【本編完結済】神子は二度、姿を現す

江多之折

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外伝

sideユークリッド_プロポーズ翌日

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アレクシスの部屋で、すっかり日常になったお茶の時間。 
いつもと違うのは、ソファで隣り合わせで、しかもお互いの肩が触れ合っていることだ。
…正直、照れくさいからもう少しゆっくり距離を縮めたいんだけど。




「俺、結婚したら侍従ではいられない…よな」
「そうだね。王族になるからユークにも侍従がつく形になるかな」
「そっかぁ…なんか、寂しいな」

今までは侍従だから、どこに行くにも側を歩けてたのに出来なくなるのかな…って考えたら、やっぱり結婚しない方がいいのかなって不安になる。

(俺、こんなに弱くはなかったはずだけど…)

結婚しようって言われたのは嬉しい。でも、結局のところ今の生活は無くなってしまう。
アレクシスの前から消えなくてもよくなったから、それだけでも幸せだと思うべきなんだけど…

うだうだ考えていたら、自分の背中が少しだけ丸くなっている事に気が付いた。
慌てて背筋を伸ばそうとすると、横からアレクシスに抱き締められる。…というか、体格差があるから包み込まれるに近い。

「……恥ずかしいんだけど」
「誰にも見られてないのに?」
「うぅ…」

──アレクシスの唇が、頭に当たっている。
俺、ちゃんと風呂に入ったから臭いとか…ないよね、とか
昨晩触れたばかりの唇を思い出すから落ち着かなくなるというか


(ていうか俺、自分からアレクにキスしたんだった…)


ボッと火がついたように顔が熱くなる。
どうしたらいいかと固まってしまった俺を腕の中に閉じ込めてるアレクシスは、クスリと笑って頭に顔を擦り寄せてきた。

「ユーク、耳まで真っ赤だよ」
「わかってるなら離れて…」

か細い声しか出ない。緊張しておかしくなりそうだ。
俺が必死に拒否をしてもアレクシスは離れる気がなさそうだし、しかも抱き締めついでに自分の膝にまで座らせてきた。
アレクシスにとって、小さくてガリガリな体型の俺は簡単に持ち上げられるくらい軽いって自覚はしてるけど…

「あ、あれく」
「ん」
「おれ、心臓ばくはつしちゃうから、おろして」
「……私の花婿は本当に可愛いな」

半ば助けを求めるつもりでお願いしたのに、何故かアレクシスは離してくれなかった。

心臓がドキドキと暴れていて、本当に爆発しちゃうんじゃないかと怖くなってアレクシスの胸を両手で押したら、すぐに開放してくれた。

…が、今度は綺麗な王子様の顔面ドアップだ。
とろけるような笑顔がどんなものか、そう聞かれたら間違いなくアレクシスが今している表情だと言える。

「なんで、アレクの顔、そんなかっこいいんだよ…」
「…ユークに言われると流石に照れるね」
「うるさい!こんな、こんなの無理だ!結婚は──!!」

もうちょっと時間をかけて、と続けようとしたら
今度は物理的に口を塞がれてしまった。それもアレクシスの唇で。
触れるだけのキス。抱き合っているだけで意識しすぎてしまう俺には、あまりにも刺激が強くて

「……な、な、なんっ…!」
「…結婚やめるって言うのは許さない。」
「ッ──や、やめない。俺だってアレクと結婚…したいけど、これ恥ずかしい!」

限界突破した俺は腕を突っ張ってアレクシスを剥がし、ソファの端へと逃げた。
むしろ侍従の時の方が気にせず触れられていたのに、変に意識してしまって全部が恥ずかしい。

(なんで?子爵家で触れ合いとか全然してこなかったから?)

すぐにドキドキしてしまう胸を抑えて、混乱して涙目になってしまった俺にアレクシスは苦笑いした。
──呆れられたかもしれない。でも俺は、いきなり結婚相手が出来たと言われてもどうしたらいいか分からないんだ。

(だって、そもそも付き合うとか、それすらした事ないし…)

ドキドキと不安が大きくなってきた。
そんな俺をどう思ったのか、アレクシスはソファから降りて、床に片膝をついた状態で手を差し出してきた。

「ユーク、私の手を取ってくれないかな」
「?…うん」

──意中の相手をダンスに誘う時の作法で、男性は片膝をついて手を差し出し、女性に一瞬の栄誉を請う。

正にそのポーズをとるアレクシスに戸惑いながらも手を乗せると、そのままそっと握られて、アレクシスは嬉しそうに笑った。

「やってみたかったんだ。ダンスパーティには出た事ないからね」
「…様になってるから、てっきり慣れてるのかと思った」
「評判が悪すぎてクリス以外の侍従が全員逃げたの、忘れた?」

───そうだ。亡霊王子。
思い出して、ハッとしている間に、アレクシスは重なる手のひらだけで俺を立ち上がらせ、部屋の少し広い場所まで誘導していた。

「ユークは、ダンスパーティに行ったことある?」
「…ない。行ったことあるのは嵐の中の『お茶会』だけ」
「……凄い集まりがあるんだね」
「下位貴族は足の引っ張り合いだからなぁ」

嵐の中なんて危険な状況で、自分達が外に出るという選択肢は存在しなかった子爵家の人々。
…まぁ、今となっては前王派と革命派で小さな諍いが起きていたんだなって分かるけど。

そして気がついたら、アレクシスとダンスの体勢に落ち着いている。

「………俺、女性側は踊れないけど」
「リードするから大丈夫。いくよ。1、2、3…」
「っと、」

なんで、急にダンスなんて誘ってきたんだろう。
アレクシスはパーティに行ったことがないと言いながらも、流石は教育をしっかり受けた王族だからか完璧な足捌きでリードしてきている。

最初は合わせなきゃって慌てながら足を動かしてたけど、踊っているうちにアレクシスに任せて流れに乗れば大丈夫だと気が付いた。

「…思ってたより、ダンスって楽しい」
「ね。私もとても楽しいよ」

伴奏もない、二人で踊る気ままなダンスに時々笑ったり、腰を持ち上げられて回された時は驚いたけど楽しくて
時間を忘れて踊っていたら、そういえばアレクシスと密着してるんだって気がついた。
でも楽しくて、何も気にならない。不思議だ。

体力がない俺が先に息が切れて、アレクシスに支えられながらフラフラとソファに戻って隣り合わせで座った。
落ち着いてみれば、あまりにも変な時間だったなって二人で大笑いした。

「なんで急にダンスなんて…あははっ!」
「ユークにはずっと笑ってほしいからね」

勿論、初めてのダンスは絶対にユークとやりたいって思っていたよ。と付け足すアレクシスに、仕方ないなぁって冷めてしまったお茶を飲もうと手を伸ばすと、肩が触れ合う腕の先がまだ繋がれていたことに気が付いた。

「手、握ったままだった」
「…まだ恥ずかしい?」

アレクシスを見ると、いつもの優しい笑顔でこちらを見ている。
俺が緊張しすぎてたから、体の力が抜けるようにしてくれてたんだ。

「……手を握るのは…好きかも」
「ん。…じゃあ、まずは手を握っていよう。」

ドキン、と心臓がまた跳ねたけど、王子様に差し出された手を振り払うなんて出来ない。
俺のペースに合わせてくれるアレクシスに、どうしても素直になれない。そんな可愛げのない俺は
「次は伴奏つきがいい」って文句を言って、空いている方の手でカップを掴んだ。

大好きなミルクティーは既に冷たくなってたけど、熱くなった顔を冷やすにはちょうどよくて、
…とても、甘くて美味しかった。

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