに人形のようになったかとヴィルヘルムは過去を思い返す。
(…いいや、俺が物心つく頃には既に人形だったな)
静かに抵抗する兄を担いで、執務室内に設置してあるソファに移動する。
ヴィルヘルムの太腿を枕にしてランスロットを寝かせると「硬い、まだ仕事も終わっていない」と文句を言ううるさい口は無視して絶世の美しさと評判の兄の目を大きな手が覆い隠した。
「いい歳して、このような…」
「へいへい。で、今度はなんで眠れてねーんだ」
「………完全に、寝ていない訳ではない」
こういう時のヴィルヘルムは抵抗しても無駄だと心得ているランスロットは、諦めて全身の力を抜くように深く息をつく。
「悪夢を、見る」
「…なんの」
「……父上のだ」
──だから、戦場慣れしている俺に任せとけば良かったんだ。
ヴィルヘルムは空いた手でランスロットの首元までキッチリ締められたボタンを二つ外した。息が詰まりそうな服しか着ない兄は、どんな時も着崩すことはない。
それ以上はやめろとランスロットが手を掴んで止めたので、ヴィルヘルムも行き場をなくした腕をソファの背に乗せてランスロットの言葉を待つ。
「──ユークリッドがアレクシスと恋仲になって、結婚する事が決まった」
「おう。それはめでたいな」
「あぁ」
まぁ、遠くない未来で恋仲になるだろうと周りは思っていたが。知らぬは本人ばかりだ。
「お前、ユークリッドの後ろ盾になるからってレヴァン侯爵家の養子も認めたんじゃなかったか?」
「その通りだ。とても喜ばしい」
「それがなんで悪夢に繋がるんだよ。」
ランスロットの口元が、ほんの少しだけすぼめられた。言いたくないのだろう。
(まぁ…親父の夢って時点で、良い夢なわけないな)
顔の上半分を覆っていた手をどかせば、氷と呼ばれる瞳がヴィルヘルムを見ていた。目の下には白い肌に不自然なほど黒いクマが見えている。
「アレクシスが、立ち直れると、ユークは言っていた。……だから私も、立ち直らなければと」
「色々考えすぎて、親父を思い出したんだな」
「…」
無言の肯定に、ランスロットは自分で勝手に反省して前を向くだろうと黄金の絹のような髪を指に通して確かめた。
サラサラと零れ落ちる髪が、ヴィルヘルムの指をくすぐるようだ。
特に慰めが欲しい訳でもないランスロットはそれを止めずに再び口を開く
「……お前は、獣のようだな」
「あ?戦い続けりゃ荒くもなるだろ」
「…そうじゃない」
ふ、とランスロットの目が細められた。
氷というよりは、サファイアと呼んだ方がよっぽどランスロットに合っているとヴィルヘルムは思う。これは、自分には無い色彩だ。
他人は黄金だと言うが、黄色の瞳に返り血を頭から被ったように所々が赤く染った黒髪は、正しく猛獣のようで
ランスロットやアレクシスとは全く似ていない。
──ランスロットの瞳は宝石のように繊細で、いつか壊れてしまうのではないかと、心の奥でずっと恐れていた事を思い出す。
先代の神子を愛し、第二妃を愛し、女に溺れた父親と、その父親から愛されなくなって狂った第一妃。
大して歳も離れていないのに、そんなロクでもない大人達から守ろうと、ランスロットは常にヴィルヘルムの前に立っていた。
ヴィルヘルムが必死に鍛えて、剣の腕を上げても尚、ランスロットは前に立ち続けた。
「ほら、ちゃんと寝ろ」とヴィルヘルムがもう一度瞼を閉じさせようと手をかざすと、大人しく従う気になったランスロットの睫毛が手をくすぐる。
「────遠い、東の国に…ヴィルの髪色とそっくりな毛色の獣が居るらしい」
「そうかよ。そりゃ強い獣だろうな」
「いや、小さな愛玩動物だ」
おや、とヴィルヘルムは目を見張る。ランスロットの口元が、僅かに笑みの形を作っている。
「…遠征して、買ってきてやろうか?」
「……いいや、行かなくていい」
ランスロットの頭を乗せた太腿が、少し重さを増した。
「私には、もう、いる…」
よっぽど眠かったのだろう。喋り終える事なくランスロットは眠りについた。
顔の上の手をどかせば、瞼は微動だにせず閉じられている。
「ったく…俺が、斬るって言ってんだろ。オヤジも、悪夢も…お前の敵は、俺の敵だろうが。」
ヴィルヘルムの小さな独り言が、眠ったランスロットに聞こえているかは分からない。
ランスロットは、穏やかに静かな寝息を立てていた。
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